9 人形は冒険者になりたい ②
~~~~前回は~~~~
美少女からもらった髪で毛をはやした
俺はリーシャに連れられ、英雄国内にやって来ていた。
街には活気があり、多くの人々が行き交っている。上空から見た桔梗院皇国とはまた違った趣がある。
言うなれば、商業国家と、軍事国家みたいな違い。
「じゃあさっそくギルドに行きましょう」
リーシャがご機嫌に歩き出す。
冒険者になるにはギルドに行き、所定の審査と試験を受ける必要があるという。
「試験……? 審査……? 俺、通るのかな?」
紛いなりにも俺は、元無能の現身元不詳のホームレスである。自信なんてあるわけない。
「タツヤなら大丈夫よ。私が保証する。街道での戦闘を見る限り、能力はまず問題ないし。身元は……そうね、うん、それもなんとかなると思うわ」
「メルセデス様がそう言うのなら、まず間違いないですな! がっはっは!」
そう言って逞しく笑ったのはダマだ。
大怪我を負っていた彼だったが、リーシャがスキル【聖光気】を使ってすっかり直してしまった。
なんでもリーシャは、【聖光騎士】なる聖なる力による回復支援スキルと攻撃スキルの両方を高次元で扱えるものすごく希少なクラスの持ち主であるとか。
あれほどの大怪我を一瞬でほぼ完治させてしまうのだから、リーシャは本当にすごい。
やっぱりみんな、俺にはない、ものすごい力を持っているものなんだなってあらためて感心した。
もしかすると俺ってけっこう強いんじゃないか? とか少し勘違いを始めていたところだったので、勘違いをあらためるのにもちょうど良かったな。
「ダマさんはA級冒険者なんですよね」
そんなわけで、怪我から立ち直ったダマとは今ではすっかり仲良しだ。
「まさしく。冒険者のランクはS、A、B~Eと階級があります。タツヤ殿! 冒険者になった暁には是非それがしがお供いたしますぞ! いつでも声をかけてくだされ! 神に誓って、タツヤ殿には誰にも傷一つ付けさせませぬ!」
「いやいや、カミに誓うとか言っているけどダマさん、でもそんな髪、あなたには一本も生えていないじゃないですかあー」
「ぐわっはは! たしかにそうです! こりゃ一本とられましたな! ぐわっはっは!」
ちなみにダマさんとのやり取りを聞いているリーシャは、なぜかブルルといつも寒そうにする。
まあしかし、雨降って地固まる――ではないが、意気投合出来る相手ができたというのは、とても素晴らしいことだ。
二人に連れられて、冒険者ギルドに到着する。
建物は石造りで飾り気のない四角いだけの建物で、仮にここでモンスター同士が争いを始めようとも、決して崩れそうにはない頑丈そうなたたずまいだった。
「セブンス、”ホーリーランス”のメルセデス様だ……!」
「相変わらずお美しいぜ!」
「なっ――!? しかも”カミソリヘッド”のダマまでいるぞ! すごい組み合わせだ……」
建物に入ると、中にいた冒険者たちが一緒の二人を見てざわつきだす。
どうやらこの二人はかなり名の知れた冒険者であるようだ。
それぞれなんかカッコいい異名まで持っているし。
「うん……? てか誰だあの黒髪。見たことねえな。青白い顔しやがって、もしかして元引き籠もりかなんかか?」
「武器も持ってねえ。ボロボロの追いはぎみたいな服着てるし……」
「なんであんな弱そうなやつが、二人と一緒にいるんだ?」
まあ、そうなるよな。分かるよ。
しかも存外に、わりとどの感想も的確だ。
たしかに俺は元引き籠もりで、この服も追いはぎしたもので間違いない。あんたたちすごいな。大した観察眼だ。やるじゃねえか。とりあえず褒めといてやるよ。
「彼をギルド冒険者として登録したいんだけど」
受付に行き、嬢にリーシャが告げる。
嬢は少し訝しげだった。
「……メルセデス様のご紹介ということで、よろしいのでしょうか?」
「そうよ」
突然、周囲にざわめきが走る。
「――――メルセデス様が紹介人!?」
「どういうことだ!」
「なぜあんなやつをあのホーリランスが!?」
受付嬢は俺の外見を吟味し、慎重な様子で告げた。
「どちらのお家の方ですか?」
「俺は……そうですね、敢えて言うならホームレスですかね」
「ほ、ほおむれす?!」
「ほーむれすだと!?」
正直に答えてしまった俺に、嬢から周囲の野次馬まで全てが嘲るような悲鳴を上げる。
「タツヤ、私に任せてもらえる?」
すると肩をポンとリーシャに叩かれた。暗に少し黙ってろと言っているのだろう。
「たしかに彼には身元がないわ。でも私が全てを引き受け、保証するから。そちらの手続きは問題なく進めてもらってけっこうよ」
「メ、メルセデス様がそのホームレスの身元を引き受けるというのですかっ!?」
「……ねえ、……ホームレス? いくら当人がそう表現したとはいえ、仮にも彼は私が後見となった者。その者に対し、あなたがそれを言うのは失礼ではなくて? 訂正してもらえるかしら」
「…………! も、もうしわけありません! ど、どうかご容赦を!」
平に平に恐縮する受付嬢。なんか気の毒だった。
だから苦笑して諫めるつもりで俺はリーシャに言う。
「リーシャ、なんだか女王様みたいな振る舞いだな」
「――――ッ!!」
「リーシャ! ――だと!?」
「こいつメルセデス様をリーシャと呼んだぞ!?」
「貴様――ッ!! メルセデス殿下に向かってその口の利き方はなんだ!!」
すると途端、爆発するかのように、周囲のダマを除いた全ての人が俺に食ってかかってきた。
何を怒ってんだ? と困惑するが、やがて気がつく。
――メルセデス――
――――――――――殿下……?
俺ははっとして、横の彼女を見た。
彼女はそれに対し、どこか残念そうに目を閉じていた。
殿下――それは一般的に、皇族や王族に用いられる敬称である。
つまり……?
「ごめんなさい、私はこの国のトップ――”英雄”の娘なの」
目を伏せ、こそりと教えてくれる。
「そうだったのか……」
英雄は言わばこの国の王だ。
つまりその娘である彼女はこの国の王女ということになる。
「リーシャと呼ぶな! 無礼だぞ!」
「貴様! 許さない!」
「じゃあ俺だってリーシャって呼びたい!」
「リーしゃあ!!」
やがて尚も喚き続けている周囲に、リーシャは爆発する。
「お黙りなさい!」
途端に静まりかえる。
「私が彼に……彼だけに、”リーシャ”と呼ぶのを許容したのよ。だから彼は私をリーシャと呼ぶ。彼にとって私は、最初から、ずっと、リーシャよ。誰にも文句は言わせない」
そう言って、スッと彼女はもう一度俺の横に座る。
今の一連のやりとりを見て、以前俺が初めて「リーシャ」と呼んだとき、彼女がみせた反応の意味が、ようやく理解出来た。
あの――驚愕と、喜びと、恥じらいが混ざり合った表情。
つまり――きっと彼女も、俺と同じだったのだろう。
”殿下”であるが故の、苦しみ。
彼女はこの国の有名人であり、皆に身分を知られている立場の者だ。彼女のことを知らぬ者はきっとこの国にはいないのだろう。
誰からも慕われ、敬われている。
それは素晴らしいことではある。
しかし裏を返せば、誰も彼女に本当の意味で心を開くことはないということでもある。
壁――皇族であるという壁。
たぶんこれまで、一人もいなかったのだ。彼女とファーストネームで気さくに呼び合えるような仲の者が。
だからきっと、彼女はずっと、無自覚ながらに孤独を感じていた。
だからきっと、何も知らない俺が無邪気に「リーシャ」とファーストネームで呼んだとき、彼女もまた、あんなにも無邪気な感情をみせたのだ。
俺はリーシャが産まれて初めてできた友であるが、
リーシャもまた、俺が初めてだったのだ。
あまりの気まずさに、誰も次の言葉を発せられなくなっている室内で、俺は気さくな笑みを浮かべ、隣の彼女に拳を掲げる。
「サンキュな、リーシャ」
彼女は笑顔を爆発させ、喜びをほとばしらせて頷く。
「うん! いいの!」
それから俺の掲げた拳に自分のそれを当て、魅力的に片眼を閉じて言った。
「でもこれからは、私たちとの関係に礼なんて不要よ」
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