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力無き力欲する者

――人間は、豊かである程、思い上がって残酷になれるの。得た利益を手放さないようにするためにね。この闇と悪魔は、そんな愚かな人間に罰を与えるためのもの。でも、安心するがいいわ。この光の巫女の力で、少しだけ夢を見せてあげるのだから。


 タメラの体を撫でまわしながら魔王がニタリと笑う。タメラは焦点の合わない目のまま、ぴくりとも動かない。


 怒ったマーニの声が飛んできた。


「この嘘つき! タメラに歌の力はないのに、こんなひどいことに巻き込んで!」


――あらあら、お友達になんて酷いことを言うお嬢ちゃんかしら。


 魔王が可笑しそうに、くくく、と笑う。


 フオゴとペザンが怪訝そうな顔をした。


「ちょっと待て。今、光の巫女に歌の力はないと言ったな? おれは何度も見たぞ。光の巫女が歌って空が晴れたところを。あれがまやかしだったとでも言うのか?」

「そうだ、ショウめ。なんて無礼なことを言うんだ。光の巫女がニセモノなはずないだろう!」


「あ、そうか。言ってなかったよね。原典と、おれの本当の力のこと」


 唱が説明すると、二人は目を丸くした。


「なんと……驚いたな。確かに、あの時、なぜ空が晴れたのかと思っていたが……」

「こら、ショウ! ずるいぞ。自分一人だけ美味しいとこ持ってくなんて、許さないからな!」

「うん。でも、一度に大量の悪魔を倒さないといけないから、効率悪いんだけどね。それとペザン、人聞きの悪いこと言うな」


 しかし、フオゴは今一つ腑に落ちていないようだった。


「だが、わざわざ偽物の光の巫女をでっちあげる理由はなんだ? 魔王が空を晴らせるなら、自分が光の巫女に化けた方が手っ取り早いんじゃないのか?」


 YAMAが言う。


「神書を完璧に再現するためだろうな。神書と状況が似れば似るほど、多くの人を無条件に信じさせることができる。光の巫女は、どうしても、歌が抜群にうまい必要があった。魔王は、自分では歌えなかったから、歌のうまい人間を探して利用したんだろう」


 じっと唱達の話を聞いていた魔王が、突然高らかに笑った。


「なんだよ。何がおかしいんだよ?」


 RYU-Jinがイライラとした口調で食って掛かると、魔王は笑い顔から突然真顔になった。その変わりようが人間のそれとは違い過ぎ、ぞっとする。


――勘違いしないでね。この子は、自分の意思で光の巫女になることを決めたのよ。


「……えっ……?」


 魔王は薄く笑った。


――人間は愚かよ。特に、力無き力欲する者は。目の前に、“力”という餌をぶらさげるだけで、簡単に悪魔に魂を売るのだから。あの国王と、おんなじね。


「嘘……」


 信じられないといった様子のマーニの声が聞こえてきた。しばらくして、マーニは静かに言った。


「タメラ……バカね……そんなことしなくても、良かったのに……」


 そして、マーニは鉄格子から顔を突き出さんばかりの勢いでタメラに呼びかけた。


「ねぇ、タメラ。タメラ、聞いてる? なんでニセ光の巫女なんかになっちゃったの? あんたの歌は、それだけで素晴らしかったのに。あたし、小さい時から、ずっとタメラの歌に憧れてたのに。本当に、大好きだったのよ。あんたの歌は、歌の力なんてなくても、たくさんの人を幸せにできるの。悪魔なんかに使われるためにあるものじゃない。ねぇ、お願い、タメラ、目を覚まして!」


 その時、唱は気づいた。


 マーニの呼びかけが続くうちに、次第に、タメラの目に光が帯びていくのを。


 いつかペトラン村で会った、少し気弱そうな少女の顔つきに戻っていくのを。


 そして、突然、耳をつんざくような悲鳴が辺りに響いた。


「あぁ……いやぁああ! 離してぇええ!!」


 タメラが叫んだのだ。

 彼女は、細く華奢な体で、縄のように巻き付いた魔王の腕の中から逃れようと、必死にもがいていた。


 泣きながら、タメラが叫び続ける。


「ごめんなさい……ごめんなさい……私、どうしても歌を褒めて欲しくて……光の巫女になれば、たくさんの人に褒めてもらえると思って……父さんや母さんや、周りのみんなを見返せると思って……でも、バカだった。光の巫女になって歌っても、みんなに褒めてもらっても、つらくて、心苦しくて……もう、私、歌いたくない……!」


 体に巻き付いている腕から逃れられないとわかると、タメラは魔王に向き直り、まるで子供が母親にすがりつくようにして懇願した。


「お願いです。もう、やめてください。もう、嘘はいや。みんなを騙すのはいやなの。私、もう歌えない。もう、光の巫女をやめさせてください、お願い……!」


 悲痛な叫びを聞きながら、唱は何とも言えない気持ちになった。


 ペトラン村で聞いた、タメラの告白。


 素晴らしい能力を持っているのに、それを無視され、できないところばかり悪し様に言われ続けたら、どんな惨めな気持ちになるだろうか。


 彼女のしたことは、確かに過ちだった。許されることではない。だが、頭ごなしに非難する気にはなれなかった。


 そして、許されざるべきは、その悲しみを巧みに利用した魔王であった。


 その魔王にとって、タメラの行動は予想外だったのだろう。一瞬顔をゆがめると、魔王はタメラをつかんでゴミのように放り投げた。


「きゃあっ」


 その場にいた全員が「あっ」と思う間もなく、タメラの体は宙を舞って壁にたたきつけられ、どさりと床に落ちた。

 ぐったりと倒れたまま、タメラは動かなくなった。


「タメラぁあああ! やだぁあああ!」


 祭壇室に、マーニの叫び声が反響した。


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