悪魔の亡霊
シフレーが去ったのと入れ違うように、唱たちを村に呼んだ若い男がやってきた。
「音楽騎士様……悪魔を倒してくださって、本当にありがとうございました。おかげ様で、被害もほとんど出ませんでした」
彼はそう言って、深々と頭を下げた。隣にいる、赤ん坊を抱いた女性も一緒に頭を下げている。
唱は照れ臭くなって、頭をかいた。
「いえいえ、音楽騎士の仕事ですから……」
男とその隣の女性――彼の妻だろう――は、涙を流している。
「私達夫婦には、このように子供が生まれたばかりでして……生きた心地がしませんでした。皆さんのおかげで、こうしてまた娘の顔を見ることができます」
妻に抱かれた赤ん坊は、「ばぁ、うぅ」と声を出しながら、唱の方に小さな手を伸ばしていた。
「……良かったですね、本当に……」
その小さな命を見ながら、唱は、今度こそ村を守りきれた安堵と達成感に、胸がいっぱいになった。
YAMAがうなずきながらも、不思議そうな顔をした。
「被害が少なかったのは、おれ達が到着した時点ですでに避難が速やかに行われていたからだ。初動が良かったのが大きいだろう。しかし、よく、人が食われる前に避難を始められたな。悪魔は音もなく現れるし、被害が出てから気づくことが多いのに」
すると、男の妻が遠くを指さしながら言った
「はい。悪魔達が最初に現れたのが小麦畑の向こうで幸いでした」
彼女の指さす方向を見ると、だだっ広い草原が広がっている。
YAMAが目を丸くして身を乗り出した。
「ちょっと、悪魔が現れた時の状況を詳しく教えてくれないか」
男の妻はうなずくと話し始めた。
「はい……最初に悪魔を見つけたのは、フラッドさんの息子さんだったのですけど、いつものように畑の雑草取りをしていて、ふと、顔を上げたら、さっきまで何もなかった草原に、真っ黒い影の大軍が見えたのだそうで……」
「それですぐ村に帰ってきて皆に声をかけてくれたんで、私もすぐに城に馬を走らせることができたんです」
夫婦の話を聞いた唱とクリワは顔を見合わせる。
「もしかして……」
「同じだな。ティーパ村の時と」
改めて周囲を見回してみると、ティーパ村ほどではないが、ペトラン村も、周囲を広く草原に囲まれており、悪魔の住処となりそうなうっそうとした森が近くにあまり見られない。
「やっぱり悪魔って、突然降って湧いたように現れるものなんでしょうか」
「姿かたちによって悪魔の動きが様々だからな。鳥のように飛べる形態の悪魔であれば、突然現れたように見えることもあるだろう。だが、一匹、二匹ならともかく、何十匹も同時にというのが引っかかる」
「えー。それに、ショウが倒した悪魔、全然、鳥みたいなのじゃなかったよ」
「ああ。どっちかってーと、重そうなやつの方が多かったよな」
クリワが話しているのを聞いているうちに、唱はふと思い出した。
「そう言えば……ここにも人魚みたいな悪魔が出ましたね」
「ん? ここにも? どういうことだ?」
YAMAが怪訝な顔をする。
「あ、今日、おれが倒した悪魔の中に、でっかい人魚みたいな形の悪魔がいたんですけど……確か、ハルプ村でも見たなと思って……」
「おい待てよ。でも、ハルプ村の悪魔は全滅しただろ? てことは、たまたま同じ形の悪魔が出たってことじゃなくて?」
RYU-Jinはそう言ったが、YAMAは思案気に宙を見つめている。
「おれの仮説が間違っているのか、それとも本当に同じ個体なのか……」
「ヤマ、どういうこと?」
Taiyoがきょとんとすると、YAMAが胸元から手帳を取り出した。
「うん。確証が無かったから、今まで特に言ってなかったんだが、おれは一つ仮説を立てていたんだ。それが、悪魔は全て異なる姿をしている」
KassyとRYU-Jinが大きくうなずいた。
「あ、そういえば、今まで一度も全く同じ形の悪魔って見たことないかも……」
「そう言われりゃあ、そうだな。捕まえてるやつ、全部違う形だぜ」
ぱらぱらと手帳をめくりながら、YAMAは言った。
「一応、おれが目にした悪魔の姿かたちは、ここに大体メモしてある。少なくとも、この中にかぶっているものは一つも無かった。だが、おれ達は討伐隊ほどの数を見ているわけじゃないから、あくまで仮説だったんだ」
そこまで言って、YAMAが唱を見た。
「ショウ、他に見たことのある姿の悪魔はいたか? もしいたら、教えてくれ」
「うーんと、うーんと……そういえば、象みたいなのもいたんですけど、これも確かハルプ村で見たような気がします。あと他には……」
唱は、記憶の限りをYAMAに伝えた。
さらさらとメモを取ると、YAMAはパタンと手帳を閉じた。
「ショウが覚えていたのが六匹。そのどれもが、ハルプ村で見たことがある、と――」
「す、すみません。もしかしたら、もっと前に見たことあるやつがいたのかもしれないんですけど、もう覚えてなくて……」
「それにしても、お前、よくあんな大騒ぎの最中に覚えてられたな? 大した落ち着きじゃねーか」
RYU-Jinが笑いながら唱の背中をバンバンと叩いた。
「げほごほっ……いえいえ、違いますよ。おれ、ペルデンさんの戦い方に注目してたんで、ちょっと観察してたからたまたま覚えてただけです。ほら、おれと似た力だから、気になるでしょ――って……」
そこまで言ってから、唱ははっとした。
「おい。ってことは、まさか……」
YAMAも気づいたようだ。唱はうなずく。
「見たことある悪魔、全部、ペルデンさんが倒してたやつです……」




