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思わぬ再会

「疲れた……腹減った……」


 カルの首にしがみくようにして、唱はふらふらとさまよっていた。


 皆のところを去ってから、一日以上移動していただろうか。地図もなく、ただひたすらに人目につかないところを選びながら進んでいたため、もはや、自分がどこにいるのかもよくわからない。


 空も、一日を通してさほど変化もないため、時間の感覚さえおかしくなっていた。


 カルの首にもたれかかれながら、うつろな目で当たりの景色をうかがう。いつの間にか、草原から、畑が広がる地域になっていたようだ。


 やばいな。畑があるってことは、近くに村があるってことだ。向きを変えよう……


 そう思ったが、体がなかなか動かない。移動を始めてから、飲まず食わずなのだ。


 すると、目の前の畑に植えられている木の実のあざやかな黄色が目に入った。

 グレープフルーツに似た果物のようだ。大きくて、丸くて、つやつやとしている。


 うわ、おいしそう……


 無意識に、唱はカルの背から降りていた。力の無い足取りで、木に近づく。

 唱はそっと木になっている果物に手を伸ばした。唾が口の中に湧き出る。


 しかし、そこではっと気づいて手を止める。


 これ、人の畑だよな……勝手に取ったら泥棒なんじゃ……


 きょろきょろと周囲を見回すと、同じ木が何本も植えられている。明らかに、果物を栽培しているのだ。


 いや、でも逆に、これだけ生えてるんだから、一個くらい取ってもわからないよな……


 そう思って、再度手を伸ばしたが、やはり良心がとがめた。すんでのところで、実から手を放す。


 ダメだ! やっぱり泥棒だよ! 本物の犯罪者になっちゃう!


 しかし、飢えも渇きも極限に近い。唱が逡巡していた時だった。


「こらっ。ここで何やってる? 泥棒め!」


 突然聞こえてきた声に、唱は驚いて後ろにひっくり返った。

 木の間から、男が一人出てきた。


「うわっ。わっ。ご、ごめんなさい! 取ってないです! ほんと、取ってないんで!」


 唱が必死に弁解していると、目の前の男が驚いたような顔をした。


「あっ……あなた様は、あの時の音楽騎士様……!」

「へっ?」


 男は、嬉しそうにしゃがみこむと、唱の手を取った。


「私です。ペトラン村の……妻と娘を助けていただいた……あの時は、本当にありがとうございました」


 彼は、唱たちに助けを求めてきた、ペトラン村の住民だった。


「あっ……ああ……あの時は、どうも……」


 唱はバツが悪くなって苦笑いした。怒られずに済みそうなのは良かったが、せっかくの良い印象が台無しだ。


 しかし、男の表情がすぐに曇る。


「心配していたんです。あんな話を聞いて……」


 唱はぎくりとして、すぐに立ち上がろうとした。


 そもそも、ここがペトラン村であれば、オルケスから遠くはない。当てもなくさまよっているうちに、いつの間にか、逆にオルケスに近づいてしまっていたようだった。


 すると、男は慌てたように言った。


「あっ! 驚かせてしまってすみません! そういうことじゃないんです。我々ペトラン村の者は、誰一人として、あなた様を疑ってなどおりません」


「えっ……」


「一昨日、役人が村にも来ましたが、こんなことあるわけないって、何かの間違いだって、皆言ってますよ。あなた様は、村にとっての大恩人、命の恩人ですから」


 そう言うと、男は唱の手を強く握り直した。


「お困りのようでしたら、私達は力になります。今度は、我々が、あなた様に恩返しをする番ですから」


 捕まえるための方便。その可能性は十分にあった。

 しかし、目の前の男の表情からは、騙そうなどというつもりは微塵とも感じられない。

 唱は、どうしたら良いかすぐに答えを出せず、呆然と固まっていた。


 と、その時、グウゥーッと腹の虫が鳴った。


「あ、あの、その、す、すいません……」


 顔を赤らめた唱に、男は人がよさそうに微笑んだ。


「まずは、うちでお食事でもなさってください。お疲れと思いますから」


 少し考えた後、唱は男のことを信じられる気になった。それに何より、空腹とのどの渇きは、もう我慢の限界だったのだ。


「あ、ありがとうございます……では、お言葉に甘えて……」


 案内された男の家は、畑のほど近く、村のはずれに位置していた。

 カルを馬小屋に入れると、男に招かれて、可愛らしい形をした家の前に立った。


「さぁ、どうぞ。狭いですが、ゆっくりなさってください」


 男がドアを開けた途端、楽し気な会話が聞こえてきた。


「おばさん。この果物、とっても美味しいです!」

「そうでしょう? この実はボンボンって言うの。空はこんなで心配だったけど、今年も美味しい実をつけてくれたのよ」

「わぁ、このジャムも美味しい! このボンボンのジャムですか?」

「そうなのよ。私の得意料理なの。このパンにつけて食べると美味しいわ。いっぱい食べてね」


 男は、「あっ」と言って振り返った。


「そうでした。実は今、うちにもう一人お客さんがいらしてまして。でも、お気になさらないでくださいね」


 唱にそう言うと、男は妻に声をかけた。


「おーい、トーン。今、帰ったよ。お客さんをお連れした」


 その声で、食堂のテーブルに座っていた先客が振り返る。


 可愛らしい、黒髪の少女だった。


 唱は、その姿を見て思わず小さく声を上げた。


「えっ。あっ! あの、あなた――」


 少女は唱を素早く一瞥した後、すっと唇に人差し指を当てた。


 お願い。黙ってて。


 彼女の口は、そう動いたように見えて、唱は開いた口をつぐむ。


 これは……もしかして、おれ以上に問題抱えてる人がここにいるのかもしれないぞ……


 あまりの驚きに、唱は、自分の身の心配など吹っ飛んでしまった。

 目の前の少女は、あの時と服装こそ違うが、光の巫女だったからだ。


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