10.舞妓の育成
さて、ここからようやく舞妓育成のお話です。
視点を私の母、志乃に変えて──いざ、舞妓育成の舞台裏へ。
おうぎや最後の舞妓。
名を恭子と言った。
まだ15歳の彼女は、母親に連れられてやって来た──
その舞妓志望の少女は、高校生の志乃と同い歳だった。
(まあ、何と美しよ)
恭子を初めて見た志乃の第一印象は、まさしくこれだった。
カワイイとかキレイとかではない。
美し。
睫毛の影が頬に出来るかと錯覚するほどの大きな瞳。
小さな赤い唇と対をなす、白い肌。
この地方では他人を形容するのに、まだ美しいという言葉を使っていた。
「この子は芸事が好きで」
恭子の母はそう切り出した。
「日本舞踊と茶道を一通りやらせたんです。そしたらこの子、舞妓さんになりたいって言うもんやから」
女主人の銘子は恭子を上から下まで眺める。
「祇園に行かんのは、どうして?」
銘子は恭子に尋ねた。恭子は泣き出す前のような笑顔で答える。
「お母ちゃんを残しておけんもんよ」
恭子の母は、ひとり親であった。しかもこの県の奥地で暮らしており、一日に二本しか出ないバスに乗って、ここまで来たと言う。
銘子はじっと考えていた。
舞妓の採用条件と芸妓の採用条件は異なる。
舞妓採用の一番重要な点は、「長く続けられるか」の一点に尽きる。
舞妓の育成には家一軒の金がかかるのだ。
舞、鳴物、茶道、三味線、長唄、浄瑠璃、華道、書道。
これらを検番で学ぶが、勿論全てに師匠や先生がいる。
それらに置屋側がレッスン代を全て払って学ばせるわけである。
更に、衣装の問題がある。鏑木新地では舞妓の衣装が三着ほどあり、それを置屋間で互いに融通し合っていた。
さすがに同じものを着せるのは忍びない。
京都へ専門のクリーニングに出した上、紋を入れ直し、刺繍を入れたり外したりしてオリジナリティを出す。
帯や簪、襟なども新調する。
それにも多額の金がかかるのだ。
女主人からすると、それは一世一代の賭けに等しい。
しかし、舞妓を出すのはかなりのプロモーションにはなる。市どころか、県を上げての宣伝効果が期待出来る。
そう。
舞妓は一世一代の賭け。
逃げられると、女主人には借金しか残らないのである。
舞妓になってもらい、どうにか稼いでもらって元を取るしか借金を帳消しにする方法はない。
銘子は思案するが、恭子には他の舞妓志望にはないある特徴があった。
ひとり親の母。
このことが、銘子の背中を押した。
「この子美人やし、根性ありそうでええわ」
女主人は漢になった。
「うちで預かります。ただし、舞妓さんになるまではおうちに帰られへんよ。絶対帰ったらあきまへん。それでもやりますか?」
恭子は三つ指をついた。
「頑張ります。私、舞妓になりたいです」
志乃は同じ年齢の少女が水商売の世界へ足を突っ込む瞬間を、この時初めて目撃した。
恭子。
のちの源氏名「司」である。
ここからまた壮大なドラマが始まります。




