城園の中で
ランテとマーニが連れていかれたのは、国家警備隊のいる城門内側の建物だったそうだ。
通常、オルケスでは、町で捕まった犯罪者が城門の中に入ることはない。城下町内にある自警団の詰め所に連れていかれる。城門の中に入るということは、国家反逆罪や余程の大罪に相当する罪を犯した、と言われているようなものなのだ。
それを知っているランテは、さすがにぞっとして、どうにかしてマーニだけでも温情してもらおうと、必死に言うべきことを考えていた。
簡素な椅子に座らされたランテとマーニを、警備隊の男たちがじろじろと監視していた。三十分ほどが経った頃、部屋の扉が開いて、警備隊員たちが何事か会話を始めた。
何をされるのだろうと生きた心地がしない中、二人は突然かけられた声に縮み上がった。
「立て。来い」
このまま、処刑台に連れていかれてしまうのではないか。ランテは恐怖で震えながら、しがみつくマーニを抱くようにして警備隊員の後についていった。
しかし、予想に反して、着いたところは城の庭園だった。二人が驚いてきょろきょろしていると、草を踏む足音が聞こえた。
タメラだった。
マーニは、ぱぁっと笑顔になった。
「タメラ! やっぱりタメラなのね! 良かったぁ、どうしちゃったのかと思って!」
喜ぶマーニとは対照的に、タメラは無表情のままだった。そして、口に出された言葉は、マーニを打ちのめすのに十分だった。
「その名前を呼ばないで。私はもう、タメラじゃない。タメラであることを捨てたの。村には帰らない」
聞いたランテも驚いた。
ランテの知っているタメラは、優しく、少し大人しい良い子、だったからだ。
タメラは、マーニと幼馴染であり、同じ歌唱隊の仲間として歌に励んでいた少女だった。幼いころは家に遊びに来たこともあり、それ故、ランテもよく知っている子だ。
活発なマーニに対し、タメラはいつもどこか自信がなさそうな気弱な表情をしていたものだった。
それが、これほどまでに険しい表情で、こんな恐ろしいことを言うとは。
ランテには、とても想像できなかったのだ。
マーニは泣きそうになった。
「タメラ? どういうこと? 捨てたってなんのこと? 意味わかんないよ……」
タメラは表情を変えないまま続けた。
「聞いた通りよ。もう、タメラという子はこの世にいないの。お父さんとお母さんには、私は死んだって伝えればいいわ。今の私は光の巫女。だからもう、私に構わないで。あなたと私は赤の他人――ううん、住む世界が違うんだから」
そして、タメラはくるりと踵を返し、ランテとマーニに背を向け歩き出した。
「タメラ! どういうことよ。どうしちゃったの? それに光の巫女って――ちゃんと説明してよ!」
しかし、それきりタメラが振り返ることはなかった。
「おい、お前たち。いい加減にしろ。光の巫女はお疲れだ。会ってくださっただけでも有り難いと思え」
また、警備隊員がランテとマーニを捕まえる。
「離して! まだ、タメラにちゃんと聞いてないの! 絶対に、こんなの違うんだから。タメラは誰かに騙されてるのよ。離してぇ!」
暴れるマーニに、警備隊員が厳しい声で言った。
「貴様。これ以上言うようなら、今度こそ国家反逆罪として拘束するぞ」
ランテは慌ててマーニを抱きしめるようにして止めた。
「マーニ! いい加減にしなさい。タメラちゃんにも迷惑がかかるでしょ。聞き分けなさい!」
マーニは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でランテを見上げた。ランテは必死に、無言で「ここは退いて」と語り掛けた。
やっとマーニが大人しくなったのを見止めた警備隊員は、ランテとマーニを城門の外に出したのだった。
話を聞いた唱は、ほうっとため息をつきながら言った。
「危なかったですね……マーニ、度胸がいいと言うか、何と言うか……でも、警備隊員も案外話がわかって良かったですね」
すると、ランテは静かに首を振った。
「いえ、たぶん、タメラちゃんが私たちに危害を加えないようにと言ってくれてたんだと思います。あの子は、そういう優しい子ですから……」
「優しい……っていう感じ、話を聞く限り全然しないですけどね? ちやほやされてるうちに、人が変わってしまったとかじゃないんですか?」
すると、ランテは表情を曇らせた。
「そんな……! そんな感じではありませんでした。どちらかと言うと、私達を危険から遠ざけようと、わざと言っているような、そんな悲壮な感じで……」
そう言うランテは、どこか自分に言い聞かせているように、唱には見えた。
しばらく黙ってうつむいた後、ランテがぽつりと漏らした。
「それに、マーニが言ったことが引っかかっていて……」
城を出た直後、マーニはランテにこう言ったそうだ。
「タメラが光の巫女のはずない。だって、タメラに歌の力はないもの」




