入城
ふあぁ、と唱は大あくびをしながら宿を出た。
「おはようございます。ショウさん、夕べはゆっくり眠れましたかな?」
すでにコモードが宿の前で待っていた。
「お、おはようございます。ま、まぁ……」
いやいや、マーニもいたとはいえ、ランテさんと同じ部屋で寝て、熟睡できるわけないでしょ。
唱は、のんきなコモードを見ながら恨めし気に目をこすった。
「おじちゃん、おはよう!」
「コモードさん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
マーニとランテも、元気そうに出てくる。唱は、晴れやかな表情のランテを見て、ため息をついた。
全然、おれのこと、眼中にもないって感じなんだろうなぁ、はぁ……
三つ並んだベッドの真ん中をマーニにして、ランテとは距離を取って寝たのだが、寝息が聞こえるたびに唱はどぎまぎしてしまい、緊張も相まって、結局まんじりともせずに夜を明かしたのだった。
そんな唱に気づきもせず、コモードは明るい調子で言った。
「では、参りましょう。城までは、歩いて二十分ほどです」
一行は、城に向かって歩き出す。
「ええと、今日は王様と会えるんでしたっけ」
「ああ、そうですな。もちろん、それもありますが、たぶん試験があると思いますよ」
予想だにしなかった“試験”という単語に、唱は面食らった。
「えっ、試験? じゃあ、落っこちるってことも……」
コモードが笑いながら首を横に振る。
「いえいえ。ショウさんに限って、それはありません。組決めの試験ですよ。音楽騎士にも、いくつかの仕事がありますから、その担当を決める試験でしょうね」
「そうですか……安心しました……ここまで来て落ちたらどうしようかと」
ははは、とコモードは腹をゆすった。
「ご謙遜を、と言いたいところですけどね。ショウさんの不安なお気持ちもわかりますよ。――ああ、そうだ。不安がおありなら、男性四人組の音楽騎士を探してください」
「四人組?」
「ショウさんと似た雰囲気の――彼らもたぶん外国人だと思いますが――四人組の音楽騎士がいるんですよ。彼らは一次募集組なんですが、たぶん今回の集まりにも来るはずです。声をかければ、きっとショウさんの力になってくれると思いますよ」
外国人と言っても、おれは異世界転生者だからなぁ。親切に教えてくれたコモードさんには悪いけど。
苦笑いをしつつ、唱は御礼を述べた。
そうこうしているうちに、いつの間にか、唱たちは町の中心部まできていた。
「わぁ、お城だ! おっきーい!」
マーニの弾んだ声が聞こえる。ランテもため息をついて前を見つめていた。
目の前には、石造りの大きな城がそびえたっていた。
五メートルほどの高さの塀に囲まれているが、巨大な塔がいくつも見える。建てられた年代がそれぞれ違うのか、比較的新しい白っぽい塔と、苔が生えたようなくすんだ灰色の塔が組み合わさっていた。
「さぁ、こちらが国王陛下のおられるコンセール城です。この石橋を渡った目の前にあるのが正門です。ショウさんは、あそこにいる門番に、この入城証と推薦状を見せて入ってください」
そう言って、コモードは唱に手のひらサイズくらいの紙を手渡した。それを見たマーニが目を輝かせる。
「あたしたちも、お城に入れるの?」
「いやぁ、マーニちゃん。残念だけど、音楽騎士しか入れないんだよ」
「えー、そうなの。つまんない!」
ぷっとむくれるマーニをランテがたしなめる。
「こら、マーニ。わがまま言わないの。遊びに来たんじゃないのよ」
コモードが陽気に笑う。
「はっはっは。そりゃ、初めて来たんだから興味もあるでしょう。お城の中は無理ですけど、どれ、あたしでよろしければ、町中なら案内しますよ」
マーニはころっとご機嫌になった。
「ホントにー? やったー!」
「あら、良いんですか? お忙しいでしょうに、ご迷惑じゃないかしら」
「いえいえ、全く。あたしも次の仕事までまだ時間があります。ショウさんの用が済むまで、観光しながらお待ちになるのがちょうどよいでしょう」
「おじちゃん! あたし、美味しいもの食べたい!」
「そうさなぁ。よし、町一番のお菓子屋に案内しよう。ウチの娘もお気に入りの店さ」
歓声をあげるマーニを見ながら、唱はホッとしてコモードに声をかけた。
「コモードさん、何から何まですみません。ありがとうございます。じゃあ、終わったらここに戻ってきます」
「はい。こちらのことはご心配なく。頑張ってきてください」
そう言ってコモードは片目をつむって見せた。
「ショウ様、頑張ってくださいね」
「ショウ様なら絶対大丈夫。最強だから!」
三人の励ましの声を背に受けながら、唱は大きく深呼吸をすると、城門をくぐった。




