13.舞妓と受験生のすれ違い
志乃の嫌な予感はすぐに的中した。
「志乃ちゃん。額賀太一くんて知っとる?」
司に問われ、志乃は苛立った。
「知っとるわ」
「どんな人?」
「嫌な奴やわ。親が大地主やさかい、めっちゃ偉そうにしとんねん。てめぇの手柄でもないくせにな。商店街でも土地借りてる人、ようけおる。名前聞いただけでむかつくわ」
「そうなん?悪い人には見えんかったけど」
「何されたん」
「最近、えらい道で話しかけられんねん」
その時志乃は決意した。
(太一をブン殴ってやろう)
これまでにも志乃は様々な男子をブチのめして来た。
小学五年生の時点で身長が165㎝という破格の体格だった志乃は、とりあえずムカつくと思った男子は一発殴っておくことに決めていたのである。
太一と志乃は同じ高校に通っていた。
地元で唯一の進学校。ここに通えば、地元での就職、大学受験は安泰。そんな高校だった。
学のない司からすると、そんな学のある男子はさぞかし魅力的に見えたに違いない。
次の日。
志乃は廊下ですれ違いざまに突如、太一を一発殴った。
教職員に止められ、何があったか聞き出されたが、志乃は口を割らなかった。
その日から、太一の、司へのつきまといはなくなったようだった。
志乃は一安心した。
司はそれから舞妓としてお座敷に呼ばわれ、忙しい毎日を送るようになった。
当時、新地で唯一の舞妓。忙しくないわけがなかった。
志乃ともしばらく顔を合わせなくなって行った。
志乃は朝に起きる。司は昼に起きる。
志乃は夕方に帰って来る。司は夕方にお座敷へと出て行く。
お互い、完全なすれ違い生活に入っていたのだ。
更には、女主人銘子の勉学熱が成績の良かった志乃に注がれ、志乃は大学受験をすることになった。
難関大に受かるため、朝から晩まで受験勉強に励む。
司も、芸妓として独り立ちすべく、稽古稽古の毎日を送っていた。
努力の甲斐あって、無事、志乃は大学に合格した。
大学は京都にあった。志乃は京都で一人暮らし生活をすることに決まった。
志乃が京都に立つ日、司は駅まで見送りに来てくれた。
「志乃ちゃん、しばらく会えんようになるけど、元気でやっとってな」
「恭子ちゃんこそ、そろそろ芸妓になれるんやもんな。独り立ちせなな。おきばりやすっ」
「……ふふふ。志乃ちゃんったら、祇園語」
二人はその時、笑顔で別れた。
次に会う時、あの事件が二人を引き裂くとはつゆも知らず──
その女、凶暴につき。
ちなみに、勿論私は殴られたことなどありません……




