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気付きの夜

 唱は、一瞬迷った。


 ここで今歌ったら、周囲にも聞こえてしまうだろう。村人が起きてくるに違いない。なるべく人の目に触れたくない唱にとっては、できれば避けたい事態だった。


 しかし、選択肢は一つだった。

 唱は歌い始める。驚いたようにタメラが耳をふさいだ。


「えっ? なんですか? もしかして、悪魔が……?」


 家の中に入っててくれ、と唱は手ぶりでそれを伝えたが、タメラが家の中に入る気配はない。ちらりと見ると、悪魔を見つけて腰を抜かしているようだった。


 仕方ない、と唱は腹を据えて悪魔を一秒でも速く倒すことに専念した。


 声の大きさや張り方で、多少悪魔への攻撃力が変わる。ここは、周囲のことを考えずに、とにかくスピード重視の戦法をとることにした。


 猫の悪魔は、身をよじるように二本足で立ち上がった。立ち上がると、大きさは、三メートルくらいになる。


 やばいな。この態勢は襲われるかもしれない。


 そう思った唱は、タメラから距離を取るように移動した。

 案の定、悪魔は大きく体を反り返らせると、その反動で唱に向かってきた。


 うわっ――


 必死によけたものの、体の右側の感覚が急に消えていく。見ると、右肩から腕を喰われていた。よけきれなかったのだ。


 やっぱり、タイヨウさんやカッシーさんがいないとキツイな。動いてる悪魔相手だと、防御にも気を使わなくちゃなんないし。全部食われる前に、倒さなくちゃ……


 唱は更に距離を取る。しかし、射程距離があるため、二メートル程度が限界だ。それに、あまりに離れすぎると、今度は悪魔がタメラを襲う可能性があった。


 顔さえ喰われなければ何とかなる。一人で戦うなら、自分の体を囮にしながら時間を稼ぐしかないな。


 唱は、あえて悪魔を誘うように動いた。まんまと乗せられた悪魔は、唱に向かって再び向かってくる。


 今度は、左の手から肘までを喰われた。いや、喰わせてやったというのが正しい。唱を喰っているうちは、悪魔はタメラに手を出さないだろうと思ったからだ。


――ミィィィィーッ……


 悪魔が悲鳴を上げ始める。もう少しだ。しかし、ここで油断して失敗したことは何度もある。追いつめられた時の悪魔は、最後の反撃に出ることが多いのだ。ここで、悪魔がタメラに狙いを定めないとも限らない。


 両腕がなくなった唱は、あえて、悪魔が狙いやすいような位置に移動した。


 と、またしても唱の誘いに乗った悪魔が、今まで以上のスピードで唱に向かって上体を振り下ろしてきた。


 バッと後ろに跳び下がるが、大きく開いた猫の口が唱の両足をばくりと喰った。


 くそっ。片足は残したかったのに――


 足を失った唱の体は地面にたたきつけられる。背中を強く打って、咳き込みそうだったが、歌を止めるわけにいかない。


 悪魔は、だんだんと透明になりつつあった。悲鳴もどんどんか細くなる。


 よし、このまま、頼む。消えてくれ――


 両手両足のない唱は、もう満足に移動することができなかった。できることは、より大きな声で歌うことだけだった。少しでも悪魔と距離を縮めようと、残った左の上腕と欠損した脚でじりじりと悪魔に近づいた。


 唱の願いは聞きとげられ、猫の悪魔はキラキラ光ると、粒子となって上空に消えて行った。


 その途端、唱の手足が元に戻る。

 唱はすぐさま立ち上がり、タメラの元へ走った。他にも悪魔がいる可能性があったからだ。


 タメラは呆けたように座り込んでいる。


「さ、早く、家に入って!」


 唱は小声ながら強い調子で言ったが、タメラはぽかんと唱を見つめ、ぽつりと言った。


「すごい……これが音楽騎士の力なんですね……」

「いやいや、今はそれどころじゃないよ。とにかく、早く家の中へ。他に悪魔がいるかもしれないから」


 しかし、タメラは唱の言葉が耳に入らないかのように、

「歌の力って、すごい……」

とつぶやいている。


「あれ? 討伐隊の戦い、見てないの?」


 不思議に思った唱が聞くと、タメラはうなずいた。


「はい……いつも、戦場には近づかないようにって、神輿は離れたところに置かれてたんです」


 そして、もう一度つぶやいた。


「すごい……これが、本当の歌の力なんだ……」


 動こうとしないタメラにやきもきしながら、唱は辺りをきょろきょろと見回す。幸い、他に悪魔はいないようだ。


 すると、家の中でゴトゴトと音がして、扉が開いた。


「――あっ、ショウ様……今、何事でしたか?」


 ひきつった顔のヘオンに問われ、唱は小声で答えた。


「大きな声を出さないでくださいね。今、悪魔が出たんです。大丈夫、おれがやっつけました」


 ヘオンはぎょっとした。


「えっ。まさか、またあの時のように――」

「いえ、安心してください。たぶん、あの時みたいな大群じゃありません。ただのはぐれ悪魔です。念のため、これから村を見回ってみます」


 ヘオンは恐縮した様子で頭を下げた。


「申し訳ないです。せっかくショウ様にはゆっくりしていただこうと思ったのに……」


 唱は苦笑いをした。


「いえいえ、これがおれ達の仕事ですからね。それより、彼女、よろしくお願いします。なんか、腰抜けちゃったみたいで」


 玄関口でへたり込んでいるタメラをヘオンに任せると、唱はカルを馬小屋から出して、村を回った。


 村の反対側で、もう一匹はぐれ悪魔を見つけ退治したが、やはり、ペルデンが移動させた悪魔達ではなかったようだ。


 ほっとしながらヘオンの家の戻った頃には、夜が明けようとしていた。


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