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はじめての馬

「本当に、申し訳ありません。妹ったら、せっかちで……」


 ランテは唱に深々と頭を下げた。


「いえ……こちらこそ、妹さんのご希望を叶えてあげられず、申し訳ないです」


 マーニは、こちらに背を向けてしゃがみこんでいる。唱が旅の同行を断ったので、随分と落胆しているようだ。


 しかし、かわいそうだとしても、中学生くらいの女の子を危険かもしれない悪魔退治の旅に同行させて万一のことでもあったら、とても責任が取れない。

 それに、こんな女の子と二人で唱が旅をするのも、なんだか変だろう。マーニの気持ちはわかるが、断るしかなかったのだ。


 唱を馬房まで連れて行きながら、ランテは言った。


「どうか、怒らないでやってくださいね。あの子なりに責任を感じているんだと思います。それで、音楽騎士様と一緒にこの世界を何とかしようと――」


 そんなことを聞くと、唱も具合が悪い。


「お話はうかがいました。つらかったですね……」

「はい……まさか、あんなことになるなんて誰も……」


 ランテはそう言って少しうつむいた後、パッと顔を上げて真剣な面持ちで口を開いた。


「でも、マーニが悪いわけではないんです。あの日も、あの子は空を晴らそうと、村のみんなや国の人達の助けに少しでもなるようにと心から願って、一所懸命歌ったんです。それなのに――」


 唱は、ランテの思いがけない気迫に気圧された。


「わかります。わかりますよ。マーニに悪気なんてなかったことは、あの子を見ていればよくわかります」


 ランテは少しほっとした表情を浮かべた後、また悲しそうな顔になった。


「マーニは、本当に優秀な歌呼でした。あの子が呼び降ろす天使様は、本当に美しくて……天使様見たさに、教会は毎週たくさんの人が詰めかけたものです。だからあの日も、多くの人が集まっていて――」


 そう言うと、ランテは黙って口元を両手で覆い、目をつむった。その姿は、泣くのをこらえているようにも、祈っているようにも見え、唱はしばらく声をかけるのをためらった。


 無言のまま、二人は簡素な小屋の前に着いた。


 ランテが顔を上げる。


「ごめんなさいね。暗い話ばかりで……では、うちの馬をご紹介しますね」


 ランテが小屋の扉を開けると、そこに二頭の馬がいた。一頭は白、もう一頭は茶色い馬だった。


「このうちの一頭をお貸ししますわ。この子はどうでしょう」

「おれ、馬に乗るの初めてなんで、大人しい馬がいいですね」

「じゃあ、ぴったりです。この子はカル。とても大人しい子ですよ」


 言いながら、ランテは左にいた白い馬を馬房の外に出した。


「では、早速乗ってみてください。ここに足を入れて……」


 唱は、ランテに手ほどきを受けながら、何とか馬に乗った。思ったより目線が高くなってちょっと怖いが、そのうち慣れるのだろう。


「次は歩いてみましょう。足でこの辺りを軽く蹴ってください」


 唱はランテの言う通りにした。しかし、カルは全く動く気配がない。

 あれっ、と、唱はもう一度カルの腹を蹴ってみたが、やはり動かない。何というか、わざと無視されている感じだ。なめられている、と言っても過言ではない。


「あの……もしかして、もう一頭のお馬さんの方が、いいですかね?」


 すると、ランテは困った顔をした。


「実は、もう一頭のアジは気性が荒くて、上級者用なんですが……」


 普段の唱なら諦めるところだが、何とか明日の朝までに馬に乗れるようにしなくてはならない。相性があるかもしれないと、渋るランテを説き伏せ、アジの方に乗ってみることにした。


「では歩いてみま――って、きゃあ、大変!」


 唱が乗るなり、アジはいきなり走り出した。悲鳴をあげながら、唱はアジの首にしがみつく。


「アジ! 戻ってきなさい! アジ!」


 ランテが叫ぶと、アジは大きくUターンして、ランテの元に駆け寄り、静かに止まった。


「大丈夫ですか?」

「し、し、し、死ぬかと思いました……」


 アジの首にしがみついたまま呆然としている唱を見ながら、ランテが困り顔になる。


「どうしましょう。こんなこと初めてです。どっちの子もダメなんて……」


 うっ……ガーン……


 地味に心をえぐる言葉を聞きながら、唱はいよいよ不安になった。こんなことで、音楽騎士なんて勤まるのだろうか。


 気づくと、ランテが唱をじっと見つめていた。思わず心臓がドキッとなる。


「あの、もしよろしければ、私、同行しましょうか? この子たち、私の言うことならちゃんと聞きますので……」


 突然の申し出に、唱は完全にフリーズした。


 おれが? こんな美人と? 一緒に旅を……?


 顔を赤らめた唱の横に、いつの間にかマーニがやってきてにっこりと笑った。


「そうよ、そうしましょ! お姉ちゃんとあたしの二人でお供するなら、何の問題もないでしょ?」


 ……あれ? なんか、仕組まれているかのようなこの展開……


 そう思いつつも、今の唱にはうなずくことしかできないのであった。

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