討伐隊
「皆様、お待ち申し上げておりました。この通り小さな村ですが、精一杯のことはさせていただきます。どうか、村をお救いください」
ハルプ村に着くと、村長らしき老人が、何十人もの村人と共に、深々と頭を下げていた。騎士団長アイザッツは、勿体ぶった様子で馬上から答える。
「うむ。我々悪魔討伐隊の活動は国王の御意思である。心して拝受するがよい。――では、早速悪魔討伐を始める。案内せよ」
村長の後ろから、三人の男が出てきた。服装からすると、猟師のようだった。
「音楽騎士団様、こちらでごぜぇます」
討伐隊も唱達も馬から降り、猟師たちに着いていった。
案内されたのは、村はずれの深い森だった。そのまま、なだらかに山へと繋がっている。
「この森でやす。先月、この村一番の猟師のオヤっさんが森に入ったまま帰ってこなくなっちまいまして」
「若ぇので方々探したんですが、そいつらも何人かいなくなっちまいまして、死体もあがらねぇし、こりゃ悪魔が出たぞってなりやして」
「このまンまだと、獲物も取れなくって飢え死にする者も出ちまう。何とか退治してもらえませんかね」
アイザッツはアゴヒゲを撫でながらうなずいた。
「話を聞く限り、悪魔の仕業で間違いなかろう。よし、皆の者。すぐに始めるぞ」
唱達が様子を見ていると、まず兵隊が村人を森から遠ざけ始めた。
「これから悪魔を森からおびき寄せる。命が惜しくば、できるだけ森から離れよ」
それを聞いた村人達は、血相を変えて走り去っていった。
「第一隊から第五隊まで、陣形、組め!」
アイザッツが号令をかけると、兵隊達が、森の前に大きな広場を作るように、ぐるりと並んで壁を作った。
よく見ると、兵隊は皆、長槍を持っており、その槍の先端には大きな鈴がついている。
「あの槍、あんな鈴がついてたら、武器にならないんじゃないですか?」
唱が疑問を口にすると、YAMAが言った。
「あれは、悪魔が嫌う音を出す防魔鈴だ。おそらく、あの鈴を鳴らして、悪魔を兵隊の壁に近づけさせないようにするんだろう。要は、兵隊が囲っているあの広場から悪魔を外に出さないための防御壁だな。この広場がリングってことだ」
「あ……おれ達もリングの中に入っちゃってますね」
「つまり戦闘必至、ということだ」
「ショウ、また実戦だね。特訓の成果、見せてやろうね!」
相変わらず、Taiyoの物言いは軽い。
再び、アイザッツの声が響いた。
「さあ、花姫よ、やるがよい」
えっ、花姫? 女性の音楽騎士か。素敵な呼び名だな……きれいな人なのかなぁ……?
唐突に発せられた“花姫”という言葉に、唱の胸は高鳴った。
わくわくしながら花姫の登場を待っていると、兵隊たちの間をぬって、一人の小柄な男が前に出てきた。見た目から四十歳頃だろうか、頭は薄く、目つきもどんよりとしていて覇気がない。
ん? 花姫は?
唱の頭に「?」がたくさん浮かんだところで、男は大きく息を吸い込むと、声高く歌い始めた。歌詞はなく、彼は「アーアアアーアー」と主旋律を大声で歌うだけだ。決してうまくもない。
「へえ! あれが噂の花姫か。初めて見たぜ」
RYU-Jinが感心したように言った。唱はびっくりして歌っている男を三度見する。
「え? えぇえ? あの人が? うそでしょ、呼ばれ方おかしくない?」
あからさまにショックを受けている唱を見て、YAMAが気の毒そうな顔をして言う。
「花姫っていうのは、この国に伝わる伝統歌劇の演目の一つなんだ。歌のうまいお姫様が、その歌声に魅せられて集まってきたたくさんの男たちを破滅に追いやるという悲劇だそうなんだが、その姫の名前が花姫というんだ」
「は、はぁ……いや、だからってあんなオジサンになんでそんな名前が……」
唱がそう言いかけた時、目の前に広がる森が黒くけぶった。
「う、うわっ。あれ……」
悪魔だった。
それも何十匹、いや、百匹はいるだろう。森の前に大量の悪魔が現れたのだ。よく見ると、森の中から次から次へと湧き出るようにやってくる。
「なるほど、そういうことなんですね」
唱が呟くと、YAMAがうなずいた。
「あの男の力は、悪魔を呼びよせる力だろう。まるで、悪魔が歌に誘われてやってくるように見えることから、花姫というあだ名がついたんだろうな」
アイザッツは馬上で右手を上げると、声高らかに叫んだ。
「さぁ諸君。憎き悪魔を殲滅するぞ。皆の者、かかれ!」
辺りは騒然となった。




