良い木こりと悪い木こりの歌
どこかから歌声が聞こえた気がして、唱は夜中に目を覚ました。
うっすらと目を開けると、たき火を挟んで反対側に寝ているはずのランテが体を起こしており、小さな声で歌っていた。膝にはマーニが頭を乗せて横になっている。
なんだか見てはいけないような気がして、唱は慌てて目をつむり、寝たふりを決め込んだ。
ランテの歌声が心地よい。きれいな、澄んだ声だった。ゆったりとしたメロディから言って、子守歌だろうか。
「どう? 少し、落ち着いた?」
歌が終わると、ランテの声が聞こえた。
「うん……ありがと。大丈夫になった気がする」
「うふふ。マーニは『良い木こりと悪い木こりの歌』好きだものね」
そうか。マーニ、きっと怖くて眠れなくなっちゃったんだな。
唱は、二人が起きていた理由に合点がいった。
クモの悪魔を倒した後、ほどなくして四人は森を抜けることができ、そこからの旅は順調だった。河のほとりまできたところで夕方になり、四人は河原で野宿することになった。
危機を脱した安堵感から、ランテもコモードも至ってほがらかだったが、マーニだけが、一人沈んだ顔をしていた。
ランテが釣ってきた魚を焼いて食べていた時も、心ここにあらずといった様子で魚をかじっていた。
教会で“あの日”のことを口にするマーニの横顔が思い出された。もしかしたら、つらい記憶を呼び起こしてしまったのかもしれない。
唱は何か声をかけてやりたかったが、何を言っても慰めにもならない気がしてなかなか言葉が見つからず、結局何も言えないまま床についたのだった。
二人の話し声が聞こえてくる。マーニの声は、まるで小さな子供のような甘え声だ。
「ねぇ、お姉ちゃん。悪魔に食べられてるとき、痛くなかった?」
「そうねぇ……痛くはないのよ。ただ、どんどん足の感覚が無くなっていって、本当に消えていくみたいな、不思議な感覚だったわ」
なるほど。と、話を聞いていて唱も思った。
おそらく、体が食べられるというより、闇に取り込まれていくようなものなのだろう。ランテとマーニの家の天井が、闇に浸食されていったのと似たような感じではないかと唱は考えていた。
マーニの安堵するようなため息が聞こえる。
「痛くないんだ……そっか」
「どうして?」
「お父さんや、食べられた人達……痛かったらかわいそうだったなって思ってたの、ずっと」
「そう……」
「あたしのせいで、苦しい思いしてたらごめんなさいって思ってた……」
マーニの声に、少し泣き声が混じった。
「でも、痛くなかったんだってわかったから、少しだけ、安心した」
「マーニ……」
少しの間、小さく鼻をすする音が続いた。
「怖かったの。お姉ちゃんとおじちゃん、お父さんみたいだったから。また、あたし、何もできずにただ見てるしかできなくて……あたしのせいで、こんなことになっちゃったのに、あたしはいつも何もできなくて……」
「マーニ、自分を責めないで。あんなこと、誰も予想はできなかったわ」
二人の会話を聞きながら、唱は、教会を出た後に見たマーニの背中と、唱の旅についてきたがったマーニの姿を思い出した。
この子、自分でこの状況を何とかしようと思ってたんだな。
小さな体で一所懸命、自分が犯した過ちの償いをしようと思っていたのだろう。だから、音楽騎士を探して、悪魔を倒す手がかりを見つけ出そうと必死だったのだ。
唱は、やっとマーニの必死の願いを理解できたような気がした。
ランテの声が聞こえてくる。
「マーニ。大丈夫よ。ショウ様が来てくださったわ。それに、光の巫女もいるそうじゃない。神書の通りよ。必ず、ショウ様たちが悪魔を倒して、光の巫女が空を晴らしてくれるわ。そうしたら、また、元の通りに歌えるようになるわよ」
「うん……そうね……そうだよね……きっと、ショウ様が悪魔を倒してくれるわよね」
改めて、唱は音楽騎士に寄せられている期待の重さに身震いする思いだった。
そして同時に、この姉妹の願いを叶えてやりたいと、心底思ったのだった。
こんな風に、他人のために何かを成し遂げたいと真摯に思ったことは、今まで生きてきて、初めてだった。
ランテの優しい声がした。
「さぁ、マーニ。明日も早いわ。もう寝なさい」
「うん……ねぇ、お姉ちゃん。もう一回歌って。『良い木こりと悪い木こりの歌』」
「まぁ、仕方ないわねぇ」
くすくすという笑い声の後、また、きれいな歌声が聞こえてきた。
木こりの夢は どん夢じゃ
森に入った 良い木こり
良い夢見たから 家栄え
悪い木こりは 夢から落ちる
夢が覚めても おそろしや
この世はうつつか わかりゃせん
そら とんと お眠りよ




