表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/70

34回目 現地の目線 4

「すげえな」

 フィリピンに降り立った男は、飛行場から出て素直な感想を口にした。


 最近増えてきた航空便。

 この空を飛ぶ移動手段によって、各地は短時間で結ばれるようになった。

 その分値段もはるが、金より時間をとる者達には都合が良い。

 そのおかげで、無茶な日程の仕事も申し渡される事も多くなったが。

 男もご多分にもれず、そうした無茶を強いられた一人だった。



 日本社会は空前の繁栄の中にいた。

 公武合体によってなされた真の意味での日本統一。

 その直後にやってきた黒船による海外への進出。

 フィリピン解放に始まる、世界との関わり。

 三つの大戦を乗り越えて確立した、列強としての地位。



 それを支える日本社会そのものの発展と成長。

 そして、その支援によって発展していく諸外国。

 それは列強の植民地だった国々を取引相手にしていった。

 おかげで、日本企業の多くは海外との取引に躍起になっていっている。



 とはいえ、全ての会社がそうというわけではない。

 海外に進出するほどの大手はまだ一部。

 大半は海外とは無縁だ。

 それでも先々を考えて、海外の情報も取り入れようという所もある。

 男の会社はまさにそういう考えを持っていた。



「とはいえ……」

 到着した空港で立ち尽くす。

 現地調査という名目で飛ばされてきたのは良い。

 しかし、その実態はというと、行き当たりばったり。

 現地に行って色々調べてこいとは言われたが。

 具体的に何をどうするかは言われてない。

『それも含めて色々調べてこい』

 そんな曖昧な事を言われて飛行機に放り込まれた。



「なに考えてんだか」

 呆れるしかない。

 会社も何を調べればいいのか分かってないのだ。

 会社の職種や業種にあわせた事を調べれば良いのだろう。

 それも含めて男にお任せである。

「大丈夫なのか、うちの会社」

 そんな心配が頭をもたげてくる。



 だが、この時期の日本企業はだいたいこんなものだ。

 上り調子の社会の様相をあらわしたかのように。

 とにかく体一つで飛びこんで、あとは野となれ山となれ。

 上手くいけば儲けもの、失敗しても仕方が無い。

 そんな博打打ちじみた考えで様々な事に手を出している。



 恐ろしい事に、そんな事が許されるほどの余裕がある。

 利益はとにかく出ていて、会社の懐にはかなりの金が入ってきている。

 その金をもとに、様々な事に手を出していく。

 未発見の何かを探す研究開発とはそういうものではあるが。

 しかし、それにしても当てずっぽうが過ぎる。



 だが、そういった無鉄砲な行動が今の日本を牽引してもいた。

 もとより、やり方がまだ確立されてない。

 一部の大企業はともかく。

 海外に出たことも無いような企業にとっては、全てが手探りだった。

 だから無謀な指示を出してでも、何かをつかもうとしていた。



 挑戦する姿勢は評価するべきだろう。

 ただ、使われる社員はたまったもんじゃない。



 とりあえず、現地の通訳を雇い、そこからあちこちを探索しようと思った。

 幸い、それくらいの経費はおりている。

 あとは、自分の足を使うしかない。



「お待たせしました」

 やってきたのは、現地人の通訳。

 意外なほど日本語が上手かった。

「よろしく頼む」

 そう言って、さっそく案内を頼む。

 とりあえず企業が密集した地域や商業施設などを。

 この国で最も盛んな場所を見ておきたかった。



 そうして様々な所に足を運ぶ。

 日本に比べれば道路も鉄道も少ない。

 整備が遅れている。

 だが、長年植民地としてろくな整備もされてこなかったのだ。

 それを考えれば、かなりととのっている方なのだろう。

(とはいえ)



 急激に発展している。

 だからこそ、行き届いてないところが見える。

 何というか、荒々しい。

 工事現場があちこちに見える。

(商売相手としてはなあ……)

 そこが少し悩ましい。



 需要はあるだろう。

 それは間違いない。

 しかし、食い込めるかどうか。

 そこが問題だった。

 土木建設会社だったらともかく。

 中堅の会社で果たして何が出来るのか。



「でもまあ……」

 活気はある。

 これはしばらく続くだろう。

 どこかで止まるにしても。

 その勢いの中に入る事が出来れば、儲けは出せる気がする。

「なあ、もうちょっと色々つれていってくれ」

 通訳に頼んで、色々な所へと向かう。



 フィリピン到着当初は市街地をまわった。

 そこに商機が無いかと思って。

 それから、郊外へと向かう。

 町の外がどうなってるのかを見ておきたかった。

 そうすると、町の景色が一変した。



「なんとまあ……」

 驚くほど何もない……といっては失礼かもしれない。

 しかし、市街地を出るとそこは野原に近い姿があらわれた。

 発展してるとはいえ、それは限られた地域だけ。

 それ以外は手つかずの場所が残っている。

「なるほど」

 それで分かった気がする。

 この国は、フィリピンはまだ全てにおいて遅れてるのだと。



 しかし、それが男に閃きをもたらした。

 それは思いつきと言えるものだ。

 だが、根拠は無いが確たる自信があった。



 それから男は精力的に動き出した。

 その足は市街地ではなく、その外へと向かう。

 通訳とともに様々な所に向かい、様々な事を見聞きする。

 カメラを使い、現地の人間の声も聞き。

 地図を何度もにらみつけた。



 そして本社に向かって何度も電報をうち。

 覚え書きをいくつも書き留め。

 それらを報告書になんとかまとめていく。

 そうして出張期間の全てを最大限に使っていった。



 男のフィリピン滞在は一ヶ月。

 なかなかの長期間だ。

 しかし、こうでもしないとまともな調査は出来ない。

 旅客航空便があるとはいえ、それはそうそう使えるものではない。

 なので、海外の事を調べようとしたら、誰かを長期滞在させた方が都合が良い。

 海外旅行が学生でも気軽に楽しめるようになるのは、もっとずっと後の時代なのだから。



 そうして調べ上げた情報を会社に提出していく。

 重役会議に呼ばれ、所見を発表もしていく。

 その場で、フィリピンについて感じた全てをぶちまけていった。

「あの国はまだまだです」

 それはゆるぎもない事実だ。

「だから大きな、絶好の機会が転がってます」

 そうも感じた。



 発展した市街地と、その外に存在する原野。

 それを見た時に感じた。

「その原野は開発可能な可能性です」

 まだ市街地は発展するだろう。

 となれば、その外に広がる地域は、将来の都市部になりうる。

「いち早くそこに出向き、我々の手で全てを作り上げます」



 希有壮大な話だ。

 熱に浮かされてると言ってもよい。

 だが、その熱に誰も感化されていく。

 やらねばならない事が山積みなのは分かる。

 外国なので、日本とは勝手が違うという事も。

 しかし、それでもだ。

 その夢をつかみたいと思ってしまう。



 時代なのだろう。

 合理的に考えれば割に合わない。

 成功もおぼつかない。

 博打の要素が強すぎる。

 そう判断されておかしくない報告と提案だった。

 だが、そんなものが押し通ってしまう雰囲気が日本にあった。



 男の報告を受けた重役会は、フィリピンへの進出を決定する。

 もちろん、事前の調査を前提として。

 また、外務省やフィリピン政府との接触もはじめていく。

 国外に出るのだ、どうしたって政治は避けられない。

 その上で、何が出来るのか、何をするべきなのかを見定めていく。

 恐ろしい事に、それすらも分からぬままに話を進めているのだ。



 それでも勢力下の各国の発展は、日本政府の願いでもある。

 日本政府、および外務省は中堅企業の提案を受け入れ、必要な情報を提供していく。

 また、フィリピン政府にも話を通していく。

 それを受けたフィリピン政府…………ここでは大使館が企業と接見の場をもうけていく。



 そして。

 男は再びフィリピンへと飛ぶ。

 今度は以前よりもう少し長い駐留になる。

 それも承知で男はやってきた。

 あるかないかも分からない可能性に賭けて。

「どうも」

「お久しぶりです」

 以前も雇った通訳。

 彼にまた付き合ってもらう。

「今度は長くなるかもしれない」

「それはありがたいです。

 稼がねばならないので」

「だろうな。

 人間、食っていかなくちゃならん」

 下世話な本心を見せる通訳。

 その正直さに、逆に安心する。

 本音が分かれば、人間やりやすい。

「とりあえず、つれていってくれ」

「はい、どうぞこちらへ。

 車を用意してあります」

 そう言って二人は待機させていた車へと向かう。

 日本では型落ちの、フィリピンでは一般的な自動車に。



 後年。

 この会社はフィリピンとの取引で名をなしていく。

 また、この男はフィリピン初の駐在員となり。

 そしてフィリピン支社長へと出世する。

 また、通訳として雇った男は、フィリピン側の代表者としてこれまた名をはせていく。



 そんな未来など全く知らない二人は。

 何もない原野に、輝く未来を描こうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ