悪魔来たる時
焼け焦げた匂いでむせかえるような空気の中、無数の煙の柱が空に向かって立ち上がっていた。
ペザンの仲間たちが、燃えている小屋に木桶リレーで水をかけている。
その横で、役場を守っていた全員が、憔悴しきった顔で座り込んでいる。
「村中を見回りましたが、もう、悪魔は一匹もいないようです。住民の六割は隣の村に避難しました。役場に残っていた住民は、そのままそこで待機させることにします」
ペザンの仲間の報告を、唱は何も働かなくなった頭で聞いていた。
「被害状況はどうなんだ?」
YAMAの顔にも悲壮感が漂っている。
「住民の約二割が行方不明です。おそらく、おれ達が来るまでに一割、もう一割は……」
「くそう。おれ達が守れなかったってことか! そうなんだな!」
ペザンがしゃがれ声でうめいた。
「そういう言い方、やめろよ。お前だって、悪魔倒す力ないのに、精一杯やったじゃねーか」
慰めるように声をかけたRYU-Jinに、ペザンが食って掛かるように言った。
「精一杯など関係ない! 恐ろしい悪魔を退け、無力な人々を守り切る勇者こそが音楽騎士だ。おれ達は音楽騎士としての責務を果たせなかった。こんな悔しいことがあるかぁ!」
ペザンの嗚咽が響く。その激しい様子に、RYU-Jinはぽかんとしていた。
「はぁ……すんません……」
しかし、その言葉が一番堪えたのは唱だった。ペザンの言葉に殴られたような気分になり、目の前が真っ暗になった。
そうだ、おれのせいだ。おれがあの時、声が枯れたりしなければ……いや、そもそも、おれがフオゴみたいに、一瞬で悪魔を倒せる力があれば、あの人たちが食われることはなかった……
唱の考えを見透かしたように、TaiyoとKassyが声をかけてきた。
「ショウ、違うからね。おれ達だって、あの時反応できなかった」
「自分を責めたりしないでください。僕たちも、同じなんですから」
自分を慰めてくれていることはわかっている。しかし、唱はどうしても自分を許すことができず、二人を見て、引きつった愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
そこへ、ちらちらと上を振り返りながら、ペザン組の音楽騎士がやってきた。
「ん? どうした? 空に何かあるのか?」
YAMAが声をかけると、彼は首をかしげ気味に言った。
「え? あ、いや、すみません。たぶん見間違いです。大丈夫です。で、ペザンさん、そこにいます?」
「ああ、ペザンならそこで泣いてるよ」
「あ、いたいたペザンさん。そろそろ戻りません? 悪魔ももういないみたいですし」
ペザンはばっと顔を上げた。
「戻るだと? こんな緊急事態に陥っている村人を見捨てて、おれ達は帰ってのうのうとベッドで眠るって言うのか?」
「じゃあ、この焼け跡で一晩野宿でもします?」
ペザンはきょろきょろと辺りを見回した。
「う……うん、村の皆さんが望むというなら、も、もちろんそうする準備はできてるぞ!」
ペザン組の音楽騎士は、やれやれと言った顔つきになった。
「残念ながら、村長さんは、あとは自分たちでやるから帰っていいって言ってますけどね」
ペザンはうんうんとうなずいた。
「そ、そうか。それならば仕方ないな。おれ達は戻ろう。おい、ショウ。というわけで、おれ達はオルケスに戻る。次に会う時は、また戦場かもしれないな。その時は、おれに勝てるなんて思うなよ」
そう言ってマントを翻して去っていくペザンを、唱たちが呆気に取られて見ていると、ニシモが無表情に言った。
「あ、深く考えないで大丈夫っすよ。ペザンさん、ああいう決め台詞、言いたいだけなんで」
YAMAが振り返ってニシモに手を差し出した。
「お疲れ、ニシモ。お前がいてくれて助かったよ。すごく便利な力だな」
ニシモはYAMAと握手をすると、無言でぺこっと頭を下げる。目元が髪の毛で覆われているため、喜んでいるのかどうかわからない。YAMAは続けて質問した。
「本当はペザンに聞くべきなんだろうが、話がかみ合わなそうなんでな。で、ペザン組の方は、活動は順調に行ってるのか?」
「そうすね。ぼちぼち、ですかね。てか、何をもって順調なのかもよくわかってませんが」
YAMAが苦笑した。
「まぁ、カシラがあんな調子だもんな。でも、村の見回りとかしてくれてるんだろ? 今回だって、見回り中に発見した功績だ。他に変わったことは無かったか?」
すると、ニシモがぽんと手を叩いた。
「あ、変わったことと言えば、そうすね。あの悪魔達、変でしたね」
「変? と言うと?」
「悪魔って、普通、森とか暗いとことかから出てくるじゃないすか。でもこの村、周り、深い森とか全然ないんすよ。なのに、あれだけ大量の悪魔が、イキナリどばっと出てきたんです」
「なに? あれだけの悪魔が、突然現れたってことか?」
「はい。何もなかったその草原に、唐突に降って湧いたような感じで」
そう言うと、ニシモは唱たちの背後を指さした。
そこには、だだっ広い草原がずっと続いていた。




