王の命令
深呼吸をすると、唱はシフレーの問いに答えた。
「それは誤解だ。おれは欺いてなんかいない」
「ほぉ。それは、どう証明する?」
「……残念だけど、証明しろって言われても困る。何が欺いてない証拠になるのかが、わかんないんだ。ただ一つだけ言えるのは、おれは、ここにいるみんなと、ずっと一緒に悪魔退治していた。それしか言えない」
シフレーがふっと笑った。
「お前が悪魔退治をしていたことは、私もよく知っている。しかし、そんな答えじゃあ、誰も納得しないだろうな」
YAMAが口を開く。
「逆に聞きたいんだが、なんでショウが討伐隊を騙したなんていう話になったんだ?」
ふう、とシフレーがため息をついた。
「残念ながら、私も正確な理由は知らない――おっと、怒るなよ。まず、話を聞いてくれ。先週、森で調査作業中にペザン組のやつらが来て、国王からの命令書を持ってきたんだ。やつらも、フオゴ組から渡されたらしくてね」
そう言って、シフレーは胸元から一枚の紙を取り出し、唱達の前に掲げた。
そこには、こう書かれていた。
『命令書
音楽騎士・ショウを、捕獲することを命じる。
この者は、国王の命に背き、コンセール王国に仇なす裏切り者である。
討伐隊を騙し、ペルデン副団長を死に至らしめた極悪人である。
この者の生死は問わない。
捕獲した場合は、速やかに声を出せないよう処置を施した後、城に引き渡すこと。
殺害した場合は、顔が判別可能な状態にし、遺体を城に引き渡すこと。
命を遂行した者には、報奨を与える。
なお、この命令は、コンセール王国国王コンテ・ルート・マイスターの元に下されるものである』
読み終わると、唱達はしばし無言になって顔を見合わせた。
「……ひどいな。騙したとは書いてあるが、これじゃ具体的に何をどう騙したことになったのか、全然わからない」
「くっそ! こんなん、言いがかりもいいとこじゃねぇか!」
「声を出せないような処置って何だろう。怖いねー」
その様子を見ていたシフレーが口を開く。
「なるほど。やっぱりお前達自身も、心当たりがないんだな」
クリワの四人は力強くうなずいたが、唱は決心すると口を開いた。
「それなんだけど……シフレーには、話しておきたいことがある」
シフレーが眉をピクリと動かす。クリワ達は、驚いたように叫んだ。
「おい、ショウ。それは関係ねぇって言っただろ?」
「そうですよ! そもそもペルデンさんだって信じてくれたかどうか……」
しかし、唱は微笑んで首を振った。
「はい、それはわかってます。でも、後ろめたい思いしたくないんで……」
そして唱はシフレーに、ペルデンの持つ歌の力の真実について話した。
悪魔を消滅させる力ではなく、本当は悪魔を瞬間移動させる力だったこと。度々現れる悪魔の大群は、ペルデンが移動させたものだったこと。討伐隊が襲われたのも、おそらくその悪魔だったこと。同じ悪魔と対戦することになるため、ペルデンの歌が効かなかったこと。
そして、城でペルデンに会った時、確証が持てずに伝えられなかったことも。
全て聞いたシフレーは、驚いたように目を丸くした。
「……にわかには信じがたいが……しかし、全ての辻褄が恐ろしいほどに合うな。それに何より、私自身、ショウの本当の力を見ているからな……真に悪魔を消滅させる力というのは、お前のような力を言うんだろう」
唱はうなずく。
「なんか、うぬぼれてるように聞こえるかもしれないんだけど……シフレーの言う原典の書き方から言っても、悪魔を本当の意味で倒せる歌の力は、それほど多くないんだと思う」
「そうだろうな。原典でも救世主は一人という表現に読める。それと、お前の仲間の言う通り、ペルデン副団長に真実を告げられなかったことは、その時点では確証が無かったのであれば騙したとは言えない」
そして、シフレーは振り返って仲間に言った。
「よし、みんな。弓矢を下げろ」
唱とクリワは、ぱぁっと笑顔になった。
「シフレー! わかってくれるんだ? 良かった!」
彼女はうなずいた。
「ああ。命令書を読んだ時から、おかしいとは思ってたんだ。私はショウのことを少しは知っているつもりだが、とても命令書に書いてあるような裏切りをする男じゃないだろう、と思ってな」
シフレーの言葉を聞いて、ランテがほっとしたように微笑む。
「さすがショウ様。人望が厚いのですね」
唱も感動のあまり目に涙がにじむ。
「シフレー、ありがとう……おれのこと、そんな風に信じてくれてたなんて……」
「ああ、そもそも、国家命令に背く大事を起こすような度胸なんてないだろう、お前には」
「うん、そうだよ。おれにはそんな度胸とても……って、そっちかい!」
クリワの面々もうなずいた。
「まぁ、フツー、そう思うよね」
「この命令書信じるやつ、アホなんじゃね?」
「フオゴ君達は、逆にショウ君を高く評価しているとも言えますね」
「いや、別に彼らがショウに脅威を感じてるわけじゃない。単に暴れる口実が欲しいだけだろう。そういうメンバーばっかり集めたから、あの組」
「……ちょっと……間接的におれのことディスってるの、わかってます?」
シフレーが続ける。
「うちの組でも、命令書については物議を醸してな。何より、私達はショウに助けてもらったという恩がある。まずは話を聞こうと思って、お前を探していたわけだ」
そして、彼女は辺りを見回した。
「しかし、この有り様だ。随分とひどくやってくれたな。さすがに、さっきまでは本気で命令書が真実なんじゃないかと思いかけたところだったよ」
唱達はバツが悪くなり、頭を下げた。
「ほんと、すんませんでした……ペザンもそうだったから、てっきり捕まえにきたんだとばかり思って」
「フオゴ君達にも突然襲われたりしたので、過剰に反応しちゃったんです」
「自営的手段だったんだ。信じてくれ」
「ごめーん。矢が当たっちゃったのは事故だから許してね」
「今回のことは、全面的に、見切り発車したおれが悪い! 罰するなら、おれを罰してくれ!」
「ごめんなさい。ショウ様を守ることしか頭になかったもので……ケガされた方は手当させてくださいね」
「お姉ちゃん達、ごめんなさい! 手当はあたしも手伝います!」
シフレーは笑った。
「もういい。わかった。この状況なら仕方ないと言えば仕方ない。幸い、うちの組の者もケガで済んでるしな」
そして、再び命令書に目を落とすと、ぽつりとつぶやいた。
「それにしても不思議だな。なぜこんな命令書が出たのか……人違いというわけでもなさそうだしな……」




