6.おうぎやの歴史③祖父編
圭介は三人兄弟の末っ子として生まれた。
長男さえいれば安泰だった時代、彼はいわゆる「おじかす」だった。
子供の内は誰も相手にしてくれなかったので、野球に明け暮れた。
けれど、上手でも下手でもなかった。才能の壁が明らかにあった。
平凡な彼。
小学校を出ると、工場勤めを始めた。
平凡な毎日。
……のはずだったのだが。
「あのっ、これ……!」
女子から無言で手紙を受け取る。
町中を歩く。
「これ!読んで下さい!」
女子から無言で手紙を受け取る。
圭介青年は手紙の束を雑に自転車かごに突っ込み、帰宅する。
「今日は何通?」
長兄に問われる。
「五通」
「中身を出して見せぇ」
「アホ言え。全部燃やす」
圭介は手紙を見ずに、風呂の火にくべてしまった。
次兄が風呂を沸かしながら言う。
「ラブレター風呂や」
そう。
圭介はめちゃくちゃ男前だった。
ある時家族でそれぞれ個人写真を撮ったら、そこの写真屋が勝手に圭介の写真だけブロマイドとして売った。
あっという間に完売したと言う。
圭介は都会の工場に働きに出た。
帰り道、帽子を目深にかぶって歓楽街を通り抜けていると、肩を叩かれた。
「あの、すいません」
圭介は怪訝な顔をする。相手は見知らぬ男。
「サインください」
圭介はわけがわからなかった。なぜ有名人でもない一介の工場職員が、サインなどねだられるのだろうか。
「サインなんかせんよ」
「そこを何とか」
「何のいたずらや」
すると相手の男は言った。
「あんた芸能人だろ?」
圭介は固まった。
「は?」
「そんな男前が一般人なわけないもん」
そうこうしている内に、騒ぎを聞きつけ周囲に人が並び始めた。
「わーっ、何や何や」
全くの一般人である圭介の前にはあっという間に長蛇の列が出来てしまった。
圭介は戦後に再び同じ場所でサインを求められ、女性にこう問われたという。
「あの時も会いましたのよ。あなた、佐田啓二さんなんですよね?」
佐田啓二とは当時の二枚目俳優で、中井貴一氏の父親である。
なるほど、と圭介は思った。
(確かに、よう似ちょる)
自他共に似ている俳優なのであった。
圭介はそんなわけで、歓楽街をなるべく避けて歩くようになった。
とこのように、おかしなぐらい男前なのである。
(戦後、海外旅行に出かけようとしたが体に傷が多すぎるうえ男前すぎたので、整形による犯罪逃亡を疑われハワイに入国出来なかったことまである)
そんな彼に舞い込んだのが、芸者置屋の娘、銘子との婿養子縁談だった。
しかし硬派な彼は、別段それを残念だとも辛いだとも思わなかった。当時、結婚するまでに女とどうこうするなど軟派な男のすることであり、恋愛も一般的ではなかったからだ。
三男に生まれたというだけで、こうなることは予想がついていたのだ。
(俺は婿になるんか。相手はどんな女やろ?)
期待も何もない。
当時は親の命令は絶対。逆らうなど考えもしない。
顔合わせの日がやって来た。
目の前にいた女は、小太りで色の白い、妙に高級な着物を着た娘だった。
その時、圭介青年は安堵した。
(色が白いとはラッキー)
そう。
圭介には女の好みなどなかったが、絶対に避けたい女はいた。
色黒の女。
これは青春時代、ラバウルに住む現地住民が色黒で痩せた女ばかりで、それに見飽きていたからだった。差別というほどではないが「何か嫌」という気持ちはあった。
白いだけラッキーである。
圭介は単純にそう思った。
それから一週間後、二人は入籍した。
圭介は名字が変わった。絹と銘子と女中と仕込みさん(舞妓見習い)という、新婚とは思えぬ環境で他人といきなり同居する。
式の後、高島田の銘子と写真館で写真を撮る。
銘子は当時の女性にしては大きかったため、椅子に座らされた。
その写真は早速写真館にかざられた。
町の人々はそれを見てたいそう大笑いしたと言う。
「月とすっぽん」
「なんともったいない」
ひどい話だが、銘子は意に介さなかった。
すぐに子どもが出来、圭介はその腹の子どもに並々ならぬ愛情を注いでいたからだ。
圭介は、女は余り好きではない。
ただ、赤子や子供には執着する性質であった。
「秋刀魚の味」の佐田啓二さんを見ると、おじいちゃんを思い出します。
たまに会いたくなって観ます。
よく似ている。