5回目 現地の目線 1
「さて、色々な事が変わっていきますな」
「いや、誠に」
日本帝国江戸。
かつては将軍のお膝元、幕府の中心地として栄えた都。
しかし、公武合体がなされた今は、将軍家直轄地という扱いになっている。
政治の中心は京都に戻り、今は地方都市というべき場所になっている。
とはいえその権勢が衰えるわけでもなく。
膨大な人口を土台とした巨大都市としての機能は続いている。
ただ、幕府の機能は朝廷に吸収され。
その機能はほぼ軍事に限定されるようになった。
政治の担い手はあらためて公家などに戻り。
政治のあり方が少しずつ変わっていっている。
とはいえ、それは新しい何かになったというのも違う。
もともと存在していた皇室や貴族に実権が戻ったというべきだ。
そういう意味では、復旧や復古というものだろう。
なるほど、王政復古とはよくいったものだ。
とはいえ、いきなり実権が戻っても全てが変わるわけではない。
政治の担い手が武士であったのは確かだ。
その武士をいきなり排除しては、全てが滞る。
なので、武士の中に貴族が入り。
貴族の中に武士が入るようになっていっている。
それもまずは少しずつ、小さな所から始まっていた。
江戸も例外ではない。
江戸城の中は相変わらず武士が活動している。
政治の中枢は彼らが担っている。
そこに公家や貴族が入り、仕事の仕方を引き継いでいる最中だ。
もっとも、それらはそう簡単にはいかない。
武士の世の中は鎌倉時代から長く続いた。
徳川家の江戸時代だけでも200年は続いている。
その蓄積の中で培われた事が全てを引き継ぐのは並大抵の事ではない。
有形無形で伝達されてきた仕事のやり方。
それを継承するだけで時間がかかる。
そんな江戸で、末端の武士と公家が仕事をこなしながら言葉を交わす。
「朝廷と幕府が一つになり。
これで公家の世の中になると思ったのですが」
「いや、これほどの難事とは」
お互い、江戸城の一角…………ではなく。
江戸のとある場所になる出張所。
そこで仕事に従事している。
もちろん仕事の引き継ぎの為なのだが。
これが予想以上に手間取っていた。
これは、武士の方が意地悪して仕事を教えてないからではなく。
公家が無能で仕事をおぼえられないからではなく。
それだけ仕事が難しいからだった。
日常的な事項ならさほど難しくは無い。
毎日やっていれば自然とおぼえられるものがほとんどだ。
しかし、突発的な事態などへの対処となるとそうもいかない。
そういった時にどうするのか。
これらを身につけるのが大変だった。
「いや、よくぞこれだけの事をこなしておられた」
「まあ、代々の仕事ですから」
感心する公家と、少々照れくさそうな武士。
「いや、これを我らがやっていくのかと思うと。
ただただ気が重い」
「とはいえ、公武合体、大政奉還もなされた事ですし」
「まこと、その通りなのであるが。
いや、こうなると気が重くて。
贅沢な事を言っているのは分かってますが」
「大変ですな、公家の方々も」
そこで二人ともため息を吐く。
公武合体。
それは朝廷と幕府を対等とするものではない。
そもそもとして、幕府は朝廷の一部門である。
実態や実力はどうあれ、形式上そうなっている。
それが本来の形に戻るとなれば、幕府は吸収されていくのが当然。
なので、公家が仕事を引き継ぐ事になるのだが。
やってみてはじめて分かる事がある。
武士が担っていた実務。
やってみるとその大変さがのしかかってくる。
最初は政治権力が戻ってくると喜んでいた公家だが。
実際にやってみると、そんな甘い事ではないのがよく分かる。
「これは大変な事になった」
そんな声が現場からあがってくる。
権力の上位にいけばその声はより強くなる。
公武合体、大政奉還、王政復古。
それによって権力が戻ってきたとて、素直に喜べるものではなかった。
「いや、こう言ってはなんだが……。
いっそ、武家の方々にこのまま残ってもらった方が良いのではと思えてくる」
「そう言ってもらえるとありがたい。
我らの存在が無駄ではないと思える」
そんなやりとりも実際にそこかしこで起こっていた。
とはいえ、決まった事を覆せるわけもなく。
辛く苦しくても仕事をこなしていくしかなかった。
ただ、武士を吸収していくというのは実際に起こってはいた。
朝廷の役職の中に武士を配置し、実務を担わせていく。
そうする事で、武士が排除されるのを極力防ぐ。
そういう形にはなっていった。
また、それに伴い、省庁も統廃合されていく。
新たに設置されるものもあり。
消えていくものもある。
ただ、極力実務担当者を無駄にする事の無いよう取り計らってはいた。
そのままいけば、ゆるやかに、しかし確実に統合がなされていただろう。
しかし、歴史の流れは、国家の意思はそれを許さない。
「これからどうなるやら」
「さて、先のことはなんとも」
二人が目先の仕事に追われてる中。
それは確実に日本に接近してきていた。
翌日。
彼らのいる江戸の先。
浦賀にアメリカ艦隊が来航する。
後の世に言う黒船来航である。
その事を知らない彼らは、まだ目の前の問題だけに悩む事が出来ていた。
その事を二人は、後に振り返り、
「あの頃はまだ幸せだった」
「まったくです」
そう語り合うことになる。