襲われた村
駆けつけた時、ティーパ村はすでに大騒ぎだった。
いたるところで悲鳴が聞こえ、親とはぐれたらしい子供が泣き叫んでいる。
逃げる時に持った松明やランタンから引火したのだろうか、あちこちで家が燃えており、立ち込めた黒煙は、ただでさえ暗い空を、更に黒く染め上げていた。
「くそっ。遅かったか」
RYU-Jinが悔し気につぶやいた。
「とにかく、住民を避難させるぞ。おい、ペザンはどこにいるんだ」
「たぶん、役場の方にいると思います。村の真ん中あたりです」
「わかった。おれ達はペザンと合流する。悪魔を倒せるのは、ここにいるショウだけだ。おれ達が悪魔を誘導して一か所に集めるから、その間に悪魔を避けて住民を村の外に避難させてくれ」
テキパキとペザン組の男に指示を与えると、YAMAは唱たちを振り返った。
「聞いての通りだ。ペザンのいるところに悪魔を集める」
YAMAの言葉で、クリワの他三人も次々にうなずき合う。
「なるほど。それで、ショウの力で一網打尽ってわけだな」
「その都度倒していってはダメなんですか?」
「おそらくペザンは悪魔を捕まえて動けなくなってるはずだ。早く行ってやらないともたないだろう。ショウが悪魔を倒すのに二十秒はかかるからな。一匹ずつゆっくり倒してる時間はない。ペザンが捕まえた悪魔とまとめて葬った方が合理的だ」
「オッケー! そしたら、移動しつつ、悪魔を誘導しつつ、倒しつつ、ってことだね。よし行こう!」
連携が取れた彼らの会話を聞きながら、唱はごくりと唾を飲み込んだ。
どうしよう。責任重大だぞ。たぶん、悪魔は何匹もいる。下手したら、何十匹かもしれない。今まで、そんな数、一度に相手したことないぞ。おれにできるだろうか。
しかし、この場に悪魔を“倒す”ことができる音楽騎士は、YAMAの言う通り、唱一人しかいないのだ。とにかく、やるしかなかった。
突然、Taiyoの歌が響いた。歌いながら、彼は唱の背後を指さす。
振り返ると、大人の背丈ほどある巨大な猪のような悪魔が、まさに飛びかからんとする姿で硬直していた。
「げっ。結構でけーな。こんなのばっかいると、やべぇな」
「よし、カッシー、ショウ。始めてくれ」
YAMAの合図でTaiyoが歌を止め、Kassyがラップを始める。悪魔を動かすフレーズだ。猪の悪魔は足を地に着けると、ゆっくりとKassyと共に移動を始めた。Taiyoが笑いかけてくる。
「ショウ、周りの悪魔はおれが止めるからね。さっきの『アクマタイジノウタ』と『遠くへ』を交互に歌ってみて」
げっ。この状況でイキナリ……?
Taiyoの肝の据わり方にぎょっとした唱だったが、やるしかなかった。覚悟を決めると、声を張り上げた。
唱達は、移動しながら悪魔を引き連れて歌い続けた。その姿は、さながらハーメルンの笛吹き男のようだった。村人とすれ違う度にYAMAとRYU-Jinは避難するよう呼びかけ、唱も必死に歌う。列の悪魔は増えたり減ったりを繰り返していたが、確実に少しずつその数は増えていた。
「おい、あそこ! ペザンじゃねーか!」
RYU-Jinの指さした方向に、二階建ての大きな建物があった。その入り口の前に、三人の男たちがいる。そして、彼らの面前には、ペザンがつぶして動けなくした悪魔達の固まりだろう、闇でできた壁が広がっていた。
「だいぶ頑張ってんじゃないの。間に合ってよかった」
言うなり、YAMAが彼らに向かって駆け出した。
「おい、ペザン! 加勢に来たぞ!」
その声で、ペザンの仲間が振り返った。
「うわぁ、助かったぁ! ペザンさん、先輩とショウが来ましたよ!」
ペザンは例の民謡を歌いながら、苦痛の表情を浮かべてうなずいた。
「よし、ペザン。あとはこっちで食い止める。お前たちは一旦休め」
YAMAの声で、はじかれたようにペザンが地面にくずおれた。
「はぁっ、はぁっ……く……これしきのことで、情けない……こんなことじゃあ、世界を救うことなどとても……」
ペザンは悔しそうに地面を拳でたたいている。
「おい、ペザン、落ち着けって。とにかくお前、声、ガラガラじゃねーか。いいから黙って水飲め、水」
ペザンは、RYU-Jinから瓶を受け取ると煽るように飲み始める。
「お前も休んでいいぞ。ずっと歌い続けだろ」
ペザンの横で座り込み、お経のようにぶつぶつと小さな声で歌っている男にYAMAが声をかける。しかし、彼は歌を止めようとしない。もう一人の音楽騎士が代わりに答えた。
「あ、あいつは大丈夫です。二時間くらいは余裕なんで。それに、あいつが歌ってないと、悪魔に襲われちまう」
「そうか。ニシモだっけ。悪魔の攻撃を防ぐ結界みたいなものを作れるんだよな。よし、頼むぞ」
水を飲み終わったペザンが、大きく息を吐くと苦しそうな声で言った。
「年寄りや足の悪い者、小さな子供達が、この後ろの役場に避難してるんだ。絶対におれ達で食い止めないと」
「なんだって」
唱たちは驚いて振り返った。
まだここに、たくさんの人が……
責任の重さに、唱は身震いした。




