孤独の旅路
ランタンに火をつけると、唱はそっと立ち上がった。
「あれ? ショウ、どうしたの?」
見張りのため、一人起きていたTaiyoが声をかけてくる。
「あ、ちょっとトイレに……」
照れ笑いを浮かべると、Taiyoは
「気を付けてね。悪魔にお尻、食べられないようにね」
と、にっこりして言った。
唱はへらりと笑い、暗闇に向かって歩を少し進めた後、ちらっと後ろを振り返った。
ランタンのぼんやりとした明かりの中、Taiyo以外の皆が寝ているのが見える。
クリワの三人は、すぐに起きられるようにと、木に寄りかかって寝ている。ランテとマーニは地面に横になり、互いに抱き合うように寄り添って眠っていた。
こんな状況なのに、なぜかほっとする光景だった。
あまりじっと見ているとTaiyoに気づかれそうなので、唱はすぐに前を向いた。
そして、心の中でつぶやいた。
みんな、さよなら。
見張りがTaiyoで良かった。唱はしみじみと思った。
YAMAだったら、きっと勘付かれてしまったことだろう。唱が、彼らの元から離れようとしていることに。
唱は、もう、逃げきれないと考えていた。
ランテが持ち帰った数枚の紙は、唱にそう悟らせるのには十分なものだった。
その紙は、手配書だったのだ。
「村の壁の色んな所に貼ってありまして……こっそりはがしてきたんです」
村から戻ってきたランテは、硬い表情でそう言った。
「わぁ。絵、すごいね。ショウにそっくり」
「おいおい、まじかよ。こんなもんまで、いつの間に」
「こんな辺鄙な場所の村にまで貼ってあるってことは、すでに国中貼られている可能性がありそうですね」
「甘かったな。考えてみれば、ショウの罪状は国家反逆罪だ。カッシーの言う通り、国中のいたるところに手が回っていると見て間違いないだろう。潜伏するとなると、かなり長期間を強いられそうだ」
クリワの会話を聞きながら、唱はどんどん血の気が引いていくのを感じていた。
黙り込んでしまった唱に気づいたのだろう。RYU-Jinが唱の背中を力強く叩きながら言った。
「心配すんなよ! とにかく濡れ衣なんだからさ。事実がわかりゃあ、こんな疑いすぐ晴れるって!」
げほげほと咳き込みながら、ちらりと横を見やると、不安そうなランテと目が合う。
なんと言ったらいいかわからず、目をそらした。
そうだ。大丈夫だ。おれは何もしていないんだ。ちゃんと説明すれば、誤解だって、きっとわかってもらえるはずだよ。なんなら、これから城に行って説明に――
とは思ったものの、オルケスに戻る気にはなれなかった。
以前に見た、処刑されたあの家族。
おそらく、まっとうに話など聞いてもらえるとは思えない。疑わしきは黒、とばかりに、処刑されてしまうに違いない。
それがわかっているから、クリワの皆も、城に行こうとは言わないのだろう。良い案が浮かぶまで、身を隠す方が安全ということなのだ。
しかし、夜まで悶々と悩んだ末に、唱が出した結論は――
彼らとの決別だった。
いつまでも隠れ通せるわけがない。そのうち見つかるか、食料が尽きるかして飢え死にするか。おれがいなくなれば、少なくとも、みんなは隠れる必要は無くなる。みんなを巻き込むわけにはいかない――
ランテの顔を思い浮かべながら、唱は自分に言い聞かせるように心の中で何度もつぶやき、足早に暗闇の中を歩いた。
一人歩いていると、今までの旅路が思い出された。
一緒に囲んだ食事。野宿の時の見張り決めジャンケン。Taiyoが即興で作った曲をみんなで聴いたこと。悪魔退治も最初はなかなかうまくいかなかったけれど、クリワのみんなは、辛抱強く唱を見守ってくれた。そして出来上がった、必殺の歌。
「楽しかったなぁ」
ふと、口をついて出た。
こんなに楽しい時間を共に過ごした友達は、今までいなかった。
いつも、なんとなく周囲の顔色をうかがって、場の空気を乱さないよう気を使って、嫌なことを言われてもへらへらとやり過ごしたりして――
昔は、ただ人と一緒にいるだけだったのだ。
しかし今は違う。たとえ自分の身が危険にさらされようとも、彼らを、彼らの未来を守りたいと思う。
その思いが、唱の足を、前へ、前へと動かしていた。
ふいに、背中からブルブルと鼻音が聞こえることに気づいた。
振り返ると、暗闇の中に、ぼんやりと白い姿が浮かび上がる。
カルだった。カルが唱に着いて歩いて来たのだった。
「カル……ダメだよ。おれは一人で行くの。ランテさんのところに戻りな」
鼻先を撫でながら言うと、カルは唱の顔に長い顔をこすりつけるようにした。思わず、唱もカルの顔に腕を添わせる。
「お前も、随分おれになついてくれるようになったよなぁ……最初は全然言うこと聞いてくれなかったのに……」
カルが、答えるように鼻を鳴らす。
唱はうなずくと、カルから離れてまた歩き出した。
すると、また後ろから鼻息が聞こえ、振り返る。
止まれと言うように、唱はカルの鼻先に手のひらを向けて、歩き出す。
しかし、また鼻息が聞こえる――
何度か繰り返して、唱は「ふう」とため息をついた。
「お前、おれに着いてくるつもりなのか?」
カルが、うなずくように顔を縦に動かした。
唱は、なんだか泣きそうな気持になり、カルの体に顔をうずめた。
「ありがとう……」
カルに乗った唱は、夜も明けない草原を駆けた。
当てがあるわけではない。だが、きっと、何とかなるだろう。
唱は、一人で歩いていた時より、少しだけ明るい気持ちになっていた。




