1 人形が目醒める日 ①
「おまえには心底、嫌気が差す……。なあ、タツヤ。お前はどうしてそんなにも無能なんだ?」
それは俺が五歳の誕生日の時に、実の父から贈られた言葉だ。
ちなみにそれを言われたとき、俺は地下牢の中にいた。大地を深く深く地下に何十メートルも掘って造られた縦穴式の牢獄。
俺はその牢獄の底で、泥水に尻を浸らせながら上を見上げて、父親はそんな俺を忌々しそうに上の穴から見下ろしていた。
俺は「ごめんなさい」と弱々しく返したが、何十メートルもの上にいる父親にそれが聞き取れたかどうかは疑問だ。事実、彼は何も言わず、代わりに「ペッ」とこちらに痰を吐きだしてから、「死ね」と言ってさっさと行ってしまった。
それが、父が牢獄に来てくれた、最初で最後の思い出である。
この牢獄は、ずっと俺の家だ。
生まれて間もなくこの中に放り込まれて、そのまま、とうとう一度も出されることもないまま、今まで生きている。
と言うのも、全ては俺が無能だからだ。
この世界の人間は皆が皆、一つの特別な”クラス”を持って生まれてくる。
クラスとは即ち、その後の人生でその人が習得していくスキルや伸ばしていくステータスなどが決まる、素質のようなものだ。他にもジョブ、職業などの呼び名がある。
ある人は”黒魔法士”だったり、ある人は”暗黒騎士”であったり、またある人は”盗賊”であったり、”剣士”であったりする。
当然の如く、強いクラスとそうでないクラスが存在し、故に持って生まれるクラスはその人の人生をほぼほぼ決定する。
俺はそのクラスが、完全にダメだった。
”人形士”――それが俺のクラスだ。
習得したスキルは【ドール】。その名の通り、人形を作ることが出来るスキルだ。材料は石だ。
似たクラスに”魔像士”というものがある。こちらは作り出したゴーレムに仮魂を入れて自由行動を可能とするのだが、人形士はその名の通りただの人形を作るだけであるので、魂なんて宿るはずはないし、動き出すはずもない。
故にこのスキルの使い途なんて、作り出した人形で遊ぶくらいのものだった。
それでついたあだ名は”人形遊び”。
皆はそう言って俺のことを馬鹿にしていたらしい。
当初こそ、まるで前例のないクラスだったので、家族はそれなりに期待もしていたらしいのだが、蓋を開けてみればただの役立たずだったわけだ。
しかも――しかもである。俺がゴミである由来はまだある。
通常、生まれ持ったクラスがパッとしなくても、それっきりその人の道が完全に閉ざされてしまうわけではない。
鍛練を重ね、身体を鍛え、技を研ぎ澄ますことで、武技の達人となることも出来る。
この世界には、何人もの”なんとか流”剣術だったり、弓術だったり、そういう達人として名をはせている者がいる。
でも、俺はそれすらも不可能だった。
なぜなら生まれ持っての虚弱体質だったからだ。
クラスもダメ、肉体もダメ。
それで家族は生まれて間もない俺をそうそうに見限ってしまったらしい。ゴミであると。無能者であると。家名を汚す、面汚しであると。
『こんなゴミ、存在を抹消するべきだ』
父がそう言ったらしい。
『なかったことにしましょう。こんな子は我が家では産まれていないことにするのよ』
母が言ったらしい。
『今なら間に合います。地下深くに、閉じ込めてしまいましょう。ちょうど良い穴が、裏庭にありました』
姉弟の誰かが、言ったらしい。
『『『そうしよう、それがいい』』』
うちは桔梗院家という、皇国のトップに君臨する皇族である。
桔梗院皇国は、それはそれは勇猛な侵略国家であり、おまけに純粋な世襲制ではない為、弱肉強食の意識が強く根付いた実力主義の一家だ。
だから俺のようなゴミは、いるだけできっと目障りだったのだろう。
第十二王子ではあったのだが、産まれて三日後には、俺はここに入れられた。
「ふう」
そして今日になる。
俺はいつものように、日の入らない空の穴を見上げた。
それから壁をひっかき、一本の傷を入れる。
一月経つごとに増やしていった壁の引っ掻き傷の数は――これで二百三十六本目。
つまり俺は間もなく二十歳になる。
「ゴミのような人生だ」
俺のこれまでの人生のすべては、光の届かない薄闇と、足下を浸す泥水と、時折上の穴から落ちてくる罵声や、中傷や、ゴミとか、排泄物とか――それだけだ。
俺の空は青くない。大地は黒く、揺蕩んでいる。空気は一年中ジメジメとし、水はにごっている。
しかし俺は毎日、生きる為にその泥水を啜る。本当に毎日、最悪の気分だ。
けれど、そんな俺にもたった一つだけ楽しみがある。
それは人形作りだった。
この牢獄の底には、まず泥水があり、その下に泥の層がある。そしてその下に石畳が存在しているわけだが、数年前にそこから僅かに謎の鉱石が飛び出ていることに気がついた。
その牢獄に似つかわしくない鉱石は、おそらくそれなりの価値のある石で、硬く、そして美しい。黒いガラスのような結晶石である。
たぶん地殻変動か何かで地中を移動し、その先がちょうどこの牢の底を貫いたのだと思われる。
とにかく俺は、そんな石を少しずつ削り、スキル【ドール】で等身大の人形を作りあげていた。
女の子の形をした人形。たぶんけっこう可愛く出来ている。
特に理由は無い。ただ単に、寂しかったのだと思う。そして何かをしていないと、気が狂いそうだったのだ。
「いよいよ最後のパーツだ」
長年かけて制作していた人形も、もうすぐ完成する。
寂しいような、嬉しいような。
ボロボロで血があふれ出す爪先で、石を削り、かけらを取る。それをスキルで変換し――そして最後のパーツとして人形に加える。
「できた」
完成。素晴らしい出来映えだ。
しかし特に意味のない、まさしく”人形遊び”に相応しいただの道楽である。そのように思えた。
――が、
次の瞬間、俺の頭の中にメッセージが鳴り響く。
――『レベルが1上昇し、レベル2になりました』
――『新たなスキル【ドールマタ】を習得しました』
「え……?」
生まれて初めての経験。
レベルアップ。そして新スキルの習得。
「まじかよ……! 俺、レベルアップしたんだ! レベルアップ出来たんだ!? 俺でもレベルが上がることもあるんだ!!」
涙がこぼれそうになった。
生まれて初めての高揚感と充足感が俺を包み込んだ。
二十年近く生きてきて初めて、進歩を実感出来た瞬間である。そして、自分は決してゴミじゃないのだと、ゴミながらに自分を褒めてやりたい衝動に駆られた。
「やった……やった……!」
泥水の中で滴を飛ばしながら喜ぶ俺。我ながら無邪気で可愛らしい。
「てか、新スキル……! 俺のクラスって他にもスキル覚えたのか!」
感動と共に、自らのステータスウィンドウを開く。
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【ステータス】
◎レベル:2
◎所持スキル:【ドール】【ドールマタ】
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我ながら簡素なステータス画面だがそんなことで悲しんでもいられない。
俺は新スキル【ドールマタ】の詳細を意気揚々と開く。
もしかすると、少しはマシなスキルを覚えられたかもしれないのだ。
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【ドールマタ】
人形を短時間で生成する。生命の遺骸を材料に出来る。
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………………んん?
おい、どういうことだ?
同じじゃねえか。
やっぱ人形じゃねえか。
ていうか、生成時間以外でなにか前のと違いがあるか?
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【ドール】
人形を作成する。鉱石を材料に出来る。
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しばらくして気付いた。
そう、材料が変化している。鉱石から遺骸に。生物の死体を素材に、人形を作れるようになったのだ。
俺は、ステータス画面をそっと閉じると、項垂れ、落胆した。
ゴミは、レベルが上がっても、ゴミのままみたいだ。
結局俺は、人形しか作れないままなのだ。
「だいいち生物遺骸なんて、この場所じゃ手に入れられないじゃないか」
この最悪な牢獄の底には、虫すら居着かぬ。
つまり、遺骸は手に入らない。
故に、今回のスキルも――
そう思った次の瞬間、
ドスン――!!
上から、巨大な腕が落ちてきた。
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