試験
「歌うと悪魔の匂いを感じるんだ? へぇ、悪魔ってどんな匂いなの?」
「悪魔を寄せ付けない力か。どのくらいの範囲で?」
「歌っている時は悪魔に食べられても平気な力ですか! それはすごい。攻撃を無効化するみたいなことですか?」
各列で、クリワが質問している声が聞こえてくる。
こうして聞き耳を立てていると、やはり、悪魔を直接攻撃できるような力が少ないのがわかる。悪魔の居場所がわかったり、攻撃を防ぐものが多いようだ。ガラスケースの悪魔がまだ稼働しておらず、使うほどではない能力ばかりなのだろう。
唱の列が、三人ほど進んだ時、隣の列がわずかにどよめいた。列から身を乗り出して前を見ると、Taiyoの前に、金髪で長身の女性が立っている。
「じゃあ、この悪魔にやってみてくれる?」
Taiyoがそう言ってガラスケースを動かすと、彼女は高い声で歌い始める。唱は、その曲に聞き覚えがあった。
あ、この曲……
すると、ガラスケースの中にいた、ぐねぐねしたアメーバのような形の悪魔が動きを止めた。女性は、そこで歌うのを止める。Taiyoの感嘆する声が聞こえた。
「うわぁ、すごい! 悪魔が凍ってる! しかも、歌い終わっても凍ったままなんだね」
「はい。でも、悪魔の大きさにもよりますが、十分くらいが限界です。だんだん溶けてきてしまうので」
「すごいよ。“凍結の歌”ってとこだね。おれの力も似てるけど、おれのは歌っている間しか効かないから……はい、じゃあシフレーさんの試験は終了。次の人!」
シフレーと呼ばれた女性は無表情に一礼すると、唱が並んでいる列の横をすたすたと歩いて後ろへ移動した。長い金色の髪がふわりとなびく。その色は、どこかマーニの髪色を思わせた。
そうか。クリワのTaiyoも、悪魔の動きを止める力なのか。
Taiyoはパワフルな歌声なので、力がそのくらいということが、少し意外ではある。歌唱力と、悪魔に対する攻撃力に相関はないらしい。
唱は、才能豊かな有名人よりも強力な力を持っていることに、少しだけ優越感を覚えた。
次に会場の耳目を集めたのは、YAMAの列に並んだ男だった。この男は、やけにおしゃべりだった。
「おれはペザン。漁師の町オシアンノからはるばる来た。町を収める領主の息子さ。おれがここに来たのはほかでもない、この世を闇に変え、人々を喰らう恐ろしき悪魔を全て根絶やしにし、世界を救うためだ。つまりおれは救世主。たとえその道がどんなに困難であろうとも、おれは絶対にやり遂げる。そして人々の幸福を……」
「ああ。うん。ありがとう。ごめん、後ろつかえてるから、まずは歌の力のこと聞いていい?」
YAMAに促されて、ペザンという男はゴホンと咳払いをした。
「おれの歌は“重力の歌”。おれの美声を喰らった悪魔は、まるで重しを乗せられたように動けなくなるのさ。悪魔のような、下等なやつらにはふさわしい苦しみだろう。そもそも、この力が使えるようになったきっかけは……」
「オッケー。んじゃ、この悪魔にやってみて」
話を遮られて、ペザンは少し不満そうだったが歌いだす。
民謡だろうか。船をこいでどうの、海は広くてこうの、という歌詞に聞こえる。漁師の町出身と言っていたので、地元で歌われている歌なのだろう。
ちなみに本人の歌は特別上手くもない。
しかし、ガラスケースの中の悪魔にはしっかりと反応があった。
豚のような形をした悪魔だったが、ペザンの言う通り、まるで重い物が上から降ってきたかのように、べたっと腹這いになったのだ。もがくように手を動かすが、這いずることもできないようだ。
「へぇ、すごいじゃん! はい、試験終了。次の方!」
YAMAの声に、ペザンはすかさず得意げに何か言いかけたが、強制的に試験を終えられ、また不満を顔に浮かべていた。ペザンが歌を止めたので、豚悪魔がまた動き出す。
次第に唱の順番が近づいてくる。その間に、実技試験を行ったのは四、五人ほどだった。だが、そのどれもが、唱のように、悪魔を根本的に倒す決定力のあるものではなかった。
そうこうしているうちに、やがて、唱の前に並んでいる男の番となった。
黒っぽい金属の防具を身に着けた男だった。腰に剣を刺しているから、本物の騎士だろうか。年は、唱と同じくらいに見える。すらりと背が高く、スマートな印象だ。
「フオゴだ。悪魔を、燃やす力がある」
その声に、周囲がざわめいた。
「うおっ。まじで? スゲー」
RYU-Jinも驚きの声を上げる。唱も驚き、ごくりとつばを飲み込む。
悪魔を燃やす? そんなことができるんなら、おれみたいに悪魔を完全に倒せるってことだよな。
「それじゃ、こいつでやってみて」
RYU-Jinが指さした先には、箱のような形の悪魔がいる。悪魔は、ケースの中でゆっくりと回っていた。
ガラスケースの前に立つと、フオゴがふっと口を開けた。




