気がかり
再び移動を始めてからも、コモードは興奮気味だった。
「いやぁ、実に驚きましたなぁ。あれほど鮮やかに悪魔を倒してしまうなんて。こりゃあ、こんな災厄が終わるのも、時間の問題ですな」
「は、はぁ……どうもありがとうございます」
大人にここまで褒められた経験は、過去にはない。なんだか自分のことではないようで、苦笑いするしかない唱だった。
「おじちゃん。ショウ様みたいに、悪魔を倒せる人は他にもいるの?」
前の馬から、マーニの声がする。コモードが少し振り返って言った。
「あたしも聞いただけだから詳しくないけどね、音楽騎士団団長のアイザッツさんは悪魔を爆発させることができるらしいねぇ。他にもいるみたいだけど、本当に悪魔を倒せる人は数えるほどしかいないみたいだねぇ。ほとんどが、悪魔の気配がわかるとか、悪魔を寄せ付けないとか、そんな力ばっかりで」
「まぁ、それなら、ショウ様の力は本当に貴重ですわね」
ランテの声に、コモードが大いに喜びの声を上げる。
「まさにそうですよ! きっと国王様も喜ばれるでしょうなぁ!」
褒めてくれるのは嬉しいが、話を聞いていて、唱の心には不安が湧いていた。
えぇ……本当におれみたいな力、少ないんだ。ってか、悪魔しょっちゅう湧いて出てくるし、そんなんで、国中の悪魔やっつけられんのかな……
そうなると、必然的に、唱のように悪魔を倒すことができる音楽騎士に、その重責がのしかかってくるということと思われた。
プレッシャーに弱い唱は、胃が痛くなる思いだった。
さっきの熊との戦いのことを思い出す。
熊が腕を振り下ろしてきたとき、もしランテが矢を撃っていなかったら、唱はやられていたかもしれなかった。
唱の力は、確かに悪魔を倒せるが、効果が出るまである程度時間がかかるのが最大の弱点だ。みんなが喜ぶほど、強力な力というわけではないと唱は感じていた。
そして、それとは別に、もう一つ気になっていることがあった。
ランテの矢で千切れた熊の腕だ。
あれは千切れたというより、自ら分裂したみたいだった。
昨晩の悪魔と同じように、何かどろっとした物が、一部だけ離れ、意思をもって飛び上がったように見えたことを思い出した。
あの腕はどこへ行ったのだろう?
本体の熊と一緒に、唱の歌で消えてくれていたら良いが、どうにも不穏な予感めいたものが頭から離れないのだった。
「うわぁっ」
突然、前の方から悲鳴が上がった。
「コモードさん? どうされましたか?」
驚いた様子のランテの声も聞こえる。
「しっしっ、あっち行けっ……いやいや、すみません。大きなクモでした。なに、突然頭に落ちてきたもんですから、びっくりしてしまって。お騒がせしてしまいました」
コモードのおどけたような声が聞こえてくる。
なんだ、クモか。良かった。
一瞬、また悪魔が出たかと歌いかけた唱だったが、ほっとして胸をなでおろす。
「まぁ、この辺りはクモが出るのですね。毒のあるものもいますから、気を付けてくださいね」
「やだぁ、クモいやぁ!」
悪魔もいやだけど、確かにクモもいやだなぁ。
そう思ったとき、目の前に黒いものがすうっと落ちてきた。
拳くらいの大きさの、黒いクモだった。
しかし、その姿を見た途端、唱の体に寒気が走った。
「悪魔だ! このクモ、悪魔です!」
きゃっ、という悲鳴が上がると同時に、唱は再び先ほどのアニソンを歌い始めた。
「わっ、わっ、次から次へと出てきますよ!」
コモードの焦った声が聞こえてくる。
気が付くと、大小様々な大きさのクモが、いくつもいくつも、上からするすると音もなく降りてくる。
マーニの悲鳴が上がる。視界の端に、マーニをかばいながら必死に弓を振ってクモを払いのけるランテの姿が映る。
おかしい。こいつら一向に弱らない。
歌い続けていた唱の頭に疑念が湧いた。さっきの熊は、このアニソンのサビ部分で苦しそうに悲鳴を上げた。しかし、今は一匹も苦し気な様子を見せない。
なんだ? この悪魔にはこの歌が効かないのか?
歌はすでに二番に入っていた。
唱は、昨晩の悪魔に、『森のくまさん』の効果がなかったことを思い出した。
もしかして、悪魔によって効く歌と効かない歌があるってことか? それだったら、やばい。効果がある曲が見つかるまで、色々歌い続けなくちゃなんないぞ。とにかく、何か次の歌!
必死に別の歌を思い出そうとするが、頭がパニックになって、なかなか出てこない。
「ショウ様ぁ! 全然効いてないみたい!」
マーニの泣き叫ぶ声が聞こえ、唱も焦りを感じた時、先頭のコモードが振り返った。
「皆さん、こうなったら、振り切って逃げましょう」
振り向いたコモードの姿を見て、唱は全身が凍り付いた。
「きゃあああああ!」
ランテとマーニが悲鳴を上げた。
コモードは、顔の半分が無くなっていた。




