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意地の悪い騎士達

 ひんやりとした空気の暗い廊下で、唱は壁にもたれかかっていた。


 ペトラン村での戦いの翌日、破れてしまった音楽騎士の腕章再発行のために、唱は一人城に来たのだった。


 怒られるかと思ったが、

「すみません。ちょっとその、戦いで、腕章を破ってしまったんですが……」

と言うと、執務室の女性は無表情に、

「かしこまりました。それでは、しばらくそちらでお待ちください」

と、あっさり受け付けてくれた。


 受け付けてくれたのはいいが、どのくらいかかるのかもわからず、唱は心細くなって、腕章がはやくできないものかと、執務室の扉を何度も振り返っていた。


 なんだか、冷たくて空気の重い城だよな。あんまり長居はしたくないなぁ。


 廊下は中庭に面しているが、外が薄暗いため、昼でも夜のように暗い。等間隔に置いてある燭台には、ろうそくの火がぽつ、ぽつ、と灯っている。


 前に来た時も、こんな暗い感じだったかなぁ。


 何もやることが無いので、唱は、初めて城に来た時のことを思い出していた。城の中に入るのは、組分け試験ぶりなのだ。あれから三週間以上が経っている。


 あの時は、人が大勢いたし、これから起こることへの期待感から気持ちが高揚していたので、気にならなかったのだろう。しかし、コンセール城は、どこか人を突き放すような、そんな冷たい空気が漂っているような印象を覚えた。


 そんな風に思ってしまうのも、昨日のことがあったせいだろう。


 ペルデンの力は、悪魔を消滅させるものではなく、時空を超えて移動させる力である。


 唱がハルプ村で見た悪魔の話を聞いたYAMAは、そう仮説を立てたのだ。


「だが、これはあくまで仮説だ。証拠が明確にあるわけじゃない。だから、誰にも言うなよ」


 そう彼は念押ししたが、唱の頭の中からは離れない。


 もし、ペルデン達討伐隊がそれを知っていて故意にやっているのだとしたら――


 この国は、純粋に悪魔を倒して世界に平和をもたらすために音楽騎士を集めているわけではないということになる。


 つまり、おれ達音楽騎士は、騙されてるってことになるよな。いや、おれ達だけじゃない、国民全体が騙されてるってことだ。そんなことって――


 ぐるぐると思考を巡らせていた時、ふいに廊下の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「いやぁ、遠征楽しかったよなぁ」

「色々うまいもんも食えたしな」

「フオゴさんに任しときゃあ、仕事も楽だし」


 げっ、フオゴ組のやつらだ。


 会話の様子からすると、三人ほどいるらしい。彼らに気づかれずやり過ごそうと、唱は息を殺して廊下の壁にへばりついた。


 もちろん、フオゴ組の隊員たちは、唱の存在など知る由もなく、大声でしゃべっている。


「てかさ、マジでおれ達、他の組じゃなくて良かったよな」

「思うわ。調査とか警備とかダル過ぎだし」

「そもそも調査とか、今更何のためだよ。何の役にも立ってねぇじゃんな」

「てか、知ってる? あの四人組の先輩いんじゃん。あのうち二人、何の力もねぇんだってよ!」

「あー、らしいな! なにエラソーに音楽騎士面してんのかって思うよな」


 耳に飛び込んできた会話に、唱は思わず拳を強く握った。


 彼らがバカにしているのは、明らかにクリワの四人のことだった。


 唱は思わず拳をぎゅっと握りしめた。恐怖からではない。怒りからだった。


 フオゴ組の隊員たちは、なおもゲラゲラ笑いながら得意げにしゃべり続ける。今度は、唱のことに話題が移ったようだ。


「そいや、あいつ。やっぱ、マジでしょぼかったよな」

「そう! すげー力の効き遅いの。あんなん、倒す前に悪魔に喰われるって」

「フオゴさんと雲泥の差」

「歌もホントひでぇし。てか、あれ歌じゃねぇし」

「おれ、同期として心から思うわ。悪いこと言わねぇから、死ぬ前に辞めた方がいいって」

「あはは。ショウに誰か教えてやれよ」


「ああ、そうかい。教えてくれてどうもありがとう」


 我慢できなくなった唱は、彼らの行く手を遮った。


 三人組が、びっくりして立ち止まる。


「悪かったな。力の効きが遅くって。でも、おれは曲がりなりにも悪魔を倒せる。お前らはどうなんだよ。お前らは何の力持ってるんだ? 言ってみろよ」


 口を開くと、勝手に言葉がついて出ていた。


 しまった。これじゃ、ケンカ吹っかけてるみたいじゃないか。


 そう思うも、言葉はどんどん流れ出ていく。


 案の定、彼らの目つきが変わった。フオゴ組は、フオゴ以外の隊員のほとんどは非作用系の力しか持っていない。痛いところを突かれて、気に障ったのだろう。


「んだと。もういっぺん言ってみろよ」

「バカが、調子に乗りやがって」

「悪魔の前に、おれ達に倒されたいかコラぁ?」


 いつもの唱だったら、この時点で逃げ出すか、腰を抜かしていただろう。しかし、この時、唱は全く退く気にならなかった。


「そのセリフ、そっくり返すよ。悪魔倒す力もないくせに、そっちこそ偉そうに。フオゴがすごいだけで、お前らなんか、何もすごくないからな!」

「あぁ?」


 三人組の一人が恐ろしい顔つきですごんだが、唱はひるまず続けた。


「大体なんなんだよ、討伐隊って。すぐ近くで悪魔に襲われてる人たちがいるってのに、助けにも来れないんじゃ、討伐隊の意味なんかないじゃないか。調査とか警備とか、バカにする資格なんてないだろ。お前らこそ、音楽騎士なんてやめちまえよ!」


 唱がそう叫んだ瞬間、目の前の三人が「あっ」と言った。


「おい、そこまでにしろ」


 後ろから突然声をかけられ、驚いて振り向く。


「フ、フオゴ……」


 フオゴが無表情に立っていた。


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