プレスティッシモなボーカル
「はぁ……」
唱は草むらの上に座り込んでため息をついた。
ティーパ村での騒動から三日が経っていた。唱は、その後もクリワと共に地道に特訓を続けている。今も特訓の休憩中だ。
少しでも悪魔を倒すまでの時間を縮めようと、半ば躍起になって悪魔を倒し続けたが、どう頑張っても悪魔が消え去るまでの時間を大幅に短縮することはできなかった。
結局、おれの力なんて大したことないってことなのかな。せっかく、こんなおれにも、人から褒められるような力があるって思えたのに……
落ち込むとき、唱が思い出すのはいつも組決め試験の時のフオゴの姿だった。
彼はたったワンフレーズ。時間にしてわずか四秒。口ずさむだけで、悪魔は燃えたのだ。対して唱は、悪魔が悲鳴を上げ始めるまででさえ十五秒近くかかる。
時間かかり過ぎ! こんなの、普通のバトルアニメだったら敵に殺されてるよ。タイヨウさんとカッシーさんがいればいいけど、もし何かあったら――おれだけじゃ、悪魔なんて倒せない。
頭を抱えていると、唱の隣に誰かが座った。
「ショウ君。お茶でもどうですか?」
Kassyが、木のカップを持って笑いかけてきた。
「え? あ、す、すいません。いただきます……」
唱がカップを受け取ると、彼はにっこり笑った。
「本当によく頑張ってますよね。すごいなって思います」
心の傷をそっと撫でられたような気がして、唱は「ありがとうございます」とぽつりと呟くように言った。
Kassyがにこにこしながらうなずく。
「ショウ君の気持ち、わかる気がしますよ。イメージはできてるのに、どうしてもそれを形にできないんですよね。僕がラップを始めた頃もそうだったなぁ」
唱は改めて、Kassyをよく見た。
マッシュルームのような形の重めの黒髪に黒ぶち眼鏡。小柄で華奢な体形。どちらかと言うと目立たなそうで陰キャのイメージがあるKassyだ。実際、公式の告知動画などでは、あまり前に出てしゃべったりしていない。
しかし、曲が始まるとまるで別人のようになる。怒涛のような高速ラップを繰り出し、息もつかせぬそのフレーズは聴く者を魅了する。
彼のラップは新曲が出るたび話題となり、SNSには「#Kassyチャレンジ」という【歌ってみた】動画が
大量にアップされるほどだ。
見た目のイメージとはあまりにもかけ離れたパフォーマンスを思い浮かべて、唱はふと口にしていた。
「……カッシーさんがラップって、けっこう意外ですよね」
Kassyがぱっと唱を見、そして笑う。
「あはは……不思議ですよね。僕みたいなのがラップ担当なんてね。雑誌のインタビューとかでもよく聞かれます」
「あっ、いや、そういうことじゃなくて! すみません! いやでも、なんていうか雰囲気と結びつかないなって……」
「いいんですよ。僕がたぶん一番驚いてるんです。いまだにMVとか見ても、なんか自分じゃない感じで。それに、毎回うまくできてる気がしないですしね」
唱は、Kassyの言葉に耳を疑った。
「えっ? そんなまさか。だってめちゃめちゃプロじゃないですか。それに、この前ネットで見た“技術がやばい日本のラップボーカル5選”って記事でも、カッシーさん入ってましたよ」
「えっ、本当に? それは嬉しいな。でも本当です。毎回、リリースのたびに生きた心地がしないんですよ。トラウマなのかも」
「トラウマ?」
Kassyは苦笑いを浮かべた。
「知ってるかもしれないけど、デビュー直後はネットでもけっこう酷い言われようで、『リズム感ゼロ』『ただ早口でごまかしてるだけ』『あんなのラップじゃない』『曲はいいのにラップで台無し』とか、心折れそうでしたから」
「あ……言われてみれば、そんなことがあったような気も……」
「今も検索してると昔の記事とか引っかかって、心臓止まりそうになりますからね。ま、エゴサーチするなって話なんですが」
「えっ、カッシーさん、エゴサとかするんですか?」
「めちゃめちゃしますね。とにかく評判が気になって。僕、元々、ラップが得意でバンドに参加したわけじゃないので、ちゃんとできてるかどうか、とにかく不安なんです」
そう言って笑うKassyはどこか心細そうに見えて、どこにでもいる普通の青年のようだった。
プロとして成功して、自分のような凡人とはかけ離れた人生を送っているだろう芸能人のKassyに対し、唱は初めて親近感を持った。
無意識に質問していた。
「ラップが得意じゃなかったのに、どうしてクリワに入ったんですか?」
Kassyがにやりと笑った。
「聞いちゃいます? これはクリワの創設に関わる重大な話なんですよ」
おどけたように言った後、Kassyは懐かしそうに遠くを見つめた。
「僕はね、リュウさんに無理やり入れられたんです。人数合わせみたいなものでね」




