オルケスの町
遠くからでもはっきりとわかるその城壁は、近づくにつれて、その巨大さを見せつけてくるようだった。
「うわ。本当にでかいですね」
十階建てのビルくらいの高さの城壁が、草原の中、左右に向かって長く伸びている。
リヴ村を出てから一日半以上。唱たちは、コンセール王国の首都、オルケスに到着しようとしていた。薄暗かった空に、夜のとばりが降りようとしていた。
「こんな大きな建物があるなんて、同じ国に住んでいるというのに全然知らなかったです……」
「すごーい、すごーい! ここがお城なの?」
目の前の光景をよく見ようとランタンを掲げながら、ランテとマーニは代わる代わる感嘆の言葉を口にした。
「ははは。ここがお城なわけではないんだよ。ここは第一の門。ここをくぐると城下町があって、お城はさらにその中の中さ」
コモードはそう説明すると、城壁に作られたアーチ状の扉の前で立っている門番に、胸元から何やら紙を出して見せた。門番がうなずき、扉の横にある小窓に向かって声をかける。しばらく待つと、扉がわずかに開いた。
「さ、皆さん。中に入りますよ」
三人を振り返ると、コモードが門の隙間を馬に乗ったままくぐっていった。
唱はごくりと唾を飲み込む。建物の圧がすごくて、否が応でも緊張してしまう。大きく息を吸い込んでから、カルの足をゆっくり進めた。
城壁の中は、にぎやかな町だった。
大通りの道は広く、三車線くらいの幅がある。道の端には露店のような構えの店がたくさん立ち並んでいた。店の間をぬって、人々がたくさん行き交っている。
「わぁ、お祭りみたい。人がいっぱい」
昨晩の姿が嘘みたいに、マーニがはしゃいでいた。
「本当にすごい人ですね。さすが首都って感じです」
唱が声をかけると、コモードは辺りを見回しながら言った。
「実は、オルケスは以前より人が増えているんです。村が悪魔に襲われて逃げてきた人も多いですし、仕事を求めてやって来た農家の人も多くてね。空がこう晴れないんで、農作物は大打撃でね」
そう言われると、確かに人々の表情はどこか覇気がなく、陰りがあるようにも見えた。また、よく見ると、道の端や路地裏には、座り込んで動かない身なりのボロボロな人の姿もちらほら見える。
唱の視線の先に気づいたのだろう。コモードが気の毒そうな声を出す。
「そんなこんなで、近頃は、路上生活者が増えてしまいましてね。町に来たって、雇用があるわけではないですから。おかげで犯罪も増えて治安が悪くなってるんです。自警団なんて、今まではただの寄り合いだったのが、最近じゃあ毎日走り回ってますから」
「……それは深刻ですね……」
言いながら、唱は不思議に思う。
こんな天気なら、そりゃそうもなるよな。てか、そういうのは、国が何か補助なり雇用を作るなり、対策を打ってあげなくちゃ。この国、本当に大丈夫なのか?
そんな柄にもないことを考えているうちに、前を行くコモードが馬の足を止めた。
「さぁ皆さん。長旅お疲れ様でした。今晩はこちらにお泊りください。明日の朝、またお迎えに上がります」
目の前には、古びた二階建ての建物があった。
「あれ、ここは……宿ってことですか? おれ、お金とか持ってないんですけど……」
コモードは、片目をつむりながらにっこりとした。
「心配ご無用です。音楽騎士にかかる費用は全て国持ちですからね。今日はあたしの方で手続きしますが、正式に音楽騎士となったら、発行された腕章を見せれば、この町の店なら全てツケで大丈夫です」
説明を終えたコモードは、馬から降りて宿に入っていった。
ええーっ。何そのVIP待遇。この国、やるじゃん!
さっきまで政治批判をしていたこともすっかり忘れて、唱は興奮気味にカルの背から降りた。
生まれてこの方、そんな特別待遇など受けたこともない唱のテンションは爆上がりだ。唱の心情が伝わったのか、カルも嬉しそうにブルブルと鼻を鳴らしている。
そこへ、アジの手綱を握ったランテがやってきて、カルの鼻面を撫でた。
「アジ、カル、お疲れ様。ありがとう、よく頑張ったわね。ショウ様、この子たちは私が見ていますので、どうぞ、お先に中へ」
「じゃあ、あたしはショウ様と行くー!」
マーニは嬉しそうに唱の腕にしがみついた。なんだか本当になつかれてしまったようだ。
宿の中に入ると、入り口でコモードが受付にいる宿屋の主人と話していた。
小さな丸眼鏡をかけた老人が、じろりと唱を見る。
「あとは子供が一人、かね」
「あ、そうだった。あとご婦人が一人。合計三名だよ」
コモードが言うと、宿の主人は背後の壁から木の札を取った。
「それじゃ、家族用の部屋だね。二階だよ」
ん、家族用?
キョトンとしていると、コモードと目が合った。
「ショウさん、すみません。忘れてました。ツケできるのは、音楽騎士本人と、その家族のみなんです。二部屋にすると、一部屋は自腹になってしまうので、お二人とは、そのぅ、家族のふりをしてもらえたら……」
言いづらそうに、コモードは唱に木の札を手渡した。
「えっ?」
目を白黒させている唱とは対照的に、マーニは無邪気に喜んでいる。
「わかった! そしたら、あたしは二人の娘ってことね?」
当然、自分と姉妹で別の部屋にしてくれると思っていた唱は、予想もしない展開に慌てた。
「ちょっと待ってください。あのその、つまり、家族ってことは……それにこの札が一枚ってことは……」
そこへ、めずらしくはしゃいだ様子のランテが入ってくる。
「アジとカル、馬小屋に預けてきました。やっぱり、都会の馬小屋は違いますね。すごく広くてびっくりしました。……あ、ところでお部屋は決まりましたか?」
唱は、ランテとマーニと渡された一枚の木の札を見比べ、顔が赤くなるのを感じた。




