帰還のとき
いつもより少し遅く宿に戻ると、ランテが笑顔で声をかけてきた。
「ショウ様、おかえりなさい。今日は遅かったですね。お食事はされましたか?」
「あ、すみません。遅かったので、町で四人と食べてきました」
「そうでしたか。なら良かったですわ。お疲れでしょう。今お茶を淹れますね」
ランテは、机の上に散らばっていた書類のようなものを片付けながら席を立った。
うわっ。なんか、新婚夫婦みたい……
ランテの笑顔で疲れが吹っ飛び、唱の脳内は一瞬でランテとの新婚生活妄想で埋め尽くされた。
「さぁ、コモードさんに分けていただいたお茶です。疲れが取れますわ」
ふわりと、あの苺のような香りが漂ってくる。甘い妄想に甘い香り、Wスイートだ。
おれの力、討伐隊の面々には勝てないって改めてわかったけど、なんかそんなのどうでも良いや。ランテさんを守れれば、それで……
止まらないニヤケ笑いをごまかしていたが、ふと、マーニが見当たらないことに気づいた。
「あ、マーニは?」
お茶を飲みながら聞くと、ランテがちらりと窓際の衝立を見やる。衝立の向こうには、ランテとマーニのベッドがある。
さすがに具合が悪かろうと、宿の主人に頼んで目隠しのための衝立を借り、ランテとマーニのパーソナルスペースを確保したのだった。
「もう、寝ました。色々疲れてしまったようで」
はぁあ! なんか、子供のいる夫婦の会話みたいじゃね? これって、ねぇ?
唱は荒くなる鼻息を必死にごまかしつつ、何とか平静を保つために会話を続けた。
「マーニにしては、早いですね。今日は、どこかに行ったんですか?」
「ええ。パンや果物を買おうと思いまして、今日も町に」
「ああ、ここにあるのがそうなんですね。わぁ、おいしそうだなぁ!」
「どうぞ、明日の朝に食べてくださいね。宿のご主人に、人気のパン屋さんを教えていただいたんです。とてもおいしいですよ」
「それじゃ、マーニも喜んだでしょう。あ、はしゃいで疲れちゃったんですかね?」
唱がおどけた口調で言うと、ランテは少し、困った顔をした。
「それが……実はちょっと、大変なことがありまして……」
そして、ランテはぽつりぽつりと話し出した。
買い物を終えたランテとマーニが宿に戻ろうとしていた時、また、町が騒がしくなった。ラッパが吹き鳴らされ、沿道から歓声が上がったため、ランテは光の巫女が帰還したのだろうと思ったそうだ。
同じことをマーニも気づいたようで、マーニはすぐさま沿道に向かって駆け出した。
「今回はハルプ村だったらしいな。結構近くだ」
「うわぁ、行けばよかった。光の巫女の奇跡が見れたのに!」
「もう、だいぶ長いこと青い空眺めてないからなぁ。ちょっとでも、拝みたかったよなぁ」
「歌も素晴らしいらしいぜ。一度聴いてみたいもんだよな」
沿道は、光の巫女の功績を噂する声で大騒ぎだった。この前のように、馬に乗った騎士たちの隊列に守られるように、神輿がゆっくりと運ばれていく。
マーニは、神輿が近くに来た途端、ためらわずに叫んだ。
「タメラ! リヴ村のタメラでしょ! あたしよ、マーニよ!」
すると、光の巫女、いや、タメラはぎょっとした顔でマーニの方を見た。確信したマーニは、なおも叫び続けた。
「タメラ! 村のみんな探してる! お父さんとお母さんも心配してるって! 早く戻ってあげて!」
その途端、タメラは鬼のような形相になり、ぷいと横を向くと、神輿から身を乗り出して下に向かって声をかけた。
ほどなくして、槍を持った兵隊が二人のところにやってきた。
「こら、何をしている。神聖なご帰還を汚す気か。子供だからって容赦せんぞ」
兵隊は、強引にマーニを捕まえた。
「な、何をなさるのですか! 妹は、お友達を見つけて声をかけただけです。何も悪いことは……」
「そうよ! 光の巫女はタメラなの! 行方不明になってみんな心配してるのよ! 教えてあげて何が悪いのよ!」
「黙れ。反抗すると国家反逆罪として処罰するぞ。よし、二人とも捕まえろ」
「そ、そんな……」
ランテにはもちろん抵抗する力はあったが、国家反逆罪という言葉を出されては従うしかなく、二人は連行されたのだそうだ。
「なっ……そんな危険なことに……大丈夫でしたか? まさか暴力とか……ケガとかしてませんか?」
慌てふためいた唱に、ランテは大きく首を振った。
「はい、このように、私もマーニも、傷一つ追っていません。それに、何のお咎めもなく釈放されましたのでご安心ください。ごめんなさい。ショウ様のご迷惑にならないか、それが心配で……」
「いえ、おれのことはいいんです。すみません。ご飯なんて食べてる場合じゃなかったですね。本当に無事で良かった……ということは、すぐに疑いが晴れたってことですね」
ランテは微笑みを絶やさなかったが、沈んだ様子で続けた。
「ええ、それなんですが……マーニにとっては、むしろこっちの方がこたえてしまったようで……」
話をしていた二人が気づくことはなかったが、この時、寝ていたマーニの目には、うっすら涙が浮かんでいた。




