34回目 現地の目線 4
「すげえな」
フィリピンに降り立った男は、飛行場から出て素直な感想を口にした。
最近増えてきた航空便。
この空を飛ぶ移動手段によって、各地は短時間で結ばれるようになった。
その分値段もはるが、金より時間をとる者達には都合が良い。
そのおかげで、無茶な日程の仕事も申し渡される事も多くなったが。
男もご多分にもれず、そうした無茶を強いられた一人だった。
日本社会は空前の繁栄の中にいた。
公武合体によってなされた真の意味での日本統一。
その直後にやってきた黒船による海外への進出。
フィリピン解放に始まる、世界との関わり。
三つの大戦を乗り越えて確立した、列強としての地位。
それを支える日本社会そのものの発展と成長。
そして、その支援によって発展していく諸外国。
それは列強の植民地だった国々を取引相手にしていった。
おかげで、日本企業の多くは海外との取引に躍起になっていっている。
とはいえ、全ての会社がそうというわけではない。
海外に進出するほどの大手はまだ一部。
大半は海外とは無縁だ。
それでも先々を考えて、海外の情報も取り入れようという所もある。
男の会社はまさにそういう考えを持っていた。
「とはいえ……」
到着した空港で立ち尽くす。
現地調査という名目で飛ばされてきたのは良い。
しかし、その実態はというと、行き当たりばったり。
現地に行って色々調べてこいとは言われたが。
具体的に何をどうするかは言われてない。
『それも含めて色々調べてこい』
そんな曖昧な事を言われて飛行機に放り込まれた。
「なに考えてんだか」
呆れるしかない。
会社も何を調べればいいのか分かってないのだ。
会社の職種や業種にあわせた事を調べれば良いのだろう。
それも含めて男にお任せである。
「大丈夫なのか、うちの会社」
そんな心配が頭をもたげてくる。
だが、この時期の日本企業はだいたいこんなものだ。
上り調子の社会の様相をあらわしたかのように。
とにかく体一つで飛びこんで、あとは野となれ山となれ。
上手くいけば儲けもの、失敗しても仕方が無い。
そんな博打打ちじみた考えで様々な事に手を出している。
恐ろしい事に、そんな事が許されるほどの余裕がある。
利益はとにかく出ていて、会社の懐にはかなりの金が入ってきている。
その金をもとに、様々な事に手を出していく。
未発見の何かを探す研究開発とはそういうものではあるが。
しかし、それにしても当てずっぽうが過ぎる。
だが、そういった無鉄砲な行動が今の日本を牽引してもいた。
もとより、やり方がまだ確立されてない。
一部の大企業はともかく。
海外に出たことも無いような企業にとっては、全てが手探りだった。
だから無謀な指示を出してでも、何かをつかもうとしていた。
挑戦する姿勢は評価するべきだろう。
ただ、使われる社員はたまったもんじゃない。
とりあえず、現地の通訳を雇い、そこからあちこちを探索しようと思った。
幸い、それくらいの経費はおりている。
あとは、自分の足を使うしかない。
「お待たせしました」
やってきたのは、現地人の通訳。
意外なほど日本語が上手かった。
「よろしく頼む」
そう言って、さっそく案内を頼む。
とりあえず企業が密集した地域や商業施設などを。
この国で最も盛んな場所を見ておきたかった。
そうして様々な所に足を運ぶ。
日本に比べれば道路も鉄道も少ない。
整備が遅れている。
だが、長年植民地としてろくな整備もされてこなかったのだ。
それを考えれば、かなりととのっている方なのだろう。
(とはいえ)
急激に発展している。
だからこそ、行き届いてないところが見える。
何というか、荒々しい。
工事現場があちこちに見える。
(商売相手としてはなあ……)
そこが少し悩ましい。
需要はあるだろう。
それは間違いない。
しかし、食い込めるかどうか。
そこが問題だった。
土木建設会社だったらともかく。
中堅の会社で果たして何が出来るのか。
「でもまあ……」
活気はある。
これはしばらく続くだろう。
どこかで止まるにしても。
その勢いの中に入る事が出来れば、儲けは出せる気がする。
「なあ、もうちょっと色々つれていってくれ」
通訳に頼んで、色々な所へと向かう。
フィリピン到着当初は市街地をまわった。
そこに商機が無いかと思って。
それから、郊外へと向かう。
町の外がどうなってるのかを見ておきたかった。
そうすると、町の景色が一変した。
「なんとまあ……」
驚くほど何もない……といっては失礼かもしれない。
しかし、市街地を出るとそこは野原に近い姿があらわれた。
発展してるとはいえ、それは限られた地域だけ。
それ以外は手つかずの場所が残っている。
「なるほど」
それで分かった気がする。
この国は、フィリピンはまだ全てにおいて遅れてるのだと。
しかし、それが男に閃きをもたらした。
それは思いつきと言えるものだ。
だが、根拠は無いが確たる自信があった。
それから男は精力的に動き出した。
その足は市街地ではなく、その外へと向かう。
通訳とともに様々な所に向かい、様々な事を見聞きする。
カメラを使い、現地の人間の声も聞き。
地図を何度もにらみつけた。
そして本社に向かって何度も電報をうち。
覚え書きをいくつも書き留め。
それらを報告書になんとかまとめていく。
そうして出張期間の全てを最大限に使っていった。
男のフィリピン滞在は一ヶ月。
なかなかの長期間だ。
しかし、こうでもしないとまともな調査は出来ない。
旅客航空便があるとはいえ、それはそうそう使えるものではない。
なので、海外の事を調べようとしたら、誰かを長期滞在させた方が都合が良い。
海外旅行が学生でも気軽に楽しめるようになるのは、もっとずっと後の時代なのだから。
そうして調べ上げた情報を会社に提出していく。
重役会議に呼ばれ、所見を発表もしていく。
その場で、フィリピンについて感じた全てをぶちまけていった。
「あの国はまだまだです」
それはゆるぎもない事実だ。
「だから大きな、絶好の機会が転がってます」
そうも感じた。
発展した市街地と、その外に存在する原野。
それを見た時に感じた。
「その原野は開発可能な可能性です」
まだ市街地は発展するだろう。
となれば、その外に広がる地域は、将来の都市部になりうる。
「いち早くそこに出向き、我々の手で全てを作り上げます」
希有壮大な話だ。
熱に浮かされてると言ってもよい。
だが、その熱に誰も感化されていく。
やらねばならない事が山積みなのは分かる。
外国なので、日本とは勝手が違うという事も。
しかし、それでもだ。
その夢をつかみたいと思ってしまう。
時代なのだろう。
合理的に考えれば割に合わない。
成功もおぼつかない。
博打の要素が強すぎる。
そう判断されておかしくない報告と提案だった。
だが、そんなものが押し通ってしまう雰囲気が日本にあった。
男の報告を受けた重役会は、フィリピンへの進出を決定する。
もちろん、事前の調査を前提として。
また、外務省やフィリピン政府との接触もはじめていく。
国外に出るのだ、どうしたって政治は避けられない。
その上で、何が出来るのか、何をするべきなのかを見定めていく。
恐ろしい事に、それすらも分からぬままに話を進めているのだ。
それでも勢力下の各国の発展は、日本政府の願いでもある。
日本政府、および外務省は中堅企業の提案を受け入れ、必要な情報を提供していく。
また、フィリピン政府にも話を通していく。
それを受けたフィリピン政府…………ここでは大使館が企業と接見の場をもうけていく。
そして。
男は再びフィリピンへと飛ぶ。
今度は以前よりもう少し長い駐留になる。
それも承知で男はやってきた。
あるかないかも分からない可能性に賭けて。
「どうも」
「お久しぶりです」
以前も雇った通訳。
彼にまた付き合ってもらう。
「今度は長くなるかもしれない」
「それはありがたいです。
稼がねばならないので」
「だろうな。
人間、食っていかなくちゃならん」
下世話な本心を見せる通訳。
その正直さに、逆に安心する。
本音が分かれば、人間やりやすい。
「とりあえず、つれていってくれ」
「はい、どうぞこちらへ。
車を用意してあります」
そう言って二人は待機させていた車へと向かう。
日本では型落ちの、フィリピンでは一般的な自動車に。
後年。
この会社はフィリピンとの取引で名をなしていく。
また、この男はフィリピン初の駐在員となり。
そしてフィリピン支社長へと出世する。
また、通訳として雇った男は、フィリピン側の代表者としてこれまた名をはせていく。
そんな未来など全く知らない二人は。
何もない原野に、輝く未来を描こうとしていた。