33回目 現地の目線 3
「それでは、この条件で」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って互いに書類に署名をしていく。
これで取引が成立した。
所は台湾。
台湾の統治府と、日本の商社の間でとある事業が締結された。
これにより、台湾での商社の商業活動が開始される。
ここ最近はこういった事が多くなっている。
それだけ台湾の成長が著しいという事だ。
実際、台湾統治府による政策が功を奏し、農業などが発展している。
これによる食料の安定供給によって、台湾は最初の安定を得た。
続いて、教育による人材育成と、機材輸入による生産効率の向上。
これらも多少の失敗はあったものの、概ね成功していっている。
こうして台湾の人口が安定、それなりの市場として成り立つようになった。
それを見計らって、多くの商社が台湾を訪れるようになった。
以前から台湾との取引を続けていた所もあったが。
ある程度の体力がないとそれはつとまらなかった。
何せ、日清戦争後しばらくは安定してなかった台湾である。
利益よりも損失の方が大きくなる可能性が高かった。
それに堪えられるだけの体力のある企業で無いと、損失を受け止められない。
継続的に取引をすれば、全体で黒字にはなるのだが。
時折出てくる赤字も莫大で、それなりの覚悟が必要だったのだ。
そんな台湾も、ようやく良い方向に変わってきている。
その一端を、商社の男は目の前の台湾統治府の担当者に見ていた。
台湾原住民であるという男に。
当初の台湾統治は、日本によって行われていた。
統治府は日本人だけで構成されている。
現地住民からすれば面白くはないだろう。
だが、こうでもしなければ話が進まない。
それほど色々なものが足りなかった。
なにより、統治能力が足りなかった。
そんな統治府であるが。
現地住民の能力が上がるにつれて、だんだんと変わっていった。
まずは、下級官僚に現地住民を採用。
徐々にその比率を上げていき、今ではある程度の役職者まで台湾住民が占めるようになっている。
もとより、そのつもりで運営されている統治府だ。
この流れは想定通りのものである。
ゆくゆくはこの統治府が台湾政府となり。
そのまま独立までもっていく。
日本としてはそういう形を望んでいた。
ただ、独立しようにも、まだまだ産業などはおぼつかない。
現地住民である台湾人による企業などは、日本に比べればつたない段階だ。
その為、日本の商社などがやってきて、取引を行っている。
それもいずれ、台湾企業が担うようになるかもしれないが。
「────そうなれば、我々は強力な競争相手としのぎを削らねばなりませんが」
商社の人間は苦笑しながら思いを漏らす。
統治府の台湾人担当者も、
「申し訳ありませんが、我々としてはそれこそが望みですので」
と苦笑を浮かべながら応える。
「まあ、そうであればこそ、健全な状態でしょう」
「そうであって欲しいものです。
それが出来るだけの者達が生まれてくれれば、ですが」
「いや、大丈夫でしょう。
そう遠くないうちに台湾では様々な産業が興る。
我々としてはそれが脅威でしょうがない」
偽らざる本音ではある。
競争相手が増えるのは、商売としては困った事ではある。
しかし、それはそれでありがたい面もある。
直接台湾で事業を興すよりは楽という事も。
直接介入し、現地の人間を教育し、育て、産業を興していく。
それはそれで手間と時間と金がかかる。
現地人の扱い方、慣習や考え方も考慮しないといけない。
それくらいならば、ある程度育った現地企業と取引をした方が良いこともある。
あちらが作った製品だけを買い取ればいいのだから。
失敗するかもしれない投資をするよりは安全性は高い。
それだけ信頼できる相手がいればだが。
商社としては、そういった者達との取引が出来るなら、それに超したことはない。
それが強力な競争相手になるのは困るが。
さりとてこればかりはどうしようもない。
今は取引相手として台湾が成長してくれる事を願うばかりだ。
「となれば、こちらも我が台湾企業を紹介したいところです。
せっかくの締結なのですし」
「それは是非お願いします」
「こちらこそ」
そう言って取引は次の段階へと進んでいく。
商社による台湾との取引はまだまだ始まったばかり。
統治府担当者に促され、商社は続くもう一歩を踏み出そうとした。




