粉砕の騎士団長
うわ。やっぱりそれなりの人数がいるんだな。
長い長い回廊を経て、城の広間に通された唱は、息を呑んだ。
広間は、体育館ほどの広さがあるだろうか。彫刻が施された柱が何本も立っており、天井には、美しい絵画が描かれていた。正面には、光沢感のある布のカーテンがかかっている。きっと、その奥に玉座があるのだろう。
広間には五十人程の人がいた。老若男女、兵士っぽいいで立ちの人もいれば、家からお使いにきたかのような服装の人もいる。唱のように、旅装束をしている人も多かった。
これが国中から集まった音楽騎士ってことか。多いと見るか、少ないと見るか。
きょろきょろと見回していると、少し離れたところにいる男と目が合った。まるでボディビルダーのように筋骨隆々とした男で、いかにも強そうだ。
びくっとすると、男は、唱をじろりと一瞥したあと、フンと鼻で笑ってそっぽを向いた。
あいつ! 今、絶対おれのことバカにしやがったな!
腹を立てながらも、見るからに強そうな男に言い返すこともできない。悪魔に対しては強いと言っても、人間相手ではからっきしの唱なのだ。
しばらくすると、後ろからコツコツという音を響かせながら、マントを羽織った男性が二人やってきた。
二人のうちの一人、背が高く、茶色の長髪を後ろで束ねた男が張りのある声で言った。
「勇敢なる音楽騎士の諸君、お待たせした。間もなく、国王陛下がお見えになる。おそれ多くも、陛下直々のお言葉を賜るのだ。皆の者、心して拝聴するように」
よく見ると、男は金属製の胸当てをつけ、長靴を履いている。腰に剣らしきものが刺さっているのも見える。本物の騎士のようだ。
「さてその前に、諸君らにここに集まってもらった理由について、私からあらかじめ説明したい。――申し遅れたが、私は元国王直属護衛騎士団長、そして今は音楽騎士団長アイザッツ。諸君は、これより私の指揮下に入る。見知り置いていただきたい」
ああ、この人が悪魔を爆発させることができるっていう音楽騎士の人か……
唱はしげしげとアイザッツを眺めた。年齢は三、四十代くらいだろうか。騎士団長というだけあって、厳しい目つきをした男で、口ひげが威厳を醸し出している。
アイザッツは、居並ぶ音楽騎士たちをぐるりと見回した。
「諸君も知っての通り、今、我が国並びに周辺諸国は未曽有の災難に見舞われている。得体のしれない悪魔により、この世は闇と化した。我々人間が、悪魔などに負けて良い道理など一つもない。悪魔どもを一掃し、再び我らの手に光を!」
演説めいたアイザッツの話に感化されたのだろう、あちこちから「おお!」と応じる声が聞こえる。
「諸君は、悪魔と戦う稀有な力を有した、まさしく選ばれし勇者たちである。どうかその力を存分に発揮してほしい。諸君らの勇気に期待する。我ら共に憎き悪魔と戦おうではないか!」
おお! おお! という声が大きくなった。
さすが騎士団長。鼓舞するのがうまいな。
唱はノリについていけず、苦笑いを浮かべるのみだった。
「さて、ここで諸君らは気にすることだろう。一体、自分たちが指示を仰ぐことになる騎士団長殿はどんな力を持っているのか、とな。よろしい、お見せしよう。“粉砕の歌”の力を」
いつの間にか、アイザッツの横には大きなガラス瓶が置かれていた。中には小動物サイズの悪魔が入っている。
アイザッツは勿体ぶった様子でコホンと咳ばらいを一つすると、大きな声で歌い出した。軍歌のようだ。
皆が固唾をのんで見守る中、ちょこまかと動いていた兎のような悪魔が、まるで四肢を張り付けられたように動かなくなった。と、ボンッという音と共に、兎の悪魔は手足から引きちぎられたようにパッと粉々になった。
ガラス瓶の中に黒い煙が漂う。
「おおおおお」というどよめきと拍手が会場に響く。
唱は、ほっとしたような、がっかりしたような、複雑な気持ちになっていた。
なんだ。コモードさんは、おれの力すごい褒めてくれてたけど、アイザッツさん、普通にすごいじゃん。
マーニとランテ、そしてコモードにも褒めたたえられて、自分の力は特別なのではないかと、どこかうぬぼれていたのかもしれない。唱は、自分の浅はかさに恥ずかしくなった。
ざわめく観衆を満足そうに見回すと、アイザッツは再びコホンと咳払いした。
「以上が私の力である。ちなみに、隣にいる副団長ペルデンは、“消滅の歌”を歌うぞ。本日は、時間の都合で披露は叶わぬが、いずれ戦場でその力を目にすることもあろう」
そう言われて、アイザッツの横にいる男が、うん、とうなずいた。アイザッツよりも年上に見える恰幅の良い、おかっぱ頭の男だった。
唱は再びショックを受けた。
消滅の歌? 悪魔を消滅させられる……ってことか? だとしたら、おれと同じ力じゃん! おいおい、どこがおれの力、珍しいんだよ! もう、コモードさんの嘘つき!
うなだれている唱の頭上に、アイザッツの声が高らかに通っていった。
「さぁ、いよいよ国王陛下のお成りだ。皆の者、姿勢を正せ!」




