光の巫女の歌
先ほどまで、喧騒に満ち満ちていた戦場には、打って変わって静寂が訪れていた。
風の音と、木々がざわめく音だけが聞こえている。
兵隊も、音楽騎士も、静かに地面にひざまずいている。
ハルプ村の村人たちは、皆、地にひれ伏していた。
そこへ、白い布をかけられた神輿が運ばれてくる。
神輿はゆっくりと地面に降ろされ、随伴していた女たちが、静かに布を開ける。
中から、白い布をドレスのようにまとった少女が降りてきた。
まだあどけない表情である。しかし、その表情からは感情を読み取れない。
彼女は、一歩一歩、確かめるように足を進めると、先ほどまで戦場となっていた森の前に、静かに立った。
そして、ひざまずくと、祈りの言葉を口にする。
「神よ。この世を創りし音の力を持つ神よ。罪を犯す命に寛大なる赦しと、失われた全ての命に救いの音を与えたまえよ」
その場にいた全ての者は、みな、その声に合わせて手を組み、目を閉じ、祈りを捧げた。
少しの沈黙の後、それは始まった。
光の巫女の歌である。
彼女の歌を聴いた瞬間、唱は、まるであたたかな光に包まれたような感覚を味わった。
声は、その空間の中に当たり前のように存在し、空気のように、体に染み入ってくる。しかし、体の中に入ると、まるで小さな火が中からぽっと灯されたように、内からたとえようもない幸福感が沸き上がってくるのだった。
なんて心地いいんだろう――
唱は恍惚とした気持ちになって、その歌声に身をゆだねた。
ずっとこの歌を聴いていたい。そう思った。
歌は、おそらく鎮魂歌と思われた。
たとえ戦って無残に命失ったのだとしても、この歌を聴けるのであれば、きっと天国に行けるだろう。素直にそう思えるような、そんな優しさと慈愛に満ちた歌声だった。
高音が、まるで虹のように弧を描いて宙に伸びていったところで、歌は終わった。
ああ、終わってしまった――
心地の良い陶酔感からゆっくりと目を開け、唱は静かに深く息をした。
ふと、周囲を見ると、村人や、音楽騎士の何人かは涙を流していた。
「ありがたや、ありがたや」
年寄りは頭を垂れて拝んでいる。
フオゴ組の方からも声が聞こえる。
「なんだよ。お前、また泣いてんのかよ」
「うるせーな。ほっとけよ!」
そういえば、歌を聴きたがってたけど、タイヨウさんはどうだったんだろう。
思い出してTaiyoの方を振り返ると、彼は目を見開き、だいぶ興奮気味だった。
「うわぁ、めちゃめちゃすごいね! わぁ、曲作ってみたいなぁ。歌ってくれないかなぁ」
「いやさすがに無理だろ。宗教音楽作るんならともかく――ってか、本番はこれからじゃないのか?」
YAMAが呆れたように、空を指さした。
見上げると、空を覆う黒雲が動き出し、じわじわと光を帯び始めていた。RYU-Jinも興奮したように叫ぶ。
「そうだった! 歌うますぎて忘れてたけど、空晴れるんだったよな」
唱たちは、ドキドキしながら空を見つめた。
頭上の空が、どんどん白っぽくなっていく。そしてやがて、その切れ目から光が降りた。
歓声が上がった。
「光だ!」「なんてありがたい」「光の巫女様!」
空の光は、その場にいる者達を優しく照らした。そして、その範囲を段々と大きくしていく。
「ああ――」
その場にいる者みな、空を見上げて大きな嘆息を漏らした。
青空だ。
唱はこの世界に来て、初めて青い空を見た。
「本当に、歌で空が晴れちゃうんだね……」
「ああ、どういう原理かはわからんが、実際に見てしまうと何とも言えないな」
「この世界の空も、やっぱり青いんですね」
「光の巫女、ハンパねーな」
クリワが口々に言うのを聞きながら、唱は、改めて不思議に思っていた。
光の巫女、タメラという少女には、マーニと違って歌呼の力はなかったという話だったが、こうやって空を晴らす力はあったわけだ。これは、家族どころか、村にとってもこの上ない名誉だろう。
だとしたら、なぜ、家出同然でこんなところにいるのだろうか。
ふと見ると、光の巫女が神輿に戻っていくところだった。侍従の女たちが神輿にかかる白い布を開けると、その中に、一人の老婆が座っているのが見えた。光の巫女がその隣に座ると、再び白い布がかけられた。
「本当に、何とお礼を申し上げて良いやら……ありがとうございます。ありがとうございます」
帰途に就こうとする討伐隊に、村長はひれ伏さんばかりに礼を言った。
「うむ。国王様の御意志である。今後とも、国のために尽くすが良い」
アイザッツがまた勿体ぶる。
その横で、村人たちは大きな袋をせっせと兵隊たちの馬の上に運んでいた。




