嘆きの歌
遠くの空が赤い。家々が燃えているのだ。
幸い、唱たちのいる役場の方はそこまで火の手が上がっているわけではなかったが、代わりに悪魔に包囲されていた。ペザンが抑えていた悪魔達、そして、唱とクリワが連れてきた悪魔達。両方を合わせると何十匹にもなっていた。
これを全部、おれがやっつけなきゃならないのか……
後ろの役場には、子供や老人など、何かあってもすぐには動けない人達が大勢避難している。彼らに被害を出させるわけにいかなかった。
「大丈夫だ、ショウ。お前ならできるぜ。タイヨウがお前のために作った曲もある。自信持て」
緊張しているのがわかったのだろう、RYU-Jinが励ますように唱の肩をぽんぽんと叩いた。YAMAも楽器を構えながら言う。
「いいか、ショウ。お前一人でなんとかしようと気負いすぎるな。おれ達はチームなんだからな」
二人と顔を見合わせると、唱は大きく息を吸う。RYU-Jinの太鼓が鳴り、YAMAの奏でるアルパルの音がジャーンと響いた。
「行けショウ! お前の力を見せてやれ!」
唱は初めて、クリワの演奏をバックに歌での戦いを開始した。
壁のように並んでいる悪魔が、唱の歌で一匹、また一匹と消えていく。悪魔の数が減ると、TaiyoとKassyが後方から悪魔を追加する。それをまた唱が消していく。良い連携が取れていた。
うん。けっこうやれてるぞ、おれ。それにやっぱり、アカペラで歌うより演奏ついてる方が圧倒的に歌いやすいな。
調子が良いせいか、心なしか、歌の効果がいつもよりあるような気もする。こんな状況にも関わらず、唱は今までで一番楽しく歌うことができた。
「くっ……相変わらずひでえ歌だぜ。くそ、こんな歌の方がおれの歌より力があるなんて……」
ペザンのこんな悪態も全く気にならない。これは、彼のひどいしゃがれ声のせいもあるだろうが。
「ショウ! いい感じじゃねーか。テンションぶち上げていこーぜ!」
RYU-Jinが楽しそうに言い、唱はますます張り切った。
いける! これなら、おれ、いけるぞ!
生き生きと歌う唱を見て感化されたのか、疲れ果て座り込んでいたペザンが勢いよく立ち上がった。
「ショウにばかり手柄を立てさせてたまるか! おれも再開するぞ」
「おいおい、やめとけよ。そんな声で、まともに攻撃食らわせられるわけねーだろ」
「うるさい。おれだってやれるところを見せてやる。くらえ、“重力の歌”!」
RYU-Jinが止めるのも聞かず、気合いだけは十分にペザンは歌い始めたが、声がろくに出ていない。
「うっ、げほっがほっげっほげほげほ」
「ほれ言わんこっちゃない。後ろで大人しく休んどけよ」
「今無理すると後々に響くぞ。もう、お前は十分にやったよ。一生歌えなくなりたくなかったら、今は休め」
激しく咳き込むペザンに、RYU-JinとYAMAが声をかける。ペザンはまた悔しそうに地面を叩いた。
「こんなことじゃ、おれの英雄計画が……」
状況に陰りが見え始めたのは、三十分ほどが経過したころだった。
くそっ……まだ、悪魔が尽きない……いつまで歌い続ければ全部倒せるんだ……
次第に、唱の声にも限界が近づいていた。
延々と歌い続けているというニシモをちらりと見る。彼は、チリチリした前髪が目元を覆っているので表情はわからないが、さっきよりも少し、口元が苦し気に歪んでいるように見える。彼だって、いつ限界がくるかわからない。しかし――
一番の問題は、唱が、悪魔を一対一でしか倒すことができないということだった。
あまりにも、遅かった。
そして、恐れていたことが起きた。
悪魔があと数匹となった時に、ついに唱の喉が枯れた。
その時だった。唱の目の前にいた大きな悪魔、恐竜のような形のその首が、突然すごい勢いで伸びて、背後の建物に突っ込んだのだ。
「しまった!」
誰かの声が飛び、建物から悲鳴が上がった。
唱の全身は総毛だった。体が冷たくなったと思ったら燃え上がるように熱くなり、嫌な汗がどっと流れた。
慌てて重い体でもがくように建物の方に移動しながら、声を張り上げた。
悪魔の長い首は、天からつまみ上げられたかのような形になると、悲鳴をあげながら透明になり、やがて光の粒となっていった。
「おい、中の様子は! 誰か確かめてくれ!」
YAMAが叫び、ペザンの仲間が建物の扉に張り付いて声をかける。
「みんな! 大丈夫か! 無事か?」
彼はしばらく扉に耳を押し当てていたが、やがて凍り付いたような顔をこちらに向けた。
「何人か、食われたらしい。子供も……」
「くそぉっ!」
ペザンがしゃがれ声で叫び、ひざまずいて地面に突っ伏した。
唱は、足元から穴に落ちていくような感覚に襲われた。
おれのせいで……やってしまった……おれのせいで……
うつろになった頭で、しかし唱は歌い続ける。
すでに、歌うのに意思は必要なかった。唱は、まるで機械のように、決まったフレーズを繰り返し歌い続けていた。
「ショウ、もういい。もう歌わなくていいんだ。悪魔は全部、いなくなったよ」
YAMAに肩を叩かれるまで、唱は涙を流し、鼻水をたらしながら、ただただ歌っていた。




