5 人形に毛がない問題 ②
~~前回のおはなしは~~
自分に欠けているものは毛だと気づいた
タツヤが毛を手に入れようと思い立ってから数日後。
その近隣の街道を、三人の英雄国の冒険者がさまよい歩いていた。
三人のうちの一人は、透き通る金色の髪をもった美少女だ。名を”メルセデス=四季・リーシャ”という。
彼らはギルドで見つけたクエストの”目標”を探して、英雄国近くの街道を彷徨っていた。
「まったくどうして俺たちが露出魔なんかの相手をしないといけないんだ!」
二時間くらいウロウロを繰り返した頃、業を煮やしてメルセデスの後ろを歩いていたB級冒険者がそうわめいた。
それにチラリと一瞥を投げると、彼女は小さくため息をつき、諫めるようにして告げる。
「そういう言い方はやめてもらえる? クエストに大きいも小さいもない。全てが誰かしらを困らせている由々しき問題なの。そういう人たちを分け隔てなく助けるのが、私たちギルド冒険者の役目でしょ?」
その厳しい言葉にB級冒険者の男はビクリとすると、しょぼくれて悔しそうにする。
「しかし……、メルセデス様。特にあなたはS級冒険者で、しかも高名なるナンバーズがひとり、”セブンス”なのです。それに僕だってギルドではまだB級ですが、実力的にはナンバーズといって差し支えない。なのにこんな、……だってたかが露出魔なんですよ!? このナンバーズに一人たる僕が、露出魔なんかを相手にせねばならないなんて!」
メルセデスはこの男の自意識の高さに目眩を感じ、ため息をつく。
どうしてこの男はこうも堂々と自分を過大評価できてしまうのだろう。
彼女から言わせれば、このB級は正真正銘のB級だ。S級はもとより、ナンバーズなどと烏滸がましいにも程がある。
まあ、今日であったばかりの初対面の相手に対し、そんな地雷をわざわざ踏むことはしないが。
「……ただの露出魔ではない。これまでこのクエストを受けた全ての冒険者たちを、その変態はすべてたったひとりで撃退してしまっているのよ。しかも誰一人殺さずに。その撃退された冒険者の中にはあなたと同じB級もいたと聞いているわ。だからS級の私に依頼が来たんでしょ?」
”あなたと同じ”B級がやられた、という部分に納得がいかないらしく、そいつは気取った調子で、
「B級と言ってもピンキリです。先ほども申し上げたとおり、僕の真の実力は既にS級くらいにはなっています。だからそんな露出魔を殺すことくらい、僕ならば造作もないことです。そこら辺の雑魚どもと一緒にしないでもらいたい」
と言ってそっぽを向いた。
やれやれである。メルセデスは肩をすくめる。
本来なら彼女は、今朝方自分の所に舞い込んできたこのクエストを、いつものようにソロで取り組むつもりだった。
仲間なんて不要だ。いればいるだけ面倒になる。
しかし不運なことに、たまたまクエスト依頼の場に居合わせた、この父の知り合いの息子のなんとかという名前のB級冒険者が「是非に!」と言ってきて譲らなかった。
(私に気があるのか、それともナンバーズのコネを利用して成り上がろうとしているのか、はたまたS級の実力を持つ自分はS級と行動を共にするべきとでも思っているのか、もしくはそれら全てか……)
いずれにしても鬱陶しいことこの上ない。
しかし父の知り合いともなると、無下にするわけにもいかない。
気持ちを切り替えて、メルセデスはもう一人のA級の冒険者――”ダマ”の方を見る。
ダマはもうすぐ三十五になる、輝くスキンヘッドがトレードマークのベテラン冒険者だ。
メルセデスはソロ専なので、直接組んだことはなかったが、彼の良い評判は風の噂で聞いてよく知っていた。
それでその場に居合わせた彼も「一緒にどうか」と誘った。
ダマはかなり強い戦士であるとはいえ、正直、戦力的には自分一人で十分だ。
しかし、B級の彼がいる以上、ダマの存在はありがたかった。彼と二人きりになるのはご免だからだ。
「ダマ、今回の”目標”について、再度確認させてもらってもいい?」
「うむ」
ダマは懐よりクエスト依頼書を取り出し、今回の”目標”の情報を読み上げていく。
「目標は近ごろこの界隈にたびたび出現するという露出魔の変態だ」
「露出魔ということは、服を着ていないの?」
「ああ、身につけていない」
「一枚も?」
「ああ、一枚たりとも」
「つまり、その、……丸出しなの?」
「そう、丸出しだ」
「……そ、そう」
「……どうした? メルセデス様」
「い、いえ……なんでもないわ、続けて」
顔を真っ赤にしているメルセデスに促され、ダマは先を続ける。
「その露出魔は、突然通行者の前に全裸で飛び出し通せんぼをすると、遺憾なことに、次のようなことをお願いしてくるらしい」
「お願い……?」
「”俺に毛をください!”というお願いだ。全く以て遺憾なこと極まりない! そうだろう!? 大切な毛だ! それをくださいなどと!!」
メルセデスとB級はダマの頭部をチラ見し、頷いた。
「たしかにそうね、いけないことだわ」
「激しく死活問題ですよね! ……人によっては」
「……禿げだと? ……おいB級、お前今なんて言った?」
「違います! たぶんなんか聞き違いしていますよダマさん! 激しくです! 禿げじゃありませぎゃああああー!」
ダマはB級を問答無用に拳で黙らせた。
メルセデスは内心で、文脈にかかわらず”はげ”の二文字は絶対に彼の前では言わないでおこうと思った。
「ちなみに、万が一露出魔のその願いを聞き入れたらどうなるの?」
やっぱり毛をとられるのかしら?
しかしダマは首を振った。どうやらまだ、毛をとられた実例はないらしい。
「情報によると、髪をジロジロと吟味された挙句、”やっぱりけっこうです、ごめんなさい”と解放されるらしい」
「そ、そう。どうしてなのかしら?」
「よくわかりませんが、けしからんことはたしかだ! 毛を侮辱している!」
ダマの同意には殺意が込められていた。
「あと話によると、なんでもその露出狂は、これまで処理に向かった冒険者たちを、全て素手で撃退したらしい」
「は……? それは嘘よ。絶対にあり得ないわ」
メルセデスは信じない。
いくらB級が相手とはいえ、素手でそいつらを圧倒するなんて、メルセデスにすら不可能な芸当だった。
つまりその情報を真とするならば、たかだか露出狂が、英雄国ギルドで七番目の実力を持つ彼女よりも圧倒的に強いということになってしまう。
そんなことはあってはならないことだ。
「うむ、俺もまったく同意見だ。あり得ない」
ダマも頷いた。
そして――
「何がです? 何があり得ないんです?」
いつの間にかその横で、見たこともない全裸の男子が興味津々に目を輝かせて訊ねていた。
「え……?」
絶句する一同。
それらに輝く眩しい笑顔を浮かべると、彼は礼儀正しくお辞儀をし、それから気持ちのいいグッドジェスチャーとガッツポーズをして宣った。
「こんにちは! 皆さんご機嫌いかがですか!? 俺は元気でぇすッ! イエエーィ! 今日もいい天気ですねえー!! 気持ちがいいぜえッ!」
彼は爽やかに、そして健やかに、続けてお願いをする。
「どうか俺に毛をくださあーい!」
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