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丘の上の姉妹

 前を歩いていたマーニが、ふいに振り返った。


「ショウ様、安心して旅支度は任せて。うちの馬を貸してあげるからね!」


 その様子は、教会に訪れるまでの元気な姿そのもので、唱はほっと安堵のため息をついた。


 “あの日”のことは、あんまり触れない方がいいよな。


 そう思った唱は、あえて気にしないことにして、マーニの会話に乗った。


「馬? おれ、馬なんか乗ったことないから、いいよ」

「何言ってるのよ。馬も無しに旅なんてできるわけないでしょ! オルケスまで、どのくらいあると思ってるのよ」

「えっ、そうなんだ……でも、そもそも馬なんか借りちゃって大丈夫なの? 当分返せないかもしれないんだよ?」

「大丈夫、心配しないで。ショウ様は、どーんと大船に乗った気持ちで!」


 はしゃぐように言うその姿は、もしかしたら少し、空元気なのかもしれなかった。


 マーニの家は、村の中心地からだいぶ離れたところにあった。


 教会の周りにはたくさんあった建物が、徐々にぽつん、ぽつんと少なくなっていき、やがてすっかり畑が広がる。その畑もとぎれ、今度は見渡す限り草原となる。その草原の中を、薄茶色の小道がすうっと続いていた。マーニは、その小道をずんずんと進んでいく。


 教会を出てから二十分ほど歩いた頃だろうか。マーニが唱の手をすっと離した。


「おねーちゃーん」


 小道の先はなだらかな丘になっていて、その上に茶色っぽい小さな小屋が見えた。マーニは、その小屋に向かって手を振り、叫びながら軽やかに走っていく。唱も、慌ててその背を追った。


 ログハウスのような家の前に、一人の女性がいるのが見えた。マーニがその女性めがけて、勢いよく飛び込んでいく。


「お姉ちゃん、ただいま!」

「あらあら、マーニったら。こんな遅くまで危ないじゃない。もっと早く帰ってこなくちゃダメよ」


 飛びついてきたマーニを、その女性が優しく抱きしめている。


「えへへ。ごめんなさい。でもね、あたし、やっと見つけたのよ!」

「え? 見つけたって……?」


 女性――マーニの姉だろう――が、小道の途中で立ち尽くしている唱に気づいた。


「マーニ。この方は?」


 マーニが得意げに胸を張る。


「じゃじゃーん! 我が村初の音楽騎士です!」


 彼女は、「あっ」という声を出して唱をじっと見つめてきた。


 うわっ。めっちゃ美人。


 改めてよく見てみたところ、マーニの姉はとても美しい人だった。


 年は、唱と同じくらいだろうか。妹より少し落ち着いた栗色のロングヘアにリボンのついた髪飾りをつけている。青い目は吸い込まれそうに美しく、小屋の入り口にかけてあるランタンの光に照らされた白い肌はつやつやと光った。


 見とれていると、マーニの姉は唱に向かって歩いてきた。


「初めまして。私、マーニの姉のランテといいます。ありがとうございます。妹がお世話に……」

「えっ? いやいや、そんな。何もお世話してないですし、どちらかというとこちらがお世話になりに来たっていうか……」


 不意に美人に話しかけられて、焦った唱はかぶせ気味に返した。


 しどろもどろになっている唱に気づいてもいないらしいマーニは、満面の笑みで姉に言う。


「お姉ちゃん。音楽騎士様は馬をご所望よ。ねぇ、いいでしょう?」

「もちろん、お貸しいたしますわ。早速、馬をご紹介しますね」


 美しく微笑むと、ランテは小屋の背後に向かって歩き出した。マーニが、再び唱の腕を取る。


「行こっ」


 歩きながら、二人の姉妹は楽し気に話し出した。


「もう、この村では音楽騎士は出ないかと思っていたわ」

「ほんとよ! もうすぐ締切だったもんね。危なかったわ」

「マーニ、良かったわね。これで、昔みたいに歌えるようになる手立てが、きっと見つかるわね」

「お姉ちゃんたら、気が早い! まだまだ、これから長旅があるのよ」

「うふふ。そうだったわね。くれぐれも気を付けるのよ。音楽騎士様のご迷惑にならないように」

「もう、お姉ちゃんたら、いつまでも子ども扱いなんだから。大丈夫よ」


 和やかな二人の会話を聞いているうちに、唱は違和感に気づいた。


「あのぅ、すみません。おれの勘違いでしょうか。どうも、マーニさんが、おれと一緒に旅するような話になってません……?」

「えっ」


 ランテが驚いた表情で唱を見る。その途端、マーニはバツの悪そうな顔をした。


「ちょっと、マーニ。お約束したんじゃないの?」

「えへへ……実はまだ言ってない」


 マーニはてへっと笑うとぺろりと舌を出した。そして、すぐに咳ばらいをする。


「エッヘン。順序が逆になっちゃいましたが、ショウ様。このあたし、マーニを旅にお連れくださいませ!」


 おどけながら、貴族がするような仰々しいお辞儀をすると、マーニはにっこり笑って唱を見上げた。


「絶対、役に立つから!」

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