毒を以て毒を制す
ヘドロに姿を変えた魔王が、いよいよ結界を這うように覆い始めた。
ニシモが、またもジェスチャーをする。
「なになに? なんか結界が小さくなってる気がするっす、やばいっす、自信ないっす、だと? おい、大変だ。結界が破られるかもしれないぞ!」
ペザンがどなった。
すでに、結界の半分がじわじわと覆われ始めていた。
YAMAが頭を抱える。
「まずいな。確かにニシモの言う通りだ。ドロドロが結界を押しつぶしているように見える。破られる前に、魔王の攻撃をやめさせないと」
「とりあえず、僕とフオゴ君で、ドラゴンの首を燃やしてぶつけてみます」
「ああ、しかし、魔王が結界を覆う速度が結構速い。何とかなるか……」
しかし、それはほとんど神頼みであることは、この場にいる誰もが思っていた。
ランテも、膝をつき手を組んでブツブツと神に祈りを捧げているようだ。
何とか、何か方法がないか――ドラゴンの悪魔が分裂してくれればいいのに――
そして唱はひらめいた。
「マーニ! 歌え!」
檻の中のマーニは、一瞬で唱の言葉の意味を理解したのだろう。大きく息を吸うと、高らかに歌い始めた。
辺りに黒っぽい霞が漂い、そして、また、大量の悪魔が生まれた。
「カッシーさん、フオゴ! 二人はこっちの悪魔で魔王を!」
「ショウ君、ナイス! よし、悪魔爆弾攻撃、再開します!」
「これだけいれば、燃やし放題だ。魔王め、くらうがいい」
フオゴの讃美歌とKassyの高速ラップがめくるめく歌を作り、床を覆っている魔王の体に、燃える悪魔が次々に落ちていく。周囲は紫色の炎で包まれた。
「わぁ! 少しずつ、ドロドロが引いていってますわ!」
ランテの弾んだ声が聞こえた。
悪魔爆弾はやはり効果的だった。結界にへばりついていた魔王の体は、悪魔爆弾をぶつけられると、びくりとして、潮が引くようにその身を引いていく。
よし、この間に、おれがあのドラゴンを何とか倒そう。
唱は、うねうねと動くドラゴンにできる限り近づき、声を張り上げた。
やがて、魔王の体は結界から完全に離れた。ほっとしたのもつかの間、不気味な声が響き渡る。
――まったく、癪に障る生き物よ。少し惜しくはあるが、小娘から消してくれるわ!
はっとすると、唱が相手をしていたドラゴンの首がのけぞるように跳ね上がり、胴から引きちぎられるように離れ、まっしぐらにマーニの檻に向かって飛んで行った。
やばい! マーニ!
唱は、視界の端でランテがマーニの檻に向かって駆け出すのを見た。
ランテさん、危ない――!
唱が思わず手を伸ばしたとき、闇が檻とランテの姿をかき消した。
ああ――!
頭を金づちで思いっきり殴られたような衝撃で、唱は棒立ちになった。
リュウさんとコモードさんだけでなく、ランテさんも、マーニも……
呆然としていると、どこかから歌が聞こえてくる。
空は青い。海も青い。
それ、船を漕げ。まっすぐに漕げ。
「ペザン?」
見ると、ドラゴンの首はそれ以上前に進んでいない。陸に上がった魚がびちびちと跳ねるように、苦しそうにもがいている。ペザンがドラゴンの首の上に別の悪魔を落とし、動きを封じているのだった。
ペザンの後ろには、ランテと、檻の中にいるマーニの姿が見えた。
「ランテさん、マーニ! 良かった……ペザン、ありがとう!」
唱が声をかけると、ペザンは歌いながら手を動かし始めた。
「なに? 後ろの……おれ……ガッツだぜ? ごめん、ペザンのジェスチャー、全然わかんない」
ペザンがぶんぶん首を横に振る。すると、ランテが言った。
「後ろの二人はおれが守る、とおっしゃってます」
「え? ランテさん、わかるんですか?」
唱が驚くと、ランテはにっこりとした。
「たぶん、そう言ってくださってるんだと思いますわ」
ペザンはうなずき、また身振り手振りをした。ランテが同時通訳する。
「さっきのタイヨウさんの話、感動した。実は、音楽騎士になって、すごいやつらばっかりで、自信なくしてたけど、おれにはおれのできることをやればいいって、教えてもらった気分だ。ありがとう。――とおっしゃってます」
「ええ、嘘? 本当にそんな長台詞言ってます? しかも、そんな微妙なニュアンスまでわかるもの?」
ランテは微笑んだ。
「はい。どんな時でも人と意思疎通できるようにと、父にしっかりしこまれました」
「いやさすがに嘘ですよねそれ!」
唱の突っ込みに、ランテは肩をすくめ、てへっと舌を出した。
二人のやり取りを眺めていたペザンは、満足そうにうなずき、またジェスチャーを始めた。
「ショウ、ここはおれ達に任せて、お前もお前にしかできないことをやれ。魔王は、お前しか倒すことができないんだろ?」
ランテの通訳を聞いた唱は、力強くうなずいた。
「ありがとう。二人も気を付けて。マーニと光の巫女を頼みます」
唱は、どこか安心した気持ちになって、再び結界まで戻った。




