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最後の賭け

 結界ごと唱達を押しつぶすことに失敗した魔王は、怒り狂って、ヘドロの状態のまま大きな壁のような形になった。


 そこからタコのような触手が、いくつもいくつも伸びてくる。マーニを亡き者にしようと、その触手を伸ばすが、その度にKassyとフオゴによる悪魔爆弾をぶつけられ、魔王はかなり焦燥を募らせているようだった。


――何という、腹の立つ生き物よ。ただで済むと思うまいな。


 怒りに満ちた不気味な声と共に、魔王は猛烈なスピードで、結界に向かってとがった触手を突き刺し始める。その度に、空間が揺れるような振動を感じた。


 ニシモが慌てたように身振り手振りしたが、結界内にいる者はすでに状況を理解していた。


「ああ、結界がヤバイってことはよくわかった! カッシー、フオゴ、悪魔爆弾攻撃を強化してくれ!」

「了解した。だが、悪魔の数もだんだん少なくなってきた。補充するかしないとまずいぞ」


 YAMAの依頼に、絶え間なく高速ラップをしているKassyの代わりにフオゴが応える。

 タメラを介抱しているマーニ達をちらりと見たYAMAは、渋い顔をした。


「今、悪魔を増やすどころじゃなさそうだ。あともう少しだけ、粘れるか」


 ズン、という重い音が響いて塔が少し揺れた。結界に戻った唱は、交戦中の仲間たちを見回した。


「ニシモの結界も限界に近い。これから、おれが魔王をこの祭壇室から引っ張り出します」

「……わかった。かなり危険だが、大丈夫なのか?」


 YAMAが少し心配そうな顔をする。


「はい。どの道、最初からその計画です。塔の中央広間まで魔王を連れて行くくらいなら、おれだけでも何とかできると思います」


 唱は力を込めて言ったが、Taiyoもやや不安げだった。


「ショウ、やっぱり、おれも行こうか?」


 彼の申し出に、唱は首を横に振った。


「いえ、Taiyoさんは、悪魔がいるところには必要です。それに、たぶん……一人の方がやりやすい」


 そう言って、唱は少しニヤリと笑った。Taiyoは驚いたような表情を浮かべたが、すぐににっこりとして力強くうなずいた。


「うん、わかった! ショウならきっと大丈夫。おれ達も、あのドラゴン悪魔片付けたらすぐに追いかけるからね」


 唱は、胸元を少し手で押さえた。シフレーから渡された封印の笛を首からかけている。感触を確かめると、タイミングをうかがった。


 機会はすぐにきた。魔王が、また触手を結界に突き刺そうとしたのだ。

 唱は驚いてバランスを崩し転んだかのような振りをして、結界の外に飛び出た。その拍子に、笛が服の外に飛び出た。


――そ、それは……封印の笛……! なぜ、それを……!


 魔王は、明らかに動揺したようだった。


――貴様ぁ……その笛をよこせぇぇぇぇ!!!!


 鼓膜を刺すような絶叫が聞こえたと思ったら、魔王は我を忘れたように唱を襲ってきた。


 飛びかかってくる触手をかろうじて避けながら、唱は、まるで魔王の攻撃に追いやられているように装いながら、祭壇室の入り口に向かって全速力で走った。


 ちらりと後ろを見ると、魔王は床を這うようにして自分に向かって突進してきている。


 よし。まずは第一段階成功。


 唱は、笛を再び服の中にしまった。


 封印の笛を魔王に見せたのは、もちろん偶然ではない。魔王をおびき寄せる餌として、わざと使ったのだ。しかし、同時に、こちらの手の内も明かすこととなるため危険ではあったが、うまく自分だけに魔王の興味を引き寄せる方法を、他に思いつかなかった。


 暗い廊下に出ると、唱は手で壁を伝いながら、一目散に塔の中央広間を目指した。


 後ろを振り返ると、魔王は何十本も足が生えた蜘蛛のような恐ろしい姿になって唱を追いかけてきた。長い廊下が曲がって、中央広間に抜ける狭い通路に入る。背後から、地の底より響くような唸り声が追いかけて来て、背筋が凍り付く。


 声がすぐそばだ。はやく、はやく! はやく広間に出ないとやばい!


 暗闇の中、必死に足を動かすうちに、通路を抜け中央広間に出た。辺りには大きな瓦礫が散乱している。


 よし、この瓦礫の影に身を隠して……


 そう考えていた時、突然、後ろから足を強く引っ張られ、唱は床に転がる。


「しまった! 足に……」


 唱の足には、魔王の蜘蛛の足が何本も絡みついていた。必死に引っ張ったが、もちろん抜けるものではない。


――愚かな人間め。救世主といっても、所詮、一人では何もできないであろう。大人しく、その笛を渡せば、助けてやらぬこともないぞ。


 声と共に、三番目の入り口から、魔王の本体がぐにょりと這い出してきた。


 まずいぞ。全然取れない。どうしたら……


 床に座り込んだまま、少しでも後ろへ下がろうとしていると、ふいにガランと音がして固い物が手に当たった。


「あっ。これ……」


 それは、広間に落ちていた剣だった。ここへ降り立った時、殺された兵が持っていたと思われる剣。反射的に、唱はスラリと剣を抜く。


「誰が渡すかよ!」


 叫ぶなり、絡みつく魔王の足に向かって、剣を振り下ろした。


 ブチ、ブチッという感触があり、唱の足は自由になった。すぐさま立ち上がり、剣を持ったまま近くの階段を駆け上る。


 助かった。剣みたいな物理攻撃も効くんだ。武器ができて良かった……


 必死に階段を上っていると、また、後ろから魔王の声がした。


――おのれ、人間ごときが思い上がるな。よろしい、味わったことのない恐怖を与えてくれるわ。


 振返った唱は、姿を変えていく魔王を見て、言葉を失った。


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