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一つの音

 突然の事態に呆然として、一時戦意喪失状態となっていた唱達だったが、飛んできた声に全員が目を覚ます。


「ショウ様、気を付けて! 悪魔が!」


 マーニの声だった。

 はっとすると、さっきまで動けなくしていたドラゴンの首が再び激しく動いており、大きな口を開けて唱達を飲み込もうとしている。が、結界に阻まれているのか、それ以上は近づかない。


 はじかれたようにKassyがラップを始めた。ラップはどこか泣き声交じりだったが、ドラゴンの首の動きが止まり、フオゴも歌い出す。


 よ、良かった……声小さすぎて聞こえてなかったけど、ニシモだけは歌い続けててくれたんだ。


 唱の背中に、どっと嫌な汗が流れた。もし、ニシモまで歌を止めていたら、全員、すぐに喰われていただろう。しかし、もちろん状況は最悪のままだった。


「リュウ……リュウ……」


 いつもどんな時も動じなかったTaiyoが、まるで別人のように取り乱している。歌うことも忘れ、ふらふらと結界から出ようとしていた。慌てて、唱が手をつかむ。


「タイヨウさん! ダメです。あなたまで、行っちゃダメだ!」

「離して……リュウを、リュウを……」

「タイヨウ、落ち着いてくれ! リュウは……悔しいが、リュウは……! 頼む、お前まで……頼むからお前まで……!」


 YAMAも必死にTaiyoをなだめた。Taiyoは心ここにあらずといった表情でYAMAを見上げ、そして、力なく床にへたり込むと落とした肩を震わせた。


「リュウ……」


 Taiyoをなだめてはいたが、唱も愕然としていた。今起きたことが、まだ信じられなかった。


 リュウさんがいなくなるなんて、そんな、そんなことがあるわけ……


 しかし、現実にRYU-Jinとコモードはいないのだった。


 打ちひしがれている唱達の目の前に人影が立った。


――お仲間がいなくなって、悲しいのね。


 魔王は、またディレトーレの姿になっていた。いつの間に、あのヘドロから姿を変えたのか、蛇のような目をして、薄笑いを浮かべている。


――不思議よね。どうしてあなたはそこまで悲しむのかしら。さっきの彼には、歌の力はないでしょう? まったく価値がないじゃない。いなくても何も変わらないのに、悲しむ必要がどこにあるのかしら?


 魔王の言葉に、唱は血の気が引く思いがした。


 『価値』という言葉に、嫌な記憶がよみがえる。


 高校一年の時のことだ。学校の親睦行事でクラス対抗合唱コンクールが開催されることになり、唱はクラスメートと共に毎日練習に励んだ。


 しかし、あまりにも音痴な唱の歌声が混ざるため、どうしても合唱はうまくいかない。次第に、クラスメートが唱に向ける視線は冷たいものになっていた。


 ある日、クラスメートが陰でこう言っていたのを聞いた。


 常磐津、いる価値なくない? あいつハブって合唱コン出れば、けっこうイケんのにな。


 目の前が真っ暗になった。


 自分には、価値がない。


 それは、唱自身が一番思っていたことだった。自分さえいなければ、合唱はうまくいくだろう。自分一人のせいで皆に迷惑をかけている。自分の歌が下手過ぎるせいで。


 そして結局、唱は仮病を使って合唱コンクールを休んだ。その結果、クラスは三位になった。上級生もいる中、大健闘の結果だった。


 翌日、クラスメートの喜ぶ姿を見て感じた孤独は、忘れられない。


 あの時のクラスメートと魔王が今放った言葉の意図は同じだ。唱も、今までは同じように考えていたかもしれない。


しかし、今、唱は心の底からその言葉を否定したいと思った。だが、言い返したくとも、言葉が見つからなかった。


 すると、乾いた笑い声がした。


「ははは……価値がない、か……そうか、お前のような存在からは、そう見えるんだな……そんなことだけでしか人を見れない、哀れなやつだよ」


 Taiyoだった。彼は、うつむいたまま、低い声でそう言った。


「タイヨウ……」


 YAMAがTaiyoの肩に腕を回した。そして、二人は一緒に顔を上げる。


「全ての人は、一つの音みたいなものなんだ。たとえ、その場でその音がうまくはまらなくたって、必ず別の場所で、その音が必要になることがある。そうやって、たくさんの音が組み合わさって、一つの曲が出来上がる。その曲にとっては、たった一つの音だって失うことはできないんだ。それと同じだよ。価値の無い音がこの世に一つもないように、価値の無い人だってこの世に一人もいないんだ」


 Taiyoの言葉に、魔王はふんと鼻で笑った。


――人間が愚かなのは、そういうところね。そんな考えだから、優れた者達だけを集めて世界を作ることができないのだわ。それ故、争いを起こし、世界を滅ぼしてしまうのよ。


 TaiyoとYAMAは、お互いに体を支え合いながら立ち上がった。


「今のお前の言葉を、別に否定はしない。確かに、この世界には、そういう側面もあると思う。だが、一つだけ、間違いなく言えることがある。価値があるだとないだとか、そんなことでしか人を計れないような考え方じゃなくて、おれ達は幸せだってことさ」


 YAMAがそう言い終えた時、炎に包まれたドラゴンの首が落ちた。魔王が驚いたように後ろを振り返る。


「ふう、やっと燃やすことができた」

「タイヨウさんと違って、僕のラップだと時々動いちゃうので、ちょっと手こずってしまいました」


 フオゴとKassyが親指を立てて、手を上に掲げた。Kassyの目は赤く晴れていた。

 それを見た唱は、ほっとしてうなずいた。


「良かった。倒せますね、おれ達」

「これで意気消沈して全員悪魔に食べられちゃったりしたら、リュウに会った時に棍棒持って追いかけ回されちゃうもんね」


 Taiyoは、また笑顔に戻っていた。だが、その笑顔は、いつもよりどこか寂し気に見えた。


――小賢しい人間どもよ……


 魔王は恐ろしい形相で悔しがったが、やがてその体は溶け始め、またもヘドロと姿を変えた。今度は、ヘドロよろしく、床にドロドロと流れ出し、結界へと迫ってくる。結界をヘドロで覆ってしまおうという考えなのだろう。


 YAMAが悪態をつく。


「どっちが小賢しいんだよ!」


 いつもだったら、リュウさんの役目だったな。こういうツッコミ。


 ふと、同じことを言っているRYU-Jinの姿が思い浮かんで、唱の鼻の奥がツンとした。


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