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記憶の中で

「あの、すみません。ちょっと聞いてもいいでしょうか?」

「なんだね? わしでわかることなら答えよう」


 ペルデンは大きくうなずき、微笑んだ。


 やはり、ペルデンは気の好いオジサンのようだ。


「あの、よく言われています国王様の御意志でない、というのはどういう意味なんでしょう」


 ペルデンは、あごひげをつまみながら言う。


「うむ? 単純なことだ。どこに討伐隊を出すかは国王様が全て決められておる。その候補に挙がっていなければ、御意志ではないということになる」


「……ということは、悪魔の被害があったから討伐隊を出す、というわけではないのですか?」


 唱の質問に、ペルデンは少し困ったような表情を浮かべた。


「そうだな。なかなか言いづらいが、討伐隊は緊急時の対応をする部隊ではないのだよ。あくまで、国王様の御命令に従って忠実に動くためだけにある組織だ」

「えっ。じゃあ、討伐隊が国外遠征中に国内のどこかが悪魔によってものすごい被害を受けたら、どうするつもりなんですか? 討伐隊が、一番力があるのに……」

「その時のため、お主らのような調査隊が国内に残っている。――などと簡単に言ってしまうのは、いささか乱暴だな。わしも、その点は心苦しく思っているのだが。――似たようなことを、フオゴにも聞かれたしな」

「えっ、フオゴが、ですか?」


 突然耳に入ってきた名前に、唱は驚いた。


「ああ、最初に遠征に出た時にな。お主と同じことを聞いておったよ。自分たちが国外にいる時に国内で悪魔が出たらどうするのか、と。それに昨日も、命令がないから行かないのか、とな」

「え……まさか……だって、さっき、おれには関係ないって……」


 唱は、先ほど見たフオゴの様子とのあまりの違いに、ペルデンの勘違いではないかと思った。


 しかし、ペルデンは首を振る。


「奴は、そんなことを言っとったのか。まぁ、それは本心ではないだろうな。とっつきにくくはあるが、フオゴは悪い奴じゃあない。口数が少ないから、誤解されやすいがな」


 ペルデンの口ぶりは、まるで教え子を心配する教師のようだった。


 もしかして、と思った唱は問う。


「……ペルデンさんは、フオゴを前から知ってるんですか?」


 すると、案の定、ペルデンはうなずいた。


「おお。知ってるも何も、奴はわしの部下だったからな。音楽騎士団が結成される前は、普通の騎士として、わしの部隊に所属しておったのだぞ」


 やっぱりそうか。騎士っぽい格好してると思ったら、そういうことね……


 唱が一人納得していると、ペルデンは勝手に話し始めた。意外と饒舌なようだ。


「奴は戦災孤児でな、我が国が周辺諸国と争っていた頃、戦争で親を亡くし、教会の施設に引き取られた子供の一人だった。施設で育つと、聖職に着くか、国に尽くすか、将来はどちらかの道になる。奴は後者を選び、十二の時に軍に入った。体が大きかったこともあり、なかなか強くてな。戦場では、誰よりも最前線で勇敢に戦う良い兵だった。それは、音楽騎士になった今でも変わらんよ」


 唱は、ついこの前に見たフオゴの姿を思い出した。


「あ、ハルプ村でも、そんな感じでしたね……一人で仲間の先頭に立って、ずっと一人で悪魔を倒してました」


 すると、ペルデンはため息交じりに言った。


「そうだろう。まぁ、だが、今の奴は勇敢というより、一人で全て背負い込んでいるようにも見えて、少し心配しているんだがな」

「一人で背負い込んでる?」


「うむ。実は、そうなってしまった心当たりはある。昔は、あ奴も今よりは明るい奴だった。それが変わったのは、ある戦いで、同じ部隊にいた親友を失ってからだ。

あれは苛烈な戦いでな。敵の策略にハマってしまい、気がついたら隊は散り散りになってしまっていた。全員、自分の命を守るだけで精一杯だったのだが、その時に、奴の親友が敵に討たれた。奴も親友が危ないことに気づいて、助けに行こうとしていたところで、あと一歩間に合わなかったようでな」


 そこまで言ってから、ペルデンはふぅと大きく息を吐いた。


「それからのフオゴは、今のように、人との関わりを避けるようになってしまった。わしにはな、今のフオゴは、友を助けることのできなかった自分を許せず、自らに罰を与えながら生きているように見えるのだよ。奴はまじめすぎるところがあるからな」


 そこまで言ってから、ペルデンは「おっと」と言って手をポンと打った。


「しまった。少し長く立ち話してしまったな。わしはこれから軍事会議に出ねばならぬ。ええとお主は――」

「あ、ショウです」

「ショウよ。では、また会おう。その時まで、しっかりと励めよ」


 唱は、振り上げたこぶしをどう降ろしていいのかわからないような、そんな気持ちで、立ち去るペルデンの後ろ姿を見つめた。


 ペルデンさんも、フオゴも、別におれ達を騙しているわけじゃない。でも、そうなのだとしたら――


 はっと気づいて、もう一度ペルデンに声をかけようとした。が、その時にはペルデンの背中は、壁に隠れてしまっていた。


 しまった……力のこと……伝えてあげれば良かった……


 唱は、ざわざわとした胸騒ぎを感じていた。


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