表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/117

アリア

「コモードさん、か、顔、顔!」


 唱の叫び声に、コモードが、はっと顔に手を当てる。


「え? あれ? これは……」


 恐ろしい光景だった。少しずつ、少しずつ、コモードの右半身がなくなっていく。よく見ると、コモードの体には悪魔のクモが何匹も取り付き、少しずつ体を食べているのだった。


 くそっ、何とかしないと! 適当でもいいから歌おう!


 唱はとにかく、『森のくまさん』を含め、思いつく歌を片っ端から歌った。


――ヒィィィン……


 時折、蚊の鳴くような音が聞こえ、小さなクモが光りながら消えていく。しかし、どうも効果が薄い。後から後から湧いてくるクモ全体に効いている感じではなかった。唱の背中には、冷や汗が幾筋も幾筋も流れる。


 やっぱり、歌によって効果が違うんだ。どうしよう。一体、何を歌ったらいいんだ……


「うわぁ、わぁ」


 ついにバランスを崩し、コモードが馬から転がり落ちた。


「い、行ってください。あたしはもうダメです。この森をまっすぐに進めば、本道に……」


 右半身が無くなったコモードが、地面に這いつくばりながら言う。


「置いてくなんて、できるわけがないでしょう!」


 唱は頭をぶんぶん振りながら叫んだ。


 そうは言っても、コモードをすぐに助け出す手立てが見つからない。唱は焦った。


 こんな下手な鉄砲方式で歌うしか方法はないのか? これじゃ、時間がかかりすぎる。何か、こいつら全員を一発でやっつけられるような歌はないのか? 例のアニソンに似た感じの曲とか……


 何かしら歌い続けながらも、必死に頭を働かせていると、

「いやぁぁあ!」

という悲鳴で唱は我に返った。


 ランテが、クモに足から食われ始めていた。ランテの体が、少しずつ闇に溶けていく。

「お姉ちゃあん!」

「マーニ、触っちゃダメ!」


 妹がクモに襲われないようにするためだろう、ランテが馬から飛び降りた。片足を失ったランテが、地面にがくりと倒れる。


「ショウ様、妹を連れて、逃げてください……」


 ランテが、目に涙をいっぱいにためながら言うのを見て、唱の中に、人生で初めて味わう感情が湧いた。


 ……この悪魔め。絶対に倒してやる!


 その怒りは、唱にある記憶を呼び起こさせた。


 そうだ。あの時の悪魔の悲鳴。間違いなく、断末魔だったぞ。


 唱は口を大きく開くと、歌いだした。Create the Worldの「遠くへ」という歌。これは、一年ほど前に、異世界転生モノのアニメの主題歌になっていた歌だ。


 そして、唱がこの世界にきて、一人さまよい歩いたあの森で、闇雲に歌った歌の一つである。


 思い出したのだ。あの時、悪魔の悲鳴が聞こえた時に歌っていたのが、この歌だったことを。


 はたして効果はあった。


――イイイイィィヒィィィィイイイ……


 飛行機が空気を切り裂きながら飛ぶような音。周囲から、沸き上がるように次々に聞こえ始める。まるで飛行機の大合唱だ。


 それと同時に、クモが一匹ずつ、光りながら消えていく。さっきまでのおぞましい光景とは裏腹に、光がふわふわと浮かんでは消える光景は、幻想的で美しさすらあった。


 きらきらと、周囲が小さな光の粒で照らされた後、再び森に静寂が訪れた。


 慌てて、倒れた二人の様子を確認する。


「ランテさん、コモードさん!」


 二人を見るなり、唱は驚いた。


「体が……戻ってる……!」


 失われたかと思われたランテの足も、コモードの右半身も、何事もなかったかのように元に戻っていた。二人とも、地面にぺたりと座り込みながら、ポカンとしている。


「なんと……こんな不思議なことが……」


 コモードが自分の右手を見つめながらつぶやいた。


「お姉ちゃん!」

「マーニ! 大丈夫? 無事?」


 マーニが泣きながらランテに飛びつき、姉妹は抱き合って喜んだ。


「よ、よかった……」


 腰が抜けたように、唱も地面にへたり込んだ。

 すると、コモードが小走りにやってくる。


「ショウさん! ありがとうございました。あなたは命の恩人です。もう二度と娘に会えないかと覚悟したんですが……いやはや、一度ならず二度までも、お見事でした」


 コモードは、うるうるとした目をして唱の手を強く握った。御礼の握手のつもりだろう。


「いえいえ、時間かかっちゃってすみませんでした……ってか、コモードさん、本当に体何ともないんですか?」


 コモードが自分の体を動かしながら、くまなく見回る。


「ええ、今は全く何ともないですね。食われる前と変わりません。どこも痛くないですしね」


 なるほど。たとえ悪魔に喰われても、悪魔さえ倒せば元に戻るんだ。


 一時は暗澹たる気持ちにもなった悪魔との戦いだが、これは一つの光明だった。悪魔を倒すのに時間がかかったとしても、最終的に倒すことさえできれば、被害を最小にすることができるということだからだ。


「本当にありがとうございました。ショウ様」

「ショウ様、お姉ちゃん助けてくれてありがとう!」


 姉妹もやってきて、唱にすがりつくようにして涙を流す。


「いやいや、そんな大げさな」


 苦笑いした唱だったが、まんざらでもない。

 その様子をにこにこしながら眺めていたコモードが言った。


「さぁ、皆さん。そろそろ出発しないと、夜までにこの森を出られなくなってしまいます。先を急ぎましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ