二度聴かぬもの
カツン、カツンと、石造りの廊下に足音が響いている。
「すみません。どこへ向かっているんですか?」
呼びかける唱の声が不気味に反響した。前を行くTaiyoの声が、また廊下に響いて返ってくる。
「おれ達が捕まえた悪魔の保管庫だよ」
「悪魔の……? もしかして、あの、ガラスケースに入ってるやつですか?」
唱が聞き返すと、RYU-JinとYAMAが答えた。
「そうそう。試験の時にも使ったソレ。ほら、ショウが来る前はさ、タイヨウとカッシーの力で悪魔の動きを封じることはできるんだけど、倒すことはできねぇだろ? だから、悪魔封じのガラスケースに入れとくしか方法がなくてさ」
「それで、今は使ってない城の食糧倉庫を借りて捕まえた悪魔を保管しているんだ。ちなみに、ガラスケースは周辺の教会に頼んで作ってもらったのを集めてる」
なるほど。確かに、どこに悪魔をしまってるのかと思ってたけど、こんなところに……
唱は辺りを見回した。
人がすれ違うのもやっとなほどの狭い廊下だ。床も壁も天井も、石が敷き詰められている。地下ということもあり、ひっそりと静まり返っている。
ここは城の庭園の隅っこにぽつんとある小屋の地下だった。中にある小さなドアから続く階段を降り、細い廊下を数分歩いたところで、鍵の掛けられた木製のドアが現れる。
「ここの鍵は、各組に一つ渡されてて、音楽騎士なら自由に出入りできるんだ」
Taiyoの声と共に、ガチャリという金属音が響き、そしてギイッと扉のきしむ音がした。
「うわぁ、悪魔が並んでる……」
唱は思わず声をあげた。
元々、穀物の入った袋などを置いていたのだろう木の棚には、大小様々な形のガラスケースが数十個ほど並んでいた。中にはもちろん、悪魔がうごめいている。
「この悪魔は、全部、皆さんが捕まえたんですか?」
「そう。この中に入るようカッシーが操作してな。このケースより大きい悪魔でも、中に入るとこうやって小さくなるんだ」
唱が興味深げに並んだ悪魔を見ていると、YAMAが言った。
「さて、ここにお前を連れてきたのは、別に悪魔コレクションを見せたかったからじゃない。大事なのはこれからだ。カッシー、頼む」
Kassyはうなずき、RYU-Jinが棚から取り出した一つのガラスケースに向かってラップを始めた。
ケースの中には小型のアライグマのような悪魔がいて、ケースから出ようとうろうろしている。唱は、この悪魔がどのように操作されるのかとじっとガラスケースの中を見つめたが、悪魔はずっとうろついたままだ。
「あれ? 悪魔がダンスでもするのかと思ってましたが……」
唱が不思議そうに言うと、YAMAがうなずいた。
「そうだ。カッシーのラップが効かないだろ。ちなみに今は、反復横跳びをするよう操作した」
Kassyがラップを止めて言う。
「見ての通りです。悪魔には、同じ音楽騎士の同じ歌は二度と効かないんです」
「えっ?」
「さっき、おれ達がお前の提案を止めたのはそういう理由だ。おそらく、悪魔は歌を記憶することができる。だから、その場ですぐ倒せないなら、闇雲に歌うような真似は避けた方がいい。次に遭遇した時、倒せなくなるからな。ちなみに、タイヨウがいつも違う歌を歌うのもそういう理由からだ」
唱はそれを聞いて青くなった。
「えっ、どうしよう……おれ、ここに来たばっかの時に、怖くて森の中で歌いまくってました……」
「だとすると、もしかしたら今後、お前の力が効かない悪魔が出てくるかもしれないな」
YAMAが残念そうに眉間にしわを寄せたが、横からTaiyoがあっけらかんと言った。
「でも大丈夫! そんな時のために新曲があるじゃん!」
「あっ、そうか。『アクマタイジノウタ』なら、まだ歌ったことない歌ですもんね!」
改めて、Taiyoに感謝する唱であった。Taiyoもにこにこと言う。
「じゃあ、今度こそ特訓だね!」
城を出た唱たちは、森に戻ろうと、城門の外に止めていた馬に乗った。その時、遠くから呼ばれたような気がして、皆、振り返る。
「すみません、先輩! ちょっと待ってください!」
「あれ? あいつ、ペザン組のやつじゃ……」
草原の向こうから、一人の男が馬に乗ってこちらに向かってくるところだった。ひどく焦っているように見える。
彼は唱たちの前に来ると馬を止め、荒い息遣いで話し始めた。
「お願いします。救援に来てください。調査で訪れていた村に、突然、大量の悪魔が出ました」
唱たちは全員、ぎょっとした。
「なっ、まじか?」
「村はどこだ。遠いのか?」
「ティーパ村です。馬で急げば、二十分の距離です」
RYU-Jinが渋い顔でぼやく。
「ったく、討伐隊がいない時にこれだよ」
思案気に眉をひそめながらYAMAがうなずいた。
「以前にも似たようなことがあったな……ともかくわかった。幸い、今はおれ達にも悪魔を倒せる音楽騎士がいる。何とかおれ達でやれるだけやってみよう」
……げっ……特訓飛ばして、まさかいきなり実戦とは……
突然の事態に、唱は血の気が引いた。




