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怒り

 フオゴと、フオゴ組のメンバーに挟まれた格好となった唱は、きょろきょろと二者を見比べた。


 あたふたとしている唱に気づきもしないといったように、フオゴは三人組に淡々と声をかけた。


「お前たち、そろそろ戻れ。次の遠征について、説明があるらしい」

「はっ、はい……」


 リーダーに指示されると、三人は人が変わったように大人しくその場を去っていった。あまりの変わり身に拍子抜けしていると、フオゴは唱の横を素通りし、彼らと同じ方向に歩を進める。


 その姿に、唱は無性に腹が立った。


「おい、待てよ」


 呼びかけるとフオゴは足を止め、ちらりと顔だけを向けた。


「なんで、助けに来なかったんだ?」

「なんのことだ?」

「ペトラン村のことだよ! 村の人が城に助けを求めに行ってるんだ。知らないはずないだろ」


 少しの沈黙の後、フオゴは答えた。


「ああ。確かに聞いた。命令がなかった。それだけだ」


「……命令じゃなかったら、お前は、目の前で悪魔に喰われそうになっている人たちを見殺しにするってことか?」


 再び、フオゴは少し沈黙した。


「ああ。おれには関係のないことだからな」


 下を向きながら小さな声で言うと、フオゴは歩き出した。


 こいつ……もしかして、こいつもグルってことなのか? だから、こんなに冷淡なのか?


 唱は怒りで肩を震わせる。その黒い背中に向かって叫んだ。


「関係ない……? あるだろ? お前は助けることができるんだから、あるだろ! 関係ないわけないだろ!」


 しかし、フオゴはもう振り向くことはせず、やがて廊下の角を曲がって姿を消した。


 唱は、思わず近くの壁を拳でドンと殴った。


「ちっくしょお……いてぇ……」


 拳からジンジンと痛みが広がっていく。同時に、フオゴに対しての怒りも広がっていく。


 やっぱりグルなのか、フオゴ。そんなすごい力があるくせに、それを、助けを求める人のためには使わないってことなのか? それじゃあ、あの力には何の意味もないじゃないか。ちくしょう。憧れて損した。そんな価値、あいつには全然無かったんだ……!


 唱は、いまだかつて経験したことのないような怒りが、体に沸き上がるのを感じていた。


 その怒りが、自分たちを騙して村人を見殺しにしようとしたフオゴ達に向けられているのか、それとも、その力に憧れていた気持ちを軽率に踏みにじられたことに対してなのか、唱にはわからなかった。


 いや、もしかしたら両方なのかもしれない。


 腹の底からふつふつと沸き上がってくる気持ちに困惑していると、ふいに後ろから声をかけられた。


「おお、お主は確か……」


 振り返ると、大きな体の男が立っていた。


「えっ、わっ、副団長のペルデンさん!」


 唱はぎょっとして、大きく後ずさった。


 やばい。こんな時に最悪だ。よりによって、疑いの的に……


 なんと声を発して良いかわからず、唱の頭は完全に硬直した。


 余程、唱の顔がひきつっていたのだろう。ペルデンは、豪快にわははと笑った。


「そうだった。わしと同じ、悪魔を消す音楽騎士だったな。こら、お主、なんとビクビクした顔をしておる。大した力を持っておるのに、随分と気が小さいじゃないか。もっと堂々とせい!」


 言いながら、背中をどーんとどつかれ、唱は咳き込んだ。


「げほっげほっ。はぁ、いやあの……すみません……」


 あれ。なんか、想像と違う感じの人だな……


 自分達音楽騎士をペテンにかけるような悪党を想像していた唱は、思ったより清々しい態度のペルデンに面食らった。しどろもどろになっていると、ペルデンの方から尋ねてきた。


「しかし、討伐隊ではないお主が城に何の用かの?」

「えっ? いやあの……すみません、実は、戦いで腕章を破ってしまいまして再発行をしに……」

「戦い? ハルプ村の時は、そんな様子はなかったようだったが」

「いえ、ハルプ村じゃなくて、昨日、ペトラン村で悪魔が出て、その時に……」


 ペルデンは、村の名前を聞いて表情を曇らせた。


「その話は聞いておる。わしらが行くことはできず、申し訳ないことであった」


 そう言うと、ペルデンは頭を垂れた。

 その姿には誠実さがあふれていて、とても人を騙すような人物には見えなかった。


 もしかすると、ペルデンさん自体、自分の本当の力に気づいていないのかもしれないな……


 仮にそうであれば、唱の疑念は杞憂に過ぎないということになる。


 気持ちが落ち着いた唱は、思い切って聞いてみる気になった。


「あの、なぜ、行くことができなかったんですか? 国外遠征も大事だと思いますが、自分の国を守ることも大事なのでは……」


 そこまで言ってから口ごもる。余計なことまで言ってしまった。怒られるかもしれない。いや、まさかこれも国家反逆罪になるのではと、急にびくびくする。


 しかし、ペルデンは声を荒げることもなかった。


「そう言われると、誠に耳が痛いな。しかし、こればかりはわしらの一存で決められることでもない。全ては国王様の御意志あってのこと。許せよ」


 そう言ってまた頭を垂れたペルデンの姿に、唱は安堵した。

 

見た目いかつくて、いかにも頑固オヤジって感じだけど、案外、ペルデンさんって話がわかる人なのかもしれないな。


 気を許した唱は、不敬にならないよう細心の注意を払いながら、口を開いた。


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