剣の乙女
連載も考慮のうちでしたが短編としました
男子に生まれたからには最強にならんと欲し、十にしてあらゆる誘惑を断ち切るために師匠と人里離れた山にこもりて十五年。
十年で師匠は教えられることは教え尽くしたと去り、そこからただ己を鍛えるため過酷な環境、数多の魔物と戦いつづけた俺はとうとう悟った。我、武の真髄を極めたりと。
そう、この先どれだけ鍛えようと俺は今以上の強さを得ることはないと確信できた。こればっかりは理屈ではない、俺が俺だからわかることだ。これ以上の修行はもはや強くなる修行ではなく強さを維持する修行になるだろう。
しかし俺はこうも思うのだ。この強さの限界はあくまで「俺の」強さの限界であって、俺以外のものなら違うのではないか?と。
例えるならありと象、同じように限界まで鍛えたならどちらが強くなるかということだ。
ならば、俺よりも生物的に優れたものに俺が得た真髄を叩き込めばどうなる?間違いなく、そう間違いなく俺よりも強くなるだろう。
だが、だがだ。俺より生物的に優れた弟子など簡単に見つかるのか?自慢ではないが俺は生まれた頃より剛力で、齢四にして牛を投げ飛ばすことができた。そんな俺よりも恵まれた資質を持つ弟子などどういう環境で生まれ育て……生まれ?
そうだ、生まれだ。象の子は象に生まれありの子はありになる。しからば俺の子なら俺の子としてふさわしい、強い子に生まれるのではないか?蛙の子は蛙、人は生まれが九割というし、間違いないのではないか?
いや、だがまて。達人の子が皆達人であれば世の中苦労しないし、名君の子が暗君だったことなど数えきれないほどあるではないか。そもそもその子は俺の子であると同時に母親の子でもあるというわけで……待てよ?
なんだ、簡単なことではないか。母親だ。良き野菜を作るには良き種だけでなく良き土もまた必須。しからば俺の種を蒔くべきはより良い畑。つまり俺より強い女との間に生まれた子なら俺よりも優れているだろう。
うむ、ならばやるべきことはきまりだな。急ぎ下山するとしよう。すべては我が武の真髄を伝えるために。
「俺より強い嫁に会いに行く」
さて、十五年ぶりに山を降りたはいいが久しぶりの下界は色々と変わっているだろう。いや、そもそも俺が山にこもった時はまだ子どもで世界のことなど知りもしなかったしな。
こういう時は師匠の教えだ。師匠は困ったことがあれば人に金を出して助けてもらえといっていた。幸い金は師匠が別れ際にお前の取り分といって残してくれた物が手つかずで残っている。
ちょうどいいところに茶店があるし、一番高いメニューを頼んで聞いてみるとするか。
「ご店主、この世界で一番強い女はいったい誰だろうか」
「はぁ一番強い女……とならばあれかのぉ、山向こうの国のファレス様かのぉ。剣の乙女とも呼ばれる剣の達人」
「なるほど、山向こうの」
剣の達人か。俺は徒手の強さを極めんとした身だがだからといって武器を否定するほど狭量ではない。武器を使いこなすのもまた別の強さのうち、己が身でない武器の強さをひきだす繊細さがあればより己の身の力などより容易に引き出せるはずだ。
もし、ファレスとやらが俺を打ち倒すほどの剣の達人であれば……うむ、確かめないわけにはいかないな。
「ご店主、山向こうのとのことだがどの山のことだ」
「へ? そりゃもちろんあそこに見える山脈の……」
山脈……? ああ、あれか。なんだ、小山かと思った。まぁいい、あの程度の山の向こうならすぐ着くな。よし、なら決まりだ。
「助かったご店主。代金はここに置いていくが、これで足りるか」
「い、いやいや。足りるかってこれじゃもらい……」
「釣りはいらん。おかげで目的地も決まったしな」
程よいウォームアップってところだな。さて、それじゃちょっと行ってくるか。
「ちょっと待て、ここからあの国まで馬車で十日はかかるし、なにより今あそこは魔王の侵略を受けてが……」
なにか、後ろから聞こえた気がするが気にはしない。急がないとな。
「よっし、見つけた」
小山を三つを越えてついでに蛇みたいな魔物一匹を踏み潰すという軽いウォームアップにちょうどいいくらい動いていたらちょうど景色が変わってそれらしい女を見つけることができた。
鎧甲冑に長い金髪、その腰にはどうみても高そうな鞘。動きのキレも凡百のそれとは大違い。うむ、間違いなくこいつだろう。
「頼もぉ! そこにいるのは剣の乙女ファレス殿であるか!」
「な、なにやつ! こ、この戦場に貴様いったいどこから」
はて、戦場? 周囲にちょっと多いくらいの魔物がいて、ファレス殿と似た格好のやつらが何人も血を流してぶっ倒れているがこれが戦場? 稽古場だろ、戦場がこんなに生ぬるいはずがない。まぁいいか。俺の聞き間違いだろう。それより大事なことがある。
「どこからもここからも見ての通りあの山向こうからだが」
「は、はぁ⁉︎ じょ、冗談も休み休みにいえ! あの山は今凶悪なサンダードラゴンによって封鎖されているのだぞ⁉︎ 単身で越えてこれるはずない!」
なに! そんな凶悪な魔物がいたのか! 修行の絶好の機会だったのになんという惜しいことを! きっと俺が道中踏み潰したビリビリと電気マッサージをしてくれるだけだった蛇と違ってさぞ倒し甲斐のある魔物だったのだろうに……まぁ過ぎたことはしょうがない。
「そうか、俺は運悪く出会えなかったようで! ともかくファレス殿! 俺は貴殿に用があってきたのだ」
「用だと⁉︎ 一体なんだ⁉︎ 他国から頼まれて私を殺しにでも来たのか」
まさか。そんなことをなぜする必要がある。そう、俺の用事はただ一つ!
「俺に勝ったら嫁になってくれ!」
「は、はぁ? わ、私に勝てば嫁になれだと⁉︎ お、お前今の私の状況を考えろ!」
「ふむ状況……ああ、修行中だものな。うむ、さすがにそれを邪魔するほど野暮ではないからそちらの用事を先にすませてくれ。話はそれからでいい」
どうやら剣も折れているみたいで稽古も本番といったところだしな。今向き合っている魔物は剣に耐性があるのか特殊な金属でできた蛇とでもいえばいいのか? いやぁ、熱のある稽古のようで邪魔しちゃわるいよな。
「ええい、なにを寝惚けたことを! 私を嫁にしたいというならまずはこの魔物を倒してからにしろ!」
なるほど、これはあれか。師匠が道場破りに行った時はいきなりそこの師範と戦うのではなく、小手調べの相手と戦うことになるって言ってたやつだな。まずはお手並み拝見としてこの魔物を倒してみろということか。うんうん、実にわかりやすい。
「わかった。ではすぐに終わらせるとするか」
「は?」
嫁になるかもしれない人にみせるのだ。恥ずかしいことはできないなよ。うんうん、ならささっと終わらせないと。
”グシャ‼︎“
「まぁこんなものでいいか」
「は……?」
なにやら驚いているがどういうことだ? 俺はただ、ちょっと金属の蛇を折りたたんで握りつぶしただけなのに。いくら硬い金属でできていても蛇みたいに動くなら曲がる。曲がるなら折りたためる。折りたためるなら握りつぶせる。あたりまえではないか。
「さて、では俺の腕前は披露したので次は俺と立ち上って……」
「いや、まて。それには及ばない」
ん? ここからが本番だというのに及ばないとはどういうことだ? まだ俺の腕が未熟といいたいのか? それになんで顔を赤く染めている、返り血を浴びたわけでもあるまいし。
「今お前が……貴殿が倒した蛇は当国の騎士団を壊滅に追い込んだ魔王直属の恐るべき魔物。私も手も足もでなかったそれをこうも容易く倒すなど、その腕前は間違いなく私より上だ」
なん……だと……
「だ、だから貴殿の言う私に勝ったらという条件はもはや達成したと言っていい。う、うむ、ふ、不束者だがどうか」
「ならもうようはない。邪魔をした」
「は?」
やれやれ、とんだ無駄足だったな。
「ちょ、ちょっと待て! き、貴殿はわ、私を……つ、剣の乙女たるこの私を打ち負かし娶るためにやってきたのでは」
「なにを言っている。俺が用があるのは強い子を産める、俺に勝てる奴だけだ」
なにやら勘違いしているようだがまったく困ったものだ。俺はちゃんと最初からしっかりと伝えているというのに。
「そ、そんな……」
「では失礼する。俺は俺より強い嫁に会いに行かなければならないからな」
なにやら呆然としている剣の乙女だが俺の知ったことではない。空振りを嘆く暇もなければ立ち止まる意味もない。まだ見ぬ強い嫁を探しにいかなければな。俺の嫁探しの旅は、まだまだ始まったばかりなのだから。
「ふ……ふふ……はじめて、はじめてだ……私をここまでこけにした男は。ゆるさん、絶対に許さんぞあの男……絶対にとっ捕まえて婿にしてその子を産んでやるからな!」
なにか後ろから声が聞こえた気がするがきのせいだな、うん。