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悪魔

 あれ? 気のせいか? 今、何となく、影が大きくなったような。


 視線を外した後、もう一度足元を見た唱は、ほんの少しの違和感を覚えた。


 気にせず、再び空を見上げる。相変わらず暗い。雨が降り出したと共に、更に暗くなったような気さえする。そこで気づいた。


 あれ? こんなに空が暗いのに、影なんかできるもの?


 突然、マーニの声が飛んだ。


「悪魔! お兄さん、離れて!」


 えっ、と思う間もなく、マーニが唱を突き飛ばした。不意を突かれた唱は、思いっきり雨の中に転がる。そして、突き飛ばした時に一緒に飛び出したのだろう。マーニの体が唱の上に降ってきた。


「うわぁっ」


 マーニの体の下敷きになり、唱はうめいた。


「お兄さん、ごめん。大丈夫? どこも食べられてない?」

「いてて……いや、大丈夫。どこも痛くないし……っていうか、悪魔なんていた?」


 起き上がりながら、唱はきょろきょろと辺りを見回すが、これと言って、悪魔らしいものは見当たらない。

 しかし、マーニはさっきまでいた木陰をじっと見つめていた。


「いるわよ。あそこ。木の根元に」


 言われて唱も木の根元を見るが、ただ暗いだけで何もない。


「え、あれは木の影なんじゃ……」


 そう言ってから、はっとした。


 影が、動いている。

 まるで、蟻の大軍が一斉に動いてでもいるかのように、じわじわとその大きさを広げている。


「げっ。あれ、なんだよ! 影が動いてる!」


 思わず唱は叫んだ。すかさず、マーニのあきれたような声がする。


「だから悪魔だってば」


 影は、しばらく木の根元でうごめいていたが、やがて、少しずつ唱とマーニがいる方向に広がってきた。


「やだ、こっちに来る! 逃げなくちゃ」


 マーニの声で唱も慌てて立ち上がり、彼女の背を追った。


 雨は、少し小降りになっていた。が、舗装されていない土の道は雨でぐしゃぐしゃになってただでさえ走りづらく、その上暗いので、唱は何度か足元を取られそうになった。


「はぁ、はぁ。もう、ここまで来たら大丈夫かしら」


 マーニが立ち止まり、苦しそうに息を吐いた。唱も立ち止まり膝に手をつきながら、息を整える。


「ああ、びっくりした……あれが悪魔なの?」


 髪から滴り落ちる雨のしずくをぬぐいながらマーニがうなずく。


「そうよ。あの闇が、悪魔なの。やつらは音もなく現れて、そして人間を食べてしまうの」


「なんだか信じられないな……」


 あまりにも自分の想像と違いすぎる悪魔の姿に、唱が何ともなしにそう呟くと、マーニはひどく冷たい表情をして言った。


「あたしも村のみんなも、誰一人信じられなかったわ。あの日までは」


「そういえば、さっきもあの日って言ってたけど、一体何が――」


 そこまで言ったとき、唱は前方の道がやけに黒いのに気づいた。

 そして、その理由がわかった瞬間、血の気が引いた。


「ねぇ、あれ、悪魔じゃない?」


 いつの間にか、唱とマーニは悪魔に囲まれていたのだ。

 まるで水に囲まれるように、二人はそこから動けなくなった。


「やだ、どうしよう! 逃げられない!」

「うわうわ、段々こっちに近づいてきてるよ! どうすればいいんだよ?」


 唱がパニックになりかけた時、マーニが妙なことを言った。


「こうなったら、一か八か。お兄さん、歌ってみて」

「はっ? こんな時に何言ってんの?」


 面食らう唱に対し、マーニは意外にも冷静な様子だった。


「いいから! とにかく何でもいいから歌ってみて!」

「やだよ。おれ、すごい音痴で……それに、この状況で歌うとか意味わかんないんだけど」

「説明してる時間ないの! いいから、早く!」


 何、何、何、この子。悪魔と歌うのと何の関係があるんだよ?


 唱は半分キレそうだったが、ほとんどやけくそになって、頭に浮かんだ歌――『森のくまさん』を叫ぶように歌った。唱が歌いだした途端、マーニが目をまん丸に大きく開けて、慌てて耳をふさぐのが視界の端に見えた。


 ほらぁ、だから言ったじゃん。もう、歌えって言われたから歌ったのに、こんなの、恥のかき損だよ。


 うんざりして歌うのを止めようとしたとき、なぜかマーニは嬉しそうに微笑んだ。


「いける! お兄さん、そのまま続けて!」


 そう言われてしまうと止めづらい。ワケが分からないまま、唱は歌い続ける。

 足元を見ると、心なしか、近づいてくる悪魔の動きが遅くなったように見えた。


 やがて、歌が二番になった頃、奇妙な音が聞こえてきた。


――ヒュウウウウウウウウゥゥゥゥゥ――


 空気を切り裂くような、動物がか細い声で鳴くような音だった。

 不思議なことに、この音は、周囲のどこかから聞こえてくるというより、耳鳴りのように頭の中で響くようだった。


 あれ? これと似た音をどこかで……


 そう思った時、不思議なことが起きた。

 真っ黒だった悪魔が透けるように光り出したのだ。


 悪魔は次第にその闇のような色を薄くしていくと、キラキラ光る粒になる。やがて、その光の粒は、風で舞い上がる砂のように空へと昇っていった。


 唱たちの足元には、ただの濡れた地面があった。


「あれ……悪魔、消えたみたいだね……」


 目の前の光景に驚き、呆然としていた唱の腕に、マーニがはしゃぎながら飛びついてきた。


「すごい、すごぉい! お兄さんなら、最強の音楽騎士になれるわ!」


「は? お、オンガクキシ……? 音楽の、騎士ってこと?」


 いつの間にか、雨も止んでいた。

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