7 人形に毛がない問題 ④
ダマはメルセデスのために、不本意ながらも首を縦に振り、武器を構えた。巨大な身の丈以上の鉄槌である。筋肉が脈動し、その大きな武器を軽々と扱う。
その様子から、このダマという男は、かなりの強者であることが察せられた。
「おい、そこの露出魔――親切心から、最後の忠告をくれてやる。このダマの言葉を心して聞け」
重心を低くし戦闘態勢に入ったダマは、優しい休日のお父さんのような目だったのが、次の瞬間から、覚悟を決めた戦士の目に変わる。
「俺はもう、お前を殺ることに決めた。メルセデス様のいうとおり、お前はそんなに悪いやつじゃあないとは思うが、メルセデス様の御身にはかえられねえ」
彼は武器の鉄槌にスキルを発動し、暴風のような魔力をまとわせる。その一目で分かる強力なエンチャントが、その術士である彼の力量をはっきりと物語っている。
「敢えて言う。さっさと逃げろ。俺はこう見えて、それほど足は速くねえ。だから、身軽そうなお前が全力で……死ぬ気で逃げれば、たぶん――」
「バカめ」
しかしガイアがその言葉をさえぎる。
「やつをもし万が一取り逃がしたときには、動けないこのビッチを代わりになぶり殺すからな」
「……――! だとよ。すまねえな、露出魔。事情が変わった。お前は絶対に殺す」
「なるほど」
俺は頷いて、彼の方向に真っ直ぐ近づいて行く。
逃げればその少女が殺されるというのなら、俺としてもまったく逃げるつもりはなかった。
受けて立つ。
だって、俺はもう虚弱ではない。人並みの肉体を持っている。牢獄にもいない。広い世界に自由に立っているのだから。
守りたいものは、普通に守るよ。
「逃げて! 逃げなさい! ダマは本当に強いわ! あなたが以前撃退したB級とは格が違う! 逃げるの! 勝てないわ!」
「黙れよこのクソビッチが!」
「くっ――!」
少女をガイアが足蹴にする。
「メルセデス様――!」
それを受けて、ダマはさっさと事を済ませることに決めたようだ。次の瞬間、こちらに向かって鋭くステップをした。
「――――!」
気付けば、もう目の前でダマがいる。疾風の如き勢いで、巨大な鉄槌を振り下ろそうとしている。
おそろしく疾い。
足が遅いと先ほどいっていたが、おそらくそれは持久的な追いかけっこのことであり、およそ戦闘に関わりの深い瞬発的な超短距離では話は変わるのであろう。
「やめてええ!!」
「うっひょおおお! ミンチじゃん! 人間のミンチが見れるぞ!!」
メルセデスが叫び、ガイアが歓喜した。
俺の頭蓋に向かって、ダマは、苦渋の表情で、しかし一切の手抜かりをせずに、鉄槌を叩きつける。
ガッ――ッ!!
しかし、俺はそれをかざした右手一本で悠々受け止める。
暴風のエンチャントの力も合わさり、とてつもない重量が加わっている上に、風が肉体をギタギタに切り裂いてきているが、でも俺はビクともしていない。
風が切り裂いているのも、表面上の皮肉――つまりはカモフラージュの部分のみで、本体である深部はもちろん、それを守る装甲板にも傷は一切入っていない。
つまり、実質無傷。屁でもない。
「な、な……な……!?」
三人は目を丸くし、言葉を失っている。
「手加減したのか!? おい、ハゲ! A級の分際でこの実質S級の僕に舐めたことしやがって! 俺はそいつを殺せと言ったんだ! なのに手を抜きやがったな!」
「違う、俺は本気で振り下ろした。殺すつもりで……」
「なわけねえだろ! 思い切り手加減でもしてなけりゃ、人間が片手でそんな馬鹿でかい鉄槌を受け止められるわけがない!!」
「…………たしかに……そ、そうなんだが……」
ダマは困惑して俺に首をかしげた。
「おい、おまえ……どうやったんだ……?」
「そんなにおかしかったですか? これを受け止めたことが。普通の人には出来ませんか?」
「出来ない……はずだ。出来ない……よな? たぶん、うん、こんなこと初めてだ……」
彼は相当なパニックに陥っているらしい。
その様子から、さすがに俺も察する。
もしかすると、俺ってけっこう強いのか……?
いや、さすがに?
だって元無能と呼ばれていた男なんだぜ、俺は。
きっとこいつらが大したことないだけなのだろう。多分そうだ。
未だにいまいち自分の力を信じ切ることが出来ていない。
誰にも認められることがないままこの歳にまでなってしまったことの弊害なのかもしれない。
「まあ、どっちでもいいか。とりあえずそこをどいてくれ」
「え?」
目の前で固まっているダマを、適当に左手で殴る。
ズゴゴオオオオオオオオオオオ――ッッ!!
すると、彼はものすごい勢いで途中に立っていた木をなぎ倒しながら吹き飛んでいく。
大げさだなあ。
「……………………は?」
その吹き飛んでいった方向を唖然として見つめながら、ガイアは呆けた声を漏らした。
「次は、お前だな」
「え?」
「言っておくけど、お前に手加減はしないからな」
「え、いや、手加減……あ、今の? 今のダマのって手加減してたの? それであれなの?
ちょ、ちょ待て! 待てって! 話し合おう!」
彼は突然土下座を始めた。地面に何度も額を擦りつけて、懇願してくる。
「すまん! すげえ反省してる! ゴミとかいって悪かった! だから、な? 許してくれ! この通りだ!」
「別にゴミと言われたことなんて気にしてない」
そんなことで俺が怒ると思ってんのか。ずいぶんと甘く見られたものだ。
産まれた瞬間からゴミ認定されていたこの俺を舐めるな。
「その子を縛り人質にし、足蹴にしたことを怒っているんだ」
「え……?」
少女――メルセデスは顔を赤く染めていた。
一方、ガイアは顔を明るくし地面に頭を叩きつける勢いで懇願を再開する。
「そ、そんなことだったのか! そんなことならいくらでも詫びる! 詫びます!」
「そんなこと?」
「いや、うん、そんなことじゃないよな! 悪い! とにかく悪かった! この通りだ!」
額から血を流して謝る彼に、俺は少しだけ心が揺らいだ。
こんなにしてまで悔いているなら、許してやってもいい気がした。
「…………もうわかったよ。でも、二度とするなよ?」
だから、背中を向けてしまった。
明らかに、失敗だったと思う。
「ダメ! そいつは――!」
「はい、【バインド】おぉおおおおおおおおおお!!」
少女の叫びもむなしく、次の瞬間に居直ったガイアに、俺は【バインド】をかけられた。
両手足を光の輪で締め上げられ、その動きを封じられ、地面にばたりと倒れ込む。
「ぐわーはっはー! ぶわああかめえええええ! 僕がお前なんかに本気で負けを認めたと思ったかあ? んなわけねえだろぶわああかあがあ!! 身の程をわきまえろゴミ! ゴミに高貴な人間様である僕が本気で謝るわけねえだろぶわああか!」
見上げたガイアは目をひん剥き下品な笑みで狂喜乱舞している。
「僕は最強だ! あの”国宝血族”のイリーガル家の者だぞ!? 最高位束縛魔法を使える俺が、お前なんかに、いやおまえらなんかに、負けるわけがあ――」
ぶち。
「あ」
「え?」
「簡単に切れるじゃん、これ」
「いや、うそ……んなわけ。絶対に切れることのない魔法の輪なんだぞ」
「だって、ほら」
「え、いや……、うそ……だろ……?」
なんか脆そうだから思い切り引っ張ってみたら簡単に千切れた。その残滓を彼にみせた。
「えー……と」
今度こそ彼は制止した。
なので訊いてみる。
「殴ってい?」
「えー…………と」
俺は笑顔を浮かべ、拳を握る。
それからハーと息を吹きかけて、
「オラララララララララララララララッララララララララアラッッッ――――ッッ!!」
ぼっこぼこにした。
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