黄金色の瞳の少女
腹減った……のど渇いた……
疲れ切った唱は、ふらふらと草むらに座り込んで、はあはあと荒い息をついた。
森を出てから、もう何時間くらい歩いただろうか。手元にスマホがないため、時間が全くわからない。
そもそも不思議なのは、空がずっと暗いままであることだ。
唱が森を出た時は薄暗く、そのため、夕方、もしくは明け方なのだろうと思った。しかし、一時間以上経っても、空の暗さがほとんど変わらない。一体どういうことなのだろう。
空を見上げると、日が落ちているから暗いというより、今に大嵐でもきそうなほど分厚い雨雲に空が覆われているといった感じだった。
そうか。単にすごい天気悪くて暗いだけなんだ……げっ……大雨なんか降ったりしないだろうな。
不安になった唱は辺りを見回し、雨宿りができそうな木陰を見つけると、重い体を引きずるようにしながら移動し、木にもたれかかる。その途端、急速に眠気が襲って眠りに落ちた。
……ん、誰だ? 誰かの声が聞こえる?
遠くから呼ばれたような気がして、重い瞼を開ける。
「お兄さん、お兄さん。大丈夫?」
可愛らしい声が聞こえてきて、唱は目を見開いた。
目の前に、黄金色に光る瞳をした少女の顔があった。
「う、わっ! だ、誰っ!」
驚きのけぞった拍子に、後頭部をゴンと木にぶつけた。
「いでっ!」
「きゃっ、だ、大丈夫?」
痛がる唱を、少女が心配そうに見つめる。唱は、頭をさすりながら落ち着こうとした。
ああ、びっくりした……と言っても、こんな女の子相手に驚きすぎだよな……はは、だいぶ精神的にまいってるな、おれ。
唱は自分が情けなくなったが、何とか冷静に振る舞おうと、少女にへらへらと愛想笑いを向けた。
「あはは……驚かせてごめんね。お兄さんは大丈夫だよ。ってか、君はどうしてこんなところに?」
少女は、ほっとしたような微笑みを浮かべた。
「良かった。最初、死んじゃってるのかと思ったから……あたしは木の実を拾いに来たところ。それで、お兄さんが倒れてるの見つけてびっくりして」
「あ、そうなんだ。いやいや、お兄さんは昼寝してただけだよ。うん、大丈夫、大丈夫」
「昼寝? こんなところで? 危ないよ」
少女が目を丸くする。改めて唱はまじまじと目の前の少女を見た。
年は十二、三歳といったところだろうか。くせ毛交じりの短いふわふわとした金髪が、彼女が手に持つランタンの光に照らされてきらきらと光る。美しい黄金色の瞳はぱっちりと大きく、なかなかの美少女だった。
しかし、その服装は奇妙なものだった。いや、特別に奇抜というわけではない。彼女の服装は、まるで現代のデザインではなかったのだ。例えていうなら、中世ヨーロッパを舞台にした洋画にでも出てきそうな、古びた印象の服装だ。
ややくすんだオレンジ色の長めのジャンパースカートを白っぽい長袖のブラウスの上に着ており、同じく白っぽいエプロンを腰に巻いている。足元には履きつぶしたような革靴が覗いていた。
うわぁ。これ、やっぱガチの異世界転生なんじゃないの。こういう人、おれ見たことあるよアニメで。
自分が置かれているシチュエーションが、見たことのある異世界転生アニメによく似ていることに気づいて、改めて唱はぞっとした。
そして、はたと気づく。
少女と会話ができている。つまり、この世界の人間と言葉が通じているのだ。どういう仕組みかはわからないが、これは有り難いことだった。
この子、悪い人間じゃなさそうだし、ひとまず怪しまれないようにして、とにかくこの世界の情報を聞き出そう。いや、その前に……
「ねぇ、君。鏡持ってない?」
唱の唐突な言葉に、少女は驚きの表情を浮かべた。
あっ、やべ。この世界に鏡ってあるのかな。もしなかったら、どうやって誤魔化そう……
しかし幸いなことに話は通じたようで、少女は自分のポケットをあれこれまさぐり出した。
「鏡? うーんと、今日持ってきたかなぁ……あっ、あった!」
手のひらに収まるような小さな手鏡をポケットから引っ張り出すと、少女は唱に手渡した。
受け取った唱は、祈るような気持ちで、恐る恐る自分を鏡に映す。
そこには、髪は乱れ、顔のあちこちに泥がついた、まごうかた無き唱の姿が映っていた。
「は、おれだ……おれだ……」
ホッとした途端、全身の力が抜け、唱は背中の木にもたれかかった。
まさか、常日頃冴えないと思っていた自分の姿を見て、こんなにも嬉しい気持ちになるとは。
しかし、せっかくだったらイケメン勇者になりたかった、とも思った。
鏡に映った自分を見て嬉しそうにしている唱が不思議だったのだろう。少女はくすくすと笑った。
「なぁに。お兄さんたら。へーんなの」
つられて唱も笑う。
すると、唱の腹がぐうっと大きな音を立てた。
げっ、と思わず赤面すると、少女がぷっと吹き出した。
「あはははは……お兄さん、お腹すいてるんだ。はい、これ。お弁当のパン、半分あげるね」
少女は楽しそうな笑い声をあげ、小脇に抱えたバスケットから布に包まれたパンを取り出すと、それを半分に割って唱に手渡した。
「あ、ありがとう……」
パンを受け取った唱は、まずくんくんと匂いを嗅いだ。
何しろここは異世界だ。自分の体に合わないとも限らない。空腹にまかせてかじりついてお腹でも壊したら大変だ。ここはひとまず慎重に……と思ったが、パンの匂いは、天然酵母系のパン屋に置いてある固めのパンのような素朴な香りで、違和感はなかった。
思い切って小さく一口かじる。そして、すぐさま大きく二口目をかじった。
少女は、そんな唱の様子をにこにこしながら眺めている。
「うふふ。お兄さん、よっぽどお腹すいてたんだね。かわいそう。落ち着いてゆっくり食べてね。お水も飲む?」
唱は、むせそうになりながらパンをむさぼり食べ、少女に手渡されるまま小瓶に入った水をごくごくと飲んだ。
ああ、パンうめー。甘さと優しさが身に染みる……
なんだか泣きそうだった。