少女の力
目を開けると、マーニの仏頂面があった。
「うわぁっ?」
唱は、驚いて跳ね起きた。
「な、ななな何? どうしたの? 朝からなんかあった?」
ずっと元気のなかったマーニだったが、今朝はなぜか少し怒った様子で唱のベッドの横で仁王立ちしている。おそらく、唱が起きるのを待ち構えていたのだろう。
わけがわからずびくついていると、マーニは口をとがらせて言った。
「ショウ様、お姉ちゃんから聞いたわよ。昨日、光の巫女の歌を聴いたんですって?」
「え? そんなこと? ……ああ、確かに討伐隊に便乗させてもらって聴いたけど……」
「どうだった?」
「ええと……それは歌がどうかってこと? そりゃもう、すごかったよ。あんなきれいな歌声、初めて聴いたし。ほんとやばいくらい」
「そうでしょうね。タメラは、リヴ村史上一番の歌声って言われてたから。――で、空は晴れたの?」
マーニがぐいぐいと唱に顔を近づけてくる。圧がすごい。
「空? うん、もちろん晴れたよ。びっくりした。本当に晴れるんだね。一日くらいしかもたないって話だったけど、それでもみんな嬉しそうだったなぁ」
「ふーん……」
マーニの口は、さらにとがった。しばらく、不機嫌そうに宙を見つめていたが、突然、食って掛かるように、また顔をぐいっと近づけてきて言った。
「決めた! ショウ様、今日からあたしも一緒に戦いに行く!」
「――は? ダメだよ。悪魔がいっぱい出るかもしれないし、危ないよ?」
唱はぶんぶんと首を振ったが、マーニが構わず続ける。
「何を言ってるのよ! ここまでは、あたしだって一緒に旅してきたのよ。それに、悪魔についてだって、ショウ様よりよくわかってるわ!」
「そりゃそうだけど、っていうか、なんでだよ急に。どうして一緒に行きたいの?」
すると、マーニは少し表情を暗くした。
「お姉ちゃんから聞いたんでしょ。あたしたちがタメラに会った時のこと」
うなずくと、マーニは悔しそうに言った。
「どう考えてもおかしいの。村にも帰らないなんて、タメラがタメラを捨てるなんて……タメラには歌の力もないのに、絶対に騙されてる。助けなきゃいけないの」
「あ、あの、それなんだけどさ。なんでマーニは光の巫女――あ、タメラちゃんに歌の力がないなんて思うの? おれ、見たんだよ。彼女が歌って空が晴れるとこ」
マーニには申し訳ないが、唱は、マーニは単にひがんでいるだけだろうと思っていた。
幼馴染で仲が良かったということだったが、歌の世界ではライバルだったに違いない。歌呼の力があったマーニは、タメラに対し、無意識に優越感を持っていたのだろう。
それが、突然、自分を超える力を急に相手が持つようになったとしたら、面白くないはずだ。
案の定、唱の質問に、マーニは口ごもった。
「それは――うまく説明できないけど、あたしにはわかるっていうか……」
ほら、やっぱり。
と、唱が口を開いた時だった。
「マーニは、人の歌を聴くと、なんとなく力があるかがわかるみたいですよ」
ふいに、背後からランテの声が聞こえて唱は振り返った。
「お姉ちゃん! おかえりなさい」
マーニが嬉しそうに声をかけると、ランテは「ただいま」と微笑んだ。
「ごめんなさい。ミルクがなかったので買いに行っていたんです。ショウ様、早速朝食の支度をしますわね」
ランテは、机の上でてきぱきとパンや果物を切り始めた。
「あ、ランテさん。あの、今の話って……」
唱が聞き返すと、ミルクをコップに入れながらランテは言った。
「私にはよくわからない感覚なんですが、マーニはちっちゃな頃から、人が歌うのを聴いて、この人は力がある、この人は力がない、ってことをよく言ってたんです」
「え? それは、歌呼の力のことですか?」
「その頃は歌呼の力のことだと思っていましたが、今だと音楽騎士の力も同じではないかと思います。あ、思い込みとかではないんですよ。教会の神父様にも、稀にそういう方はいらっしゃいますわ」
姉にフォローを入れてもらったので、マーニは自信たっぷりな表情になった。
「そうよ! だからあたしの言った通りなの。タメラの歌は、本当に美しくて素晴らしいけど、歌の力はないの! 光の巫女になってるのがおかしいのよ。絶対に何かあるんだから!」
「あ、そう……」
やれやれ、と肩を落とした唱だったが、ふと、マーニと初めて会った時のことを思い出した。
悪魔が迫りくる中、マーニは唱に歌えと言った。そして、まだ悪魔に何の反応も見られないうちから、「いける。お兄さん、続けて」と目を輝かせていた。
唱に歌わせたことは一か八かだったかもしれないが、あの時、きっと唱の歌を聴いたマーニは、歌の力があるとわかったのだろう。
マーニの言うことも、ただの言い訳で片付けられることではないのかもしれない。
仕方ない。とりあえず、これからクリワのところに連れてくか。何とかしてくれるだろ。
半信半疑ではあったが、唱はこれ以上マーニを説得する言葉も見つからず、ため息をついた。




