コンセール王
「さ、どうぞ。体が温まりますよ」
コモードから手渡された木でできたカップからは、ほのかな湯気が立ち、イチゴを思わせるような甘い香りが漂っている。
慣れない馬に乗って数時間、やっと地面に座って心と体を落ち着けていた唱にとって、とても安らぐ香りだった。
「ありがとうございます。これ、すっごくいい香りしますね」
唱の言葉に、コモードは得意そうに微笑んだ。
「そうでしょう。これは、あたしが商人だった時に他国で買い付けていたお茶でね。実は希少品で、普通は滅多に口にできないんですが、商人仲間に頼んで、彼らから直接買ってるんですよ。これまた、ウチの娘が大好きでしてねぇ。切らせてしまうと怒られるもんで」
茶目っ気たっぷりにコモードが片目をつむって見せたので、唱は笑った。
くんくんと香りを楽しみながらお茶を飲んでいると、遠くからランテの声がした。
「皆さーん。お待たせしました。朝ごはん、とれましたよー!」
駆け寄ってきたランテの右手には、一羽の鳥がぶら下がっていた。
ん? なぜ、ランテさんが鳥を?
状況が飲み込めずにいる唱のところに、マーニが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ショウ様、喜んで! 今日の朝ごはんは鳥の串焼きよ」
「ん?」
コモードが感心したようにうなずく。
「ほう。これは見事な腕前ですなぁ」
「うん。お姉ちゃん、弓の名手なの! 飛んでる鳥を一発でしとめちゃうのよ。すごいでしょ」
ランテさんが、弓矢で、鳥、を……?
頭の中で、三つの単語がうまく連結せず、混乱している唱をよそに、三人はしとめた鳥を囲んで何やらやっている。
「こうして血を抜いて……マーニ、その間に、かまどの用意をして」
「うん、任せて!」
「手際も素晴らしいですなぁ。なんと頼もしい」
唱だけ、置いてけぼりだった。
パチパチと、火がはじける音がして、肉の焼ける匂いがしてきた。
「そろそろ良いと思います。さぁ、どうぞお召し上がりください」
目の前には、いい感じに火が通った焼き鳥がある。ランテの声で、マーニとコモードが次々に串を取った。
「いっただっきまーす」
「では、あたしもご相伴にあずかります」
「は、はぁ……いただきます……」
木の枝を串にして焼かれた鳥の肉は、まさに塩味の焼き鳥だった。鶏肉よりは弾力があり、クセのある味だ。何の鳥なのだろう。
「わあ。このお茶、香りが良くてとってもおいしいですね」
コモードが入れたお茶に、ランテが感激の声をあげて微笑んでいる。そのたおやかな姿からは、さっきまで、鳥の頭をナイフで掻っ捌いていたことが想像もできないほどだ。
「ランテさん、弓がお上手なんですね……知らなかったです」
唱がぼそっと言うと、ランテはにっこりとした。
「はい。うちは家が村はずれなので、自給自足が基本だったんです。弓は父からみっちり教わりました」
なるほどね。ということは、昨晩食べたスープの中の肉も、きっと……
頭では理解しつつも、ランテに対して勝手な憧れを抱いていた身としては、複雑な心持ではあった。
「ああ、そうだ。コモードさん。この休憩中に、王様や音楽騎士のことを色々教えてもらえませんか?」
頭を切り替えようと、唱は唐突に話題を変えた。
「あ、そうでしたね。王様のこと……そうですね……」と言いながら、コモードはきょろきょろと辺りを見回す。
「ま、ここなら大丈夫でしょう。今はすっかり世間的には英雄扱いですね。我がコンセール王国の王様は」
ランテも声を落として言った。
「そういえば、以前はよく戦争に行っていましたよね。最近はそんなお話も聞かないですけれど」
コモードが大きくうなずく。
「ええ、全くその通りです。先代の国王様は穏やかな方でしたが、今の王様は非常に好戦的な方でしてね。あたしが商人やってた頃なんて、近隣諸国にしょっちゅう侵略戦争をしかけるもんですから、商売に影響が出て大変でしたよ」
「うげっ。そんな恐ろしい王様なんですか……? おれ、大丈夫でしょうか……」
「あはは。ご安心ください。今は真逆ですよ。どういう心境の変化か下々の者にはわかりもしませんが、今はかつての敵国に音楽騎士と光の巫女を派遣して、悪魔を倒し空を晴らしてやっているんですって」
すると、マーニが驚いたように言った。
「光の巫女? おじちゃん、光の巫女がいるの?」
コモードは、マーニを見てうなずいた。
「うん、そうなんだよ。何でも、ある夜、突然城に現れたらしくてね。オルケスでも、やはり神書の話は真実だったんだと大騒ぎになっていて、光の巫女は大人気さ。ウチの娘にも、光の巫女見たい見たいってよくせがまれてねぇ」
「? 光の巫女……って何ですか?」
唱がきょとんとすると、マーニが話を引き取った。
「そっか。ショウ様、神書のこと知らないもんね。光の巫女っていうのはね、神書に出てくる、歌の力で空の闇を晴らす人のことなの」
「あの、天罰で神様が闇で覆っちゃったって空のこと? えっ? コモードさん、この空も、歌で晴れるってことですか?」
「まぁ、一時的なもので、しばらくするとまた雲に空がふさがれてしまうらしいですけどね。それでも、数日でも青空を拝めるっていうんで、他国では有り難がっているらしいですよ」
歌で? まさかぁ。
半信半疑だったが、何しろここは悪魔が歌で倒せる世界だ。そういうこともあるのかもしれない、と唱は自分を納得させた。
お茶を飲み干したコモードが、明るい声で言った。
「さて、ではそろそろ出発しましょうかね。この森を抜ければ本道ですよ。皆さん、頑張りましょう」




