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コイグジスタンス編~無かったことには~

━━━━━━━━━━━━━━━

コイグジスタンス入口

━━━━━━━━━━━━━━━






────シュンッ




「うわ、さむ」


「…着流しだけじゃマズかったな」



「だが、動いていれば直に暑くなる」



ごうごうと耳を掠めていく冷たい風はまるで吹雪のように荒く、着流し1枚で転移してきたオレ達はコイグジスタンスの入口で心臓の縮み上がるような思いをした。


シリウスはさすがマスターというとこか、比較的暖かい気候の国から一瞬でこのクソ寒い国に飛んできたというのに何食わぬ顔をして着ている服のファスナーを首まで上げた。



「ソウ…こ、これは…ヤバい…普通に寒い…」


「ああ、とりあえず昨日買ってきた服を着流しの中に着れば少しはマシになるんじゃねぇか?」



ストレインジグリーンで汚した着流しをクリーニングに出してる間の服として部屋着でも着れる服をと剛と買いに行ったあれを中に着ればさほど変わらなくともいくらかはマシだろ。



「…じゃあ服出してくれ」


「ここで着替えるのかよ」



「当たり前だろ。別に女じゃねぇんだから恥ずかしがる事ねぇもんよ」



そうだけどさ。いや、そうなんだけども。

辺り見渡せば一面雪景色ド真ん中で着物脱いでパンイチになって風に晒されるとかヤバくねそれ。


普通に風邪引くと思うんですが。



「早くしろよ」


「…ああ」



両腕を抱いて自分を包み込んで震える剛の唇が紫色になってきてるのを見てコイツも寒がるのかと意外に思った。


…だってコイツ年中半袖半ズボンタイプのクソガキだったヤツだぞ。



「ん、ほら」


「おう、」



とりあえずボックスを開いて預かっていた剛の服とオレの服を取り出してすぐに渡した。



「ま、お前の事だからどーせ“こんなクソ寒いとこでパンイチとか有り得ねぇ”とかって思ってたんだろうがオレはお前ほど馬鹿じゃねぇって事だ」


「…ッ…おま…すげぇなマジシャンかよ」



服を受け取った剛はモゾモゾと文句を言いながら雪の上に服を置いてズボンだけを手に取りそのまま履いた。


そして、帯を外さずに着流しを器用に剥いで上半身が裸になると雪の上のシャツを手に取り軽く叩いてから上から被った。


…なんだその究極技。

面倒くさがりも下手すりゃ天才か。



「…な?別に脱がなくても着替えられるんだよ」


「…だな」



…ま、オレも真似して着替えたが。



「──つーか、あったけぇよ!」


「…だな、無いより遥かにマシだ」



風に当たって冷えきったからか、薄手のシャツを着ただけなのにさっきとはまるで別の国に居るかのように体感温度が変わった。


うん、全然イケるわ。



「…おい…ソウまだか?早く動きたいんだが…」



「…なッ…お前…死にかけてるぞ」


「ブファッ!なんだよその顔真っ青じゃねぇか!」



“寒い…”と後ろから声を掛けられて振り返るとさっきまでの余裕なんてウソだったかのようにガクガク震えるシリウスが今にも死にそうな顔して突っ立っていた。



「…元気そうだから俺を挟んで歩いてくれ。凍死する…」


「…ヤセ我慢してんじゃねぇよ、大丈夫か?」



「…なんならおぶってやるぞ?そしたら少しはあったけぇだろ?」


「…気恥ずかしいからいい」



「そ。じゃ、ソウはあっち行けよ。オレはこっちから挟むから」


「…ああ」



それでも寒いことには変わりないから出来るならオレが真ん中でぬくぬくしたかったけど、シリウスの顔見る限りオレより寒そうだから言えなかった。


つか、なんでお前が仕切ってんだよ。



「…とにかく一旦温かい場所に入りたい」


「オレは、さっさとルーの所へ行きたい」



「ん、オレも!」



アイツらのところに行けば完璧な場所じゃなくても外にいるよりマシなところで暖を取ってるはずだから合流しちゃえば後はラクになる。


動かなくて済むしな。



「…それより、フィーの故郷がコイグジスタンスという名前な訳じゃないんだな。ゴウ、お前が知ってたのか?」



フェリスの元に行くと言ったはずなのにどう考えてもここら辺に居る気がしねぇからな。



「…いや、お前がテレポート唱えた時にコイグジスタンスって言ってたから、オレぁてっきり転移した先にルー達が居るのかと思ってたぜ?」


「ああ、俺もだ。それに…フィオナ・モリスの故郷はコイグジスタンスと能力測定の時に書いてあったぞ」



「え?じゃあこんな普通の国に獣人も住んでるのか?」


「…獣人?あの女、獣人なのか?」



…そこからか。

つか、情報記入してる時に突っかかってたよな?…忘れてんのかよコイツ。


耳も尻尾も付いてるから普通に考えて獣人だと思うはずだしそもそもギルドの登録した時に獣化してたと思うんだが…。


あ、



「そうか...戦闘能力の測定の時居なかったのか、お前」


「ああ、誰かさんが水晶粉砕するからな。片付けのおかげで見に行けなかった。…だが、ソウがアトリアの召喚した変異型のドラゴンを倒してるのは見た」



はは…すんません。

水晶の件は悪気があった訳じゃねぇんですわ。

…それにあのバケモノ倒す時も。



「まあ、フィーは獣人だ。ここに獣人が住んでいるならアイツも居ると思うが、なにせ人間が嫌いでならないみたいだからな」


「…ほう…それなら恐らくフィオナ・モリスはここには居ないだろう。オオカミの里に居ると思う」



「ああ!そうそう!フィーが言ってたなオオカミの里がどうとかって」


「んだよ、ゴウ早く言えよ!」



「知らねぇよ!」



遠くに見える雪に埋もれた建物に向かう足を止めて、オレ達は踵を返した。



「…逆方面か?」


「ああ…ソウ、もう1回転移出来るか?」



「出来るが」


「ならば、オオカミの里は一度行ったことがあるから飛べるはずだ」



「…わかった」



相変わらず計画性の無い行動にほとほと呆れるが、この気候で歩き回るくらいなら多少魔力が減ってもすぐに暖かい場所に飛べる方がマシだもんな。


あれからルー達と連絡とってないし早く向かいたいのも事実だ。



「テレポートα」


────パァァァァ…



「ん、ほら乗れよ。全員乗ったら唱えろ」


「ああ、──オオカミの里」



────シュンッ



無駄な動きが多い御一行様でなによりだわ。






━━━━━━━━━━━━━━━

オオカミの里

━━━━━━━━━━━━━━━





────シュンッ



「──うわぁあッ!なによ、ビックリした!」



転移した先は、さっきまでの場所とは違う無駄に高い木に囲まれた小さな集落だった。


目の前で尻餅をついて目を白黒させるのは、オレ達の仲間、フェリス。



「…来るなら来るって言いなさいよ!」


「わりぃわりぃ、つーかお前寒くねぇの?」



「ハッ、アンタ達みたいな貧弱に言われたくないわ。アタシは雪国で育ってんのよ?」



“このくらい平気平気!”と笑い飛ばすフェリスの鼻が真っ赤に染まってるのが気になるが、コイツがヤセ我慢してるのかホントに寒くないのかはわからない。


そして、オレとシリウスには見向きもしないんだな。…虚しすぎる。



「…はぁ…俺はアイツが苦手だ」


「…だろうな」



自分よりガツガツしてるタイプは好きじゃなさそうだからな。



「…つか、お前好きなタイプとかあんの?」


「強いヤツだ」



お、おう。


…もしかしてコイツ男が好きとかねぇよな。いや、イケメンだからそれなりの相手捕まえればイイ感じにウケそうだが…。


んな事はどうでもいいか。



「おいそこ。イチャイチャすんのはいいがルーはどこ行ったんだ?」



ったく...ホントにコイツらは。

見境なく引っ付くわりにお互いの気持ちを理解しないで勘違いしたままだからな。


見てるこっちが恥ずかしいわ。



「えー?ルー?寒いから中に居るって引き篭もってるわよ?」


「…で?お前は何してたんだ?」



オレが問い掛けると、思い出したかのようにハッとして剛の顔を温めていた手を離してからオレの傍まで駆け寄ってきた。



「んー、これ」


「あ?かまくらか?」



「かまくら?なにそれ違うわよ。この雪の下にオオカミの里の銅像が埋もれてるから雪を払おうと思って」



オレとシリウスの横でこんもりと膨らんだ雪を指差し払い始めるフェリス。“手伝いなさいよ”と、いい感じにイラつく言い方で言われてオレとシリウスはため息混じりで参加する事になった。



「つかお前も雪だるまはいいから手伝えよボケコルァァ!!」


「ちょ、あと顔面くっつけるだけだから!」



え、マジムカつくんスけどあの糞ゴリラ。

オレが寒いのとか冷たいの好きじゃねぇって知っててその行動かよ。


テメェが手伝えや!…って叫びたかった。けど諦めた。



「──あ…ソウさん。いらしてたんですか?」



イライラしながら雪を払っていたら聞き覚えのある凛とした声が後ろから聞こえた。



「ああ、ルー。今さっき来たところだがフィーに頼まれてな」


「お顔が真っ赤ですよ?…フィー!少し休憩させたら?」



「な、何言ってんのよッ!雪は永遠に降るんだからほっといたらすぐこうなるのに!」



…だったら無理にどかさなくてもいいだろうが。と言うシリウスのボヤきが念話で聞こえた気がした。



「まあ、そうだな。ゴウはそうでもないみたいだがオレもシリウスも寒いのは苦手だ」



「ふふ。声が聞こえたので出てきてみましたが、正解だったみたいですね。…温かい飲み物を入れますから一旦休憩しましょう」


「ちょ、ルー!勝手に決めないでよ!」



「やりたいなら1人でやって。ソウさん達が風邪ひいたらどうするの?」


「…わかったわよ!」



ルシファーの睨み勝ちでオレ達の凍死の危機は逃れたみたいだが…



「ハァッ…ハァッ…あっちぃ…マジ暑い!」



…汗だくになって丁度よく身体がホカホカしてそうなコイツが1人で残ればいいと思うのはオレだけか。



「お前…雪だるまに体力消耗してどうすんだよ。」


「はぁ?何言ってんの?かまくらも、後で使う雪合戦用の玉も作ったからッ!」



「…はぁ。──行こうぜ、シリウス」


「だな」



もういいっスわ。



“えー!なんだよ文句あんのか?”と喚き散らす剛を置いてさっさとルシファーを追い掛けた。






━━━━━━━━━━━━━━━

フェリス実家

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「暖房がある訳じゃないのに風が通らないだけでこんなに暖かいのか」


「ええ、私も最初驚きました。窓もないので灯りがないと何も見えないのですが、フィーが言ってた通り眠る時はとてもリラックスできます」



「へぇ」



マグカップをオレ達に渡しながら慣れた手つきでキッチンをいじくるルシファー。1日しか経ってないはずなのに、もうすっかり自分の家のように過ごしてるな。


順応能力が高いというか。



「…それより、何があったのか教えてくれないか?念話だと上手く理解出来なくてな」


「はい…あの──」



「──待ちなさいよ」



本題に移ろうと話を変えてルシファーが答えようとした時、剛の横で壁に寄りかかって腕を組んでいたフェリスが口を挟んだ。



「あ?…どうした」


「まず、なんでアンタ達と一緒に当たり前の顔してそのギルドマスターがここに居るのか説明してくれる?」



オレが咄嗟にシリウスを見ると気まずそうに俯いていた。



「…なんだフィー、気に入らないのか?」


「気に入る気に入らないとかじゃなくて、アンタ達知り合った瞬間から随分とベッタリだけどなんなの?」



予期せぬ事態襲来──。


完全に忘れてたけど、そうか…コイツ元々ギルドマスターで、オレ達に関係なかったんだよな。


フェリスの言う通り当然の如く共に行動していたからすっかり忘れてた。



「──おいおい、フィー。何をそんなにつっかかってんだ?別にいいじゃねぇか」


「はぁ?おかしいでしょ?ギルドマスターってギルドの中で五帝の中で1番忙しい立場にあるんじゃないの?」



「いや、まぁ…そうだけどよ!ンなキレなくてもいいじゃねぇか!」



シリウスに指を指差しながらゴウに絡んでいくフェリス。女にキャーキャー言われることに慣れてるシリウスからしたらここまでアウェイな空気は、それはそれでキツいだろうな。



「あー!わかった!アンタさぁ、ソウの事引き抜こうとしてるでしょ?そりゃそうよね、全属性に長けてる能力を持って別に自己主張するわけでもない大人しいヤツが居たら、今居る五帝を切り捨てて二人でギルド経営できるものね!」


「え…?そうなんですか…?」



はいはい、でたでた。

女特有の思い込みからのヒステリック。マジめんどくせー。



「ちょ、何言ってんだお前!違ぇから!なんなんだよその言い方!シリウスの事何も知らねぇのに決めつけんなよ!ソウ!お前もなんか言ってやれよ!」


「そうよ!何も知らないから怪しいんじゃない!別に説明受けたわけでもないのに当たり前の顔してソウの隣に居てさ!なんなの?──答えなさいよ!」



...もうね、場の空気最悪ね、コレ。うん。


つーかシリウス可哀想なんだけど。



「あー…あのさぁ。何をトチ狂ってそんな話になるのか理解出来ないが、別にそんな話持ち掛けられた訳でもねぇし、そもそもここに付いてくるように頼んだのはオレだ」


「なんでよ!コイツ人間なのよ?!しかも見たでしょ?ギルド登録行った時のあの態度」



「お前も大概人の事言えねぇだろうが」


「は?コイツがやる気無さそうに対応するからでしょ?」



「まあまあまあ!二人とも喧嘩すんなって!ソウも言い返すんじゃねぇよ!」



別に喧嘩してるわけじゃねぇよ。ムカつくんだよねこういう風に頭ごなしに嫌がられると。


しかもさ、シリウスメチャクチャ繊細だから気にするじゃんこういうの。

…切実にやめて頂きたいのですが。



『ソウ...やっぱり俺はここに居たらダメなのか?』



…ほらな。



『いや、お前は何も気にしなくていい。アイツは人間様相手に戦争をしてるから少しばかり人嫌いなだけだ』


『…ソウに無理はさせたくない。お前が帰れと言うなら俺はすぐに帰る』



『居ろ。…帰るな』


『…ッ』



これで帰してシリウスに何かあってみろ。

オレも剛もあの時帰さなければって一生後悔することになる。


フェリスを説得するしかねぇよ。

…それにオレ自身コイツを帰したくねぇし。



「フィーのその推測は的外れ...というより逆だ」


「「「「…え?」」」」



「ハァ…結構大事になると思うから期待はしてねぇし、だからギリギリまで言いたくなかったんだが…」



固唾を呑んでオレの言葉を待つ4人の視線が今か今かと突き刺さる。


…正直注目されるのは得意じゃねぇからこういう目を浴びると無駄に緊張する。


愛の告白に近い事を言うようなもんだぞ。

だから頃合を見て二人の時にいいたかったんだが、フェリスの機嫌が直らなきゃ次に進まないからな。


あーくそ。



「オレが引き抜こうとしている」



──意を決してハッキリと伝えた。



「え?…今なんて?」

「ソウさん?...今なんと?」


「はぁ…?マジか...」

「...ッ、」



まあ、そうなるわな。

オレの口から吐き出される事の無さそうな言葉だからそりゃあド肝抜かれて言葉も出ねぇか。


剛なんて目が点だし。



「理由は特にない。相性の問題としか言いようがないんだが、オレはコイツをこれから仲間に入れるつもりだ」


「え…?…え、でも、ギルドマスターの仕事があるじゃない」



「辞めさせる」


「は、はぁ?お前何言ってんだよ!

…確かにオレもシリウスが仲間に入ったらもっと楽しいだろうなって思うけどよ、お前コイツ五帝なんだぞ?世界中から選ばれた人間なんだぞ?」



「関係ない、連れて行く」


「…でもそうなったら、ギルドの方々が困るんじゃないんですか?」



「アイツらはシリウスに仕事を任せすぎだ。オレが連れて行くと決めたならシリウス以外に意見させるつもりは無い」


「…傲慢が過ぎるわよ」



そうだ、オレは傲慢すぎる。フェリスの言う通りにな。


だが、シリウスを守れと言われた以上手放すつもりは無い。誰に何を言われてもな。


…本人が断ったらそりゃもちろん無理には連れて行けねぇが、それなら他の方法でなるべく近くに居るようにするだけの事。


大将もクリスもシャウラも冗談言ってるように思えねぇ感覚握り締めたまま、これから何が起きるのか全く想像つかねぇが、手の届かない場所に居られるより多少強引でも仲間に入れた方が安全だろ。


それに、コイツを守る義務があるなんて言われたらシリウスの男が廃るから。


コイツのプライドを守るためにもオレが引き抜くことにした方が丸く収まるし誰も傷つかない。



「…ソウ」


「んな顔すんなよ。とりあえず少し時間をやる。っつっても今回の件が片付くまでだがな。オレ達もこう見えて先を急ぐ用事があるんだ。片付き次第すぐに向かう予定だからそれまでに決めれないなら、この件が片付いたらそこで終いだ」



キラキラした目で嬉しそうに名前を呼んだシリウスに期限を決めて言い渡した。


コイツは仲間が欲しくてボシーヘイデットに留まったと言ってたからな。


純粋に嬉しい…その反面自分がギルドマスターと言う現実に揺らされてるような心境だろう。



「まあ...さして大した時間なんぞねぇが、せいぜいゆっくり考えろ」



何言われても諦めるつもりはねぇけど。



「ちょっと...アタシ達の意見は?」


「あ?なんだ、聞いてやるぞ?」



「ぅ…ぁ…あの…だから」



“そう言われると文句言えないじゃない”と頭を掻くフェリス。そうだよ、文句言わせないようにしたんだオレが。



「オレはいいぜ。全然いい!むしろ歓迎!…但し、ソウの親友ポジションは死んッッでも譲らないけどなッ!」


「…つよ...ッ、ああ、お前がそう言ってくれるのは素直に嬉しいぜ?」



「わ、私も…!あ、あの…ソウさんが仲間にしたいと思う人に悪い人はいないと思うので…」


「ルーも...受け入れてくれるのか...」



さぁフェリスよ。お前はどうする?


四人の目がフェリスに集まった。



「あぁあ!もう!分かったわよ!だけど、アタシ達のソウを奪おうなんて企んだら承知しないからね!」


「わ、わかってる…」



あんまり詰めないでやってくれよ。

シリウスおどおどしてんじゃねぇか。



「まあ、そういう事だ。オレみたいな青クセぇ芋野郎なんぞ奪う訳ねぇよなシリウス。あんまり気にすんな」


「ああ」



ホント…先が思いやられるぜ。


何一つ解決してないのに今からこんなギスギスした関係性に頭を抱えつつも、やる事は変わらない訳で、ひとまず区切りをつけて本題に入る事にした。







━━━━━━━━━━━━━━━

フェリスの実家

━━━━━━━━━━━━━━━

~その晩~





“アタシ達がこの世に生まれるずっと前から

この国では人間とオオカミの間で領土争いが起きてたの。


そんな中で、争いを望まない者も居た。

的である相手側と恋に落ちる者も居た。


獣人が生まれたのは争いが始まった頃に比べたらもっともっと最近の話。争いを望まない者達はアタシ達獣人が生まれた事を愛の証と喜んだそうよ。


…だけど、人間とオオカミの対立は無くなるどころか悪化した。今度は獣人が生まれてきたのをお互いに強姦したと罵り合ったの。


どちらから生まれた訳じゃないのに。

アタシ達の存在がこの国にとっての呪いなのよ。…だからアタシ達の手で終わらせなきゃいけない。…これから先この世界で生きる残された獣人の為に”





「──聞いたか...ソウ。この世界で生きる残された獣人の為に...だってよ。なーんか、すげぇもん背負ってんのなフィーは」


「…そうだな...オレ達に一切そんな素振り見せなかったのにな」



今居る部屋は、オオカミの里の(オサ)であるガルムと言う老獣人が与えてくれたルシファー達とは別の部屋。



広々とした部屋の隅にある二段ベッドの2階で剛がぼんやりと呟いた。


仲間だから別に同じ部屋でいいとフェリスもルシファーも言っていたが、仮にも思春期真っ盛りの野郎が二人居て同じ部屋は如何なものかとオレの希望で別部屋にしてもらった。


借りれるものは借りとくに徹する。

間違いなんか起きたら嫌だからな。…特に剛とフェリス。



「獣人ってのも大変なんだな…」


「ああ、アイツはそれに加えて神獣だからな…」



──あれから、オレ達はフェリス達の部屋で夕飯の支度をして全員で食事を済ませてからフェリスからある程度の話を聞いた。


今夜はもう遅いという事で成り行きだけで話に区切りをつけて、詳しい作戦などは明日起きてから話す事にして、それぞれ寝床についたってわけだ。



「正直、未だに信じられない。フィオナ・モリスがこの国の守り神だったとは」



因みに、シリウスにはフェリスが神獣フェンリルだという事を話して、その流れで守り神だという事も話した。



「あー…まあな。オレの連れの生い立ちは一人一人話せば長くなる。その内少しずつ話してやるよ」


「…これ以上に驚くことなんてないと思うんだが」



とか言うシリウスに、“オレ実はこの世を創り上げたヤツの息子デース!”なんて言ったらコイツ心臓止まるんじゃねぇの?...なんて思ったり。


色々追求されて逐一答えてたら夜が明けると思ったからやんわりと流しておく。



「…でもアレだよな。アイツ目を背けてたから今まで笑ってられたって感じだったな」


「…どういう事だ」



ジャンケンで決めた定位置は、剛が負けて二段ベッドの2階、オレが勝って二段ベッドの1階、シリウスはオレの横に敷いた布団という形になった。


そして独り言のように呟き続ける剛の言葉に耳を傾けてウトウトと返事をする。


…正直今すぐにでも寝落ちしそうだが、コイツの言葉が気になって意識を手放せない。



「…いや…アイツ…いつも通りな顔してたけど声に焦りを感じたというか…怯えて見えた」


「…ゴウはフィオナ・モリスをよく見てるんだな」



「は…そりゃ…アイツは大事な仲間だし?」



そうじゃねぇくせに意地張りやがって。


ああ…やべ。

コイツらの静かな声を聞いてたら、いよいよ本気で落ちそうだ。



「なぁゴウ...シリウスも」


「あ?なんだよソウ」

「どうした?」



「オレは自分の仲間があんな湿気たツラぶら下げてんのをみすみす放って置くつもりはねぇ。わかったな…お前ら」



「おうよ、当たり前だ馬鹿野郎。お前がどのツラぶら下げてソレを言うのか気になる所だけど生憎この暗がりじゃ見えねぇのがせめてもの救いだな、感謝しろよ」


「ハッ...そんだけ憎まれ口叩けりゃ...上等だ」



「俺は...正直どのくらいの規模の戦争になるのか予想も出来ていないが、できる限りの事はやるつもりだ」


「悪いな...シリウス」



「全ては自分が決めた行動だ。ソウに謝られる事など一切ない」


「...そうかよ...頼りになる仲間引き連れたオレも...フィーも...」



大概...幸せモンだなぁ...。



「ソウ?」


「ハッ、寝落ちかよバカタレが」



──柔らかい二人の返事を聞いてオレは意識を手放した。







━━━━━━━━━━━━━━━

フェリスの実家

━━━━━━━━━━━━━━━

~翌朝~





「1週間後と言われた日から3日経ったわ。

残り4日。だけどアイツが約束を守ると言う保証は無いわ。だから!…これからはふざけてる場合じゃない。アイツがどういう方法で攻め込んでくるか分からない限り気を抜く事は出来ない」


「…だな。まず向こうの情報が知りたい。攻め込んで来るヤツらの規模や動きの想定、それによってはこっちの動きが限られてくるから綿密に話し合わなきゃならない」



目が覚めても真っ暗な空間で寝泊りをしたことがなかったから朝起きた時に自分が死んだのかと錯覚を起こしてパニックになってたところをシリウスに宥められた。


その後に起きた剛がオレと全く同じ状況に陥って全く同じ方法でオレが宥めた時は朝から腹を抱えて笑った。


やっぱり朝は陽の光が射し込んでる気持ちのいい寝覚めを迎えたいものだ。



「まず、相手の情報ね。名前はグレイシャー。ヤツはコイグジスタンスの国王よ。結婚もしないで今まで一人で居たみたいだから家族は居ない。歳は90歳前後かしら。…ほっといても死にかけの老耄だけど老いを感じさせない程ピンピンしてたわ」


「…で、グレイシャーに仕えるヤツらは」



「…城に兵士達を住ませているの。増築していなければ最低で500人は下らないわ。コイグジスタンスはボシーヘイデットの同盟を断れるだけの勢力を持っているから侮ると死ぬ」


「同盟?」



「うん同盟。

ボシーヘイデットの元王様“ギルバート”はフレイミスの全ての国を自分の配下に置こうとしてたの。でもそう簡単に行く訳もなく、だから比較的勢力の低い国から同盟を組んでた」



リトルウィアークがボシーヘイデットに喰われかけていたのもクリスの爺さんとリン王が幼馴染みだからという理由だけじゃなさそうだな。



「で?そんな事はいいだろ。チラッと聞いた話だとこの国の領土戦争はお前の手によって終わったはずなんだろ?その…グレイシャーとかいうお前の幼馴染み、と一緒に」


「…あ、うん...そうよ。もう二度と戦争はしないと残されたアタシとグレイシャーで終わらせた」



「へー 」


「なによ」



「べつに」



剛が珍しくイラついてるが完全に私情が挟まってると誰の目から見ても明白だ。…簡単に言えばヤキモチ。


──複雑に言えば嫉妬。


こういう時は何食わぬ顔をして話を続けるに限る。絡んでいけば巻き込まれて仲裁に勤しむ事になる。



「…オレは、まずグレイシャーと話がしたい。何故そこまでして人間の住むような場所じゃない土地を欲しがるのかを知りたい。それに...本気でこっちを潰そうとしてるのか知っておく必要がある」


「アイツは本気よ」



「──ハッ...なんだお前、当然のように答えるんだな。なんでそんな事が言いきれるんだよ」



剛がオレの話を遮ってフェリスを睨みながらつっかかっていく。


別に構わないが、ピリピリしてる女に間違った選択をすると物事がこじれるという事を悟って欲しいもんなんだが。


そう、シリウスとルシファーのようにな。

二人とも存在を消したかのように静かに座ってるが、言いたい事は山のようにあるはずだ。


それでも黙ってるというのは事を荒立てないために…と言う意味も含まれているだろう。



「なんでってアタシはアイツと知り合いなのよ?子供の頃、散々一緒に居たんだから」


「知り合い?へぇ...だからお前はソイツが何も言わなくても腹の中が読めるってのかよ…随分と仲良しこよしで結構な事じゃねぇか」



「はぁ?何が言いたいワケ?喧嘩売ってんの?」


「別にお前が誰と昔関わってたかは知らねぇが、お前だけ何もかも理解してビクビクしてんのが気に入らねぇんだよ。オレはソイツと違ってお前が黙ってても腹の中が読める訳じゃねぇんだから口で言ってくれなきゃわかんねぇっつってんだ」



剛が暴走しかけてる。


つかコイツ、恋愛事情においてこんなに面倒臭いタイプの男だったんだな。見苦しい嫉妬なんか他のやつが居る前で見せてくんなよ。普通にドン引きするからそれ。



「おい、話は終わってないぞ。喧嘩するなら後にしろ」


「「──だってコイツが!」」



「いい加減にしろ。話が進まねぇんだよ。…ゴウ、お前の私情で拗らせるな、ちょっと黙ってろ」



わかるよ。わかるんだけどよ。

今はそれどころじゃねぇだろうが。



「あの…いいですか?」


「なんだ」



掴み合いになる二人を黙らせると、おずおずと手を挙げて一歩前に出るルシファー。

ここに全員集合してから今の今までよく黙ってたと思う。そろそろコイツも限界なんだろうな。


…この進まない状況に。



「はい。えっと…気のせいかもしれないのですが、念の為に。私達はこの国に来た日コイグジスタンス城に行ったのですが、その時…あまり良くない気を感じました」



チラッとシリウスを見てからオレに向き直ったルシファーの言いたいことを探る。


表情、仕草からしてモジモジと話すルシファーが何かを誤魔化してるのは見てすぐにわかる。


…シリウスが居るから濁らせてるという事なのだろうが、何のことだ。



「雰囲気の話か?」


「…はい、禍々しい空気と言いますか…」



そう言ったルシファーは、耐えられなくなってオレに念話を繋げた。

…そっちの方がわかりやすくていいわ。



『魔属性のナニかです。フェリスが気付いてるかわかりませんが、とても強い邪気を感じました』


『そうか、わかった』



魔属性ね。…ここでも出てくるか。


…フェリスとグレイシャーの関係性がどんなものだか聞いた訳じゃないから確定的な事は言えないが、深く関わっていた事はフィーのいきり立つサマを見てればよくわかる。


…巻き込まれてるのか…食われてるのか…

操ってんのか…操られてるのか。


それさえわかれば…訳ないんだがな。



「はあ…とにかく相手の情報が少ない。ただそんな中で言い切れることは、それでも無駄な殺しだけはしたくない──という事だ。

向こうにあからさまな敵意を向けられてこっちの身の危険を感じるような事が起きたなら迷わず反撃に出るが、相手が人間である限り、 話で終わるならそれに越したことはないだろ」


「はぁ?お前本気で言ってんのか?

オオカミの里を生きてるヤツらごと根絶やしにするようなヤツだぞ。話し合ってどうすんだよ。もうやりませんって言われてみすみす見逃すのか?」



“オレはゴメンだな”



両手を挙げて首を振る剛はそれ以上何か言うことは無かったが、殺す気満々と言う意志が背中から滲み出ている。


やっぱり異性の古い知り合いは気になるか。

…面倒臭い。



「…ソウ、ゴウの言う通りだ。

やるからには中途半端に終わらせる訳にはいかないだろう。人を殺したくないという気持ちはわかるが、それはここにいるヤツ全員が思ってる事だ。…だが、そんな生ぬるい事を言ってたら共倒れするだけで何の解決にもならん」



シリウスが口を挟んだ。



「そうね…。アタシ、アンタの事好きになれそうにないけど、それだけは同感だわ。…何十年も昔の話を忘れた頃に掘り返してくるような男よ?…中途半端にしたままアタシがここを離れて何かあったら…?」


「ですが、不本意でこんな事をしている方の命を見境なく奪ってしまえば、私達も悪と同じじゃないですか。…話を聞いてみない事にはわからないです」



ルシファーの言葉に、勇者Aを思い出した。


初代この世界に名を馳せた悲しみの勇者。


人間を守る為にこの世界を守る為に何度も何度も魔物を倒して…疑心暗鬼になってヤケを起こして悪に堕ちた勇者。


こういう究極の判断で少しずつ削られていった精神力に限界が来て堕ちたのか。


…オレはそうはならない…と、

いよいよ言えなくなってきたな。


初めての選択でこんなにも神経がすり減って今にも素知らぬフリをして逃げだしたい想いなのに、こんなのが続くと思うと、とてもじゃないがまともでいられる気がしない。


殺しに慣れるような人間だけにはなりたくねぇ。ホント、それこそルシファーじゃないが、どっちが悪だかわかったもんじゃねぇよ。



「なぁソウ。

こんな言い方ズルいってわかってるけどよ…お前が人間を殺せないってならオレが代わりに殺してやるから気にすんなよ」


「…ッ…」



ホントにズルいな。

オレがお前にそんな事させたくねぇのわかってるのにあえて宣言してくるのかよ。


…なんだ、腹括れって言いてぇのか。


壁に寄り掛かって腕を組む剛を睨むと、同じような目で睨み返してくる剛。


“オレは本気だぞ”…ね。



「いや、ソウはゴウが人間を殺す事を望まない…ゴウだけじゃない。お前達仲間全員だ。だから俺が引き受ける」


「いや、何言ってんの?アンタは部外者よ?

アタシが一番人間を恨んでるの。確かに一人じゃ何も出来ないからソウ達が居てくれる事が何よりも心強いけど、人殺しはさせたくない…アタシがやるからいいのよ」



「お前らさ…」



ホントに…バカじゃねぇの。



誰がやっても一緒なんだってわかんねぇのかよ。お前らの誰かが人間を一人でも殺してしまえばオレ達全員が人殺しになるようなもんだ。


仲間として動いて、仲間として協力して、戦って。


それなら、コイツらの誰かが手を汚すくらいならオレがやった方がマシに決まってる。


…これは逃げだと思われてもいい。

人の罪を背負う度量なんて持ち合わせてねぇんだから、いっそ自分が人殺しになった方が気持ちが楽なんだよ。



「お前ら全員…ズルいな。…そこまで言われたらオレはどんな顔してお前らの先頭仕切って歩けばいいんだよ」



その時にならなきゃオレだって自分がどう動くかわからない。楽観的に物事を考えてる訳じゃないが想像より簡単に片がつく可能性もあるだろ。



「…ソウさんは…自分の正しいと思った事だけ胸を張ってやればいいんです」


「ルー」



「…答えなんて誰にもわからないんですから…ね?ソウさん」



こういう時のルシファーは本当に気が利いて助かる。


どういう状況だか把握出来ない中で、それなりに混乱もしてる訳で、自分も同じ環境なのにこうして安心できるような言葉を人にかける余裕があるのは、さすが天使と言ったとこか。


ルシファーだから出来ることなのだろうけどな。



「…恐らく今ここで何を考えても思い通りに行かないのは元からわかってることだ。都合のいい事にオレはお前ら全員と念話を繋げることが出来るみたいだから、作戦はその都度指示する」



“それでいいか?”と続けると、4人全員が頷いた。


これでこの話は終わりだ。

埒の明かない話もこれで──





────ピー






「ッ…」



──何か聞こえた。


とりあえず今なにか聞こえた気がするけど気のせいなのか。



「…ッ!」



まあ明らかに反応してるヤツを見る限り気の所為なんかじゃなさそうだけど。


なにかの合図かもしれないが、この肩をビクりと震わせたフェリスがどんな動きをとるのか一旦見ようと思う。



じゃないと、今は剛がいきり立っている状況で余計なことを言ったら、またフェリスと掴み合いになるかもしれねぇし。



────ピー



…またか。



「ち、ちょっと外の様子見てくるッ」


「あ、おい!フィー!」



焦るように部屋から飛び出して行ったフェリスに、止めようと咄嗟に伸ばされた剛の手は、フェリスを掴む事が出来なかった。



「ゴウ、お前は行くな。話はまだ終わってねぇぞ」


「はぁ?あの違和感を放っておけって言うのか?…オレ、見てくるわ」



「あ、おい!──チッ。なんで言う事聞かねぇんだアイツは」



フェリスの様子がおかしいという違和感を感じたから行くなと言ったのに。



「…あの、私見ておきましょうか?」


「ルー」



本当はなにかあった時の為にオレが行って見張ってるのが一番いいのはわかってる。ただ相手が剛となると、割り込んでいけば火に油を注ぐ事になりかねない。



「…そうだな。悪いがアイツらを見ておいてくれないか?何かあったら念話しろ」



まあさすがに剛が女に手を上げるようなヤツじゃないのは百も承知してるが、問題は口笛を鳴らした人物だ。


禍々しい“気”と共に少しずつ近寄ってくるナニか。


恐らくこの徒ならぬ雰囲気を感じ取れるのは神属性を持つオレとルシファーだけなのだろう。



「では行ってきますね」


「──待て…やっぱりオレも行こう。シリウスも剣持って出てこい」



ここまで自分で危険フラグ立てといて放置はないだろう。仮に見に行って何も無いなら引き返せばいいだけだし。


まあこの魔属性の魔力を無視する訳にも行かないしな。


様子を見に出る必要があるという事だ。


“わかった”と何も聞かずに静かに返事をしたシリウスは部屋を出るオレとルシファーに続いてそのまま昨日泊まった部屋に自分の武器を取りに行った。



「…シリウスさん可哀想です」


「何故だ」



「無愛想ですがとても優しい方だと思います。

なんて言うんですかね…その、ソウさんを大切に想ってるというか…あ、ほら、私も同じ気持ちなので伝わってくるんですよ」



同じ気持ちって…お前なあ。

なんだよ、シリウスがオレに恋してるって言いたいのか?


んなわけないだろう、あんな誰からもイケメンってはやし立てられるような男がましてやテメェと同じもんぶら下げた一端の野郎が恋とかうつつを抜かすなんてある訳が無い。


それとも同じ気持ちって...まさかルシファーのオレに対する“好き”って友情若しくは仲間意識から来る信頼とかの事を言ってたのか?


なにそれ...軽く凹むんだけど。







━━━━━━━━━━━━━━━

オオカミの里

━━━━━━━━━━━━━━━






「──おい、これは一体どういう状況だ」


「あ、ソウ。

うん、聞き覚えのある指笛の音が聞こえたから見に来たらやっぱりアイツで、アタシが名前呼んだ瞬間ゴウが…」



樹洞から出たすぐ先に居るのは剛と知らない老人。言われなくてもわかる…アイツがグレイシャー。



「てめぇかコラ!フィーの大事な故郷奪おうとしてるクソ野郎はよォ!」


「なんだ!私はこの国の王だぞ!お忍びで会いに来たというのに随分な待遇じゃないフィオナ。コイツに離せと言え!」



「てめぇ…コイツの名前を気安く呼ぶんじゃねぇよコラ!」



オレが来たところで時既に遅し。

完全にお怒りスイッチを入れてる剛に何を言っても無駄だ。


こんな事なら指笛が聞こえた時点でさり気なく外へ出とくんだったな。



「ち、ちょっと!やめなさいよ!離して!」


「お前のその感じもさっきからムカつくんだよ!コイツのなんなんだ!」



「た、ただの幼なじみよ!」



グレイシャーの胸ぐらを掴みあげたままフェリスを怒鳴りつける剛に、負けじとフェリスも言い返す。



「…へえ...幼馴染、ね」



そして剛の言葉でここに居る全員が黙った。


フェリスよ、地雷を踏んだな。



「ハッ…幼馴染?なんの冗談だ、笑わせるなよ。

お前さ、オレとソウの付き合いと関係性近くで見てんだよな。オレ達こんなに醜いか?幼馴染ってこんな風に相手を一方的に傷つけていいものなのか?」


「…それは…」



剛の言いたいことはわかる。

オレだって今フェリスの口から幼馴染という言葉が出た瞬間例えようのない感情がこみ上げてきた。


簡潔に言えば、幼馴染という言葉を汚すな。…的な?


もちろんフェリスが使った事に対する不快感じゃない。それをこんな、相手の故郷を奪おうとするクソ野郎の為に使うのが気に入らない。



「ゴウ、コイツはフィーに話があって来たんだ。お前が出しゃばる事じゃない。なんとかしてやりたいくらいに腹が立つのはわかるが、まずは、フェリスと話をさせてやれ」



コイツとは、いずれ敵対して戦うことになるんだ。浅い怒りで対立して情でも沸いてみろ、心に躊躇いが出来る。


どうせやるんなら後悔しないくらい憎んだ相手がいいに決まってる。…人間だぞ。


それになにかいい話が聞けるかもしれないしな。


…期待はしないが。



「…チッ、妙な真似したら一瞬で切り刻んでやるからそのつもりでいろよ」



ガバッと勢いよく離した手から雪崩るように崩れたグレイシャーを庇うように近寄っていったフェリス。


…これは剛にとっては拷問だろうな。



「ゴウこっちに来てろ」


「いや、コイツ何するかわかんねぇからここに居る」



「いいから来い」


「何回も言わせんな。ここに居るって言ってんだろ」



ああもう。

めんどくせぇな。



「──なんだこの状況は」


「ああ…シリウス」



もう助けてくれよ。

あのバカがまた言うこと聞かないんですけど。


…言う気にもなれないから“悟れ”とだけ言うと、シリウスは寸秒の間もなく苦虫を噛み潰して飲み込んだようにヒッソリと顔を歪めた。



「…という事は、あの年寄りはこの国の王と言ったとこか」


「あ?なんだお前会ったことないのか?…てっきりギルドマスターって事は全ての国の王と面識あると思ってたが」



「こんなクソ寒い場所に足を運ぶ訳がないだろう。来るとしても任務を引き受けてギリギリまで温まってから達成した瞬間すぐにこの地を離れてる。この国の街に足を踏み入れた事すら...ない」



いや、お前それギルドマスターとしてあるまじき発言ですからねソレ。


つか寒いの思い切り苦手なのになんであんなについて来たがったんだよ。


この寒さ知ってたのにすげぇガッツだよな。



「──!?グレイシャー!?」


「ソウ!!!」



なんとなくため息をついて剛達に視線を戻した瞬間、



────ドクンッ



禍々しい“気”が目に見える気体となって膨らんだ。



「──ルー!オレから離れるな!」


「は、はいッ!」



「おいお前ら一旦離れろ!ゴウはフェリスをコッチに連れて来い!シリウスは武器を構えとけ!」


「「わかった!」」



さすがに予想外の事に反抗も出来ない剛はすぐにフェリスを担ぐと、離せと暴れる体を押さえてオレの傍まで走ってきた。



「ああ…あ…ぅあああああッ!」



いや…これは…ちょっと予想外だ…。



「フィー!アイツ本当にグレイシャーなのか!?」


「当たり前でしょ!?アンタだってさっきまで普通に胸ぐら掴み上げてたじゃない!」



いやいやいや、これはちょっとヤバすぎなんじゃないか…?



「お前ら!言い合ってる場合じゃないぞ!後でいくらでも喧嘩していいから今はアイツから目を離すな!!」



オレの指差す先に居るグレイシャーだったナニか。


普通のそこら辺に居る老人らしく防寒のきっちり施された分厚いマントや足を暖かく包み込むブーツ、上から下まで見ても完璧に人間だと思い込まされる出で立ちで予想外もいいとこだ。


この世界は...

人間までもが突然変異するのか...?



「フィー。コイツと何を話したんだ?」


「ほとんど何も話せなかったけど、許してくれって言われたわ」



許してくれ?

なんだその意味深な言葉は。



「それ以外は?」


「なんとかしようと思ったけど俺じゃ力不足だったみたいだって…」



「なんだそれ意味がわからない」


「あ、アタシだってなんの事かさっぱりよ!」



「だよな…悪い」



もしかしたら、昔からこういう状況になることがわかっててフェリスがやたらに固執したような態度を取るのかと思ってたからな。


どっちにしろヤバい状況には変わりないだろ。



「うあぁあああああああッ!」



苦しそうに唸るグレイシャー。

なんとか止めてやりたい。だが成す術がない。


このまま変異を終わらせて完全な魔物になってしまえば、どんなに思い入れのある相手だとして人間に害があるなら抹殺しなければならない。



例えフェリスが傷ついても。



「う…ぁ…あ…」


「クソ…」



服をはちきって形が変わっていく腕、黒々とした足から太い血管。見るも無残な化け物と化したグレイシャーを読み取れない表情で見上げるフェリス。



なあ…フェリス。

お前は今何を考えてるんだ…?



「フィー…」


「…ッ…ざ、ざまあみろって感じよね…ッ!これで心置きなくアイツを殺せるってもんよ…ッ…」



ルシファーに抱きしめられて涙を流すフェリス。必死に笑おうとする姿が痛々しくて見てられない。



「ルー…お前はフィー連れて中に入っててくれないか?」


「あ…はい…でも、ソウさん達は大丈夫ですか?」



「いいから中に入ってろ──」


「──イヤよ!何言ってんの!?これはアタシの問題よ!?何度も言わせないでよ!!

…アイツは…アイツだけは…アタシが殺さなくちゃならないのよ!!」



「おい!!」

「フィー !!」



ルシファーを突き放してグレイシャーの元に走って行くフェリス。



「クソッ!!おい!シリウス!お前はルーを頼む!いいか、怪我させたら許さねぇからなッ!!」



横でうろたえる剛に“ゴウ!行くぞ!”と声を掛けてすぐに後を追った。



「──や、約束も守れないヤツがッ!」


「フィー!!近すぎだ!一旦離れろ!」



人間の面影も残さないグレイシャーが耳を壊す勢いで咆吼を上げる中、めり込んでいくように手に召喚した爪で掻き上げていくフェリスは、今までに見た事がないくらいいきり立っている。


自分の気持ちに迷いが出る前になんとかしたいのはわかる…


だが、



「近づきすぎたら危ないだろッ!言うことを聞けッ!」


「無駄だ!ソウ!今のアイツはグレイシャーしか見えてない!!」



クソ…なんとかしねぇと。



────グギャアアアアアアアアア!!


「きゃああああああああああッ!!」



「…てめェエエッ!フィーに触るんじゃねェエエッ!」



────ドゴォォォォォォォッ!!


────ギャアアアアアアアアアアアッ!



「おい!ゴウッ!お前も危ねぇからあんまり近づくと巻き込まれ──」


────ウオオオオオオオオオ!!



「うるァァァッ!神崎流!蒲公英(タンポポ)ッ!」


────ドカアアアアアアアアンッ!!



「…ッ…は…ヤベェ…」



神崎流の技“蒲公英”。

これは魔力を使わない刀術のカウンター技だ。


能力が制限させられてるオレが使ってもここまでの威力を発揮する事は出来ないが、制限の掛かってない剛が放つカウンター技は相手の攻撃力をそのままの威力で返す事が出来る。


という事は今の威力はグレイシャー本人の攻撃力という事だ。


…堪んねぇな…。



「フィー!大丈夫か?!」


「大丈夫かじゃねぇよ!バカかお前はッ!テメェも気をつけないとやられちまうだろうがッ!」



カウンター技で爆風とともに吹き飛ばされてきた剛が自分の事よりもフェリスを心配するが、内心は剛がどうにかなるとハラハラした。


オレの気持ちなんて全くの無視ですからね。

ホント、お前に何かあったらオレはどうしたらいいんだよ。



「お前が怪我したらオレと一緒に戦えるヤツが居なくなるだろ!オレだってテンパってんだよ!勘弁してくれ!」



恥ずかしげもなく言い放った。


こうなったらヤケクソに近い。

戦力を失わない為なら恥を凌いででも言ってやるよ。



「ソウ…悪かった」


────ウォアアアッ!



「でもアイツやる気満々みたいだから早く倒さないと取り返しのつかないことになるんじゃねぇの?」


「ああ…さて、ここからどうするか」



運がいいことに、ここオオカミの里にはオレ達5人以外誰も居ない。


いや、運がいいというか…そう思わせるようにフェリスが昨日の夜この森の(オサ)だという獣人に狼たちを引き連れて暫く里を出ろと説得していたのをたまたま見たんだ。


オレが見つける前から長く説得していたのだろうフェリスも獣人もウンザリとした顔をしていたのが印象的だった。


結局今日の朝、オレが起きた時にはもうオレ達5人以外の姿がなかったって事はフェリスの意見が通った思ってもいいのだろう。


だからなんだという話だが、予想外の事に対応しきれていない今の状況を思うと正直フェリスに感謝しかない。


とにかく里のヤツらがここで怪我をするという事態は完全にない訳だから自分達の護衛に集中出来る。



「殺すしかないのか…?」



今はこんなにもバケモノになってしまったが、あの一瞬でも人間だった姿を見てしまったから出来るなら元に戻して話し合いたい。



「ソウ!生ぬるい事考えてんじゃねぇぞ!ここにいるオレ達の指揮を取るのはオレでもフィーでもルーでもシリウスでもないんだ!お前がそんなんでどうすんだよ!」


「だから言ったじゃない、これはアタシの問題だからソウ達はそこまでしなくてもいいって」



「おい、とっとと決めてくれ。女にここまで言わせてまだヘタれるつもりか?お前はそんな男じゃねぇよな!?」



剛に言われてもう一度自分の胸に問いかけてみた。



…オレはなんの為にこの世界に来たんだと。

この世界をどうするつもりで上天界から降りてきたんだと。


…まだ何も解決してないのにオレは何をビビってるんだ。


人を殺したくないと言うのは綺麗事で誰しもがテメェの命が惜しいに決まってる。


この世界は自分が強くなければ人間だって明日の命は保証されない世界なんだ。


やるしかねぇなら…やるしかねぇよ。



「…ッらァ…」


「あ?なんてった?お前がこれ以上うじうじするんなら──」


「──やってやらァってんだ!…オレはなァ…」



オレはなんだ。



「オレはッ…」



オレは…何を言うつもりなんだ。






“「お前らの大将だクソ野郎ォォオッ!」”







クソったれ。これで満足か剛。

お前にそこまで言われてオレが動かないとでも思ったのか。


ふざけんなよチクショウ。


何が正しいのかわからない旅をしてると、どっちが悪者なのかわからなくなる瞬間がある。


心が押し潰されそうになる不安と大事でならねぇお前らという存在を背負ってると、オレが相手にしようとしている得体の知れないモノにもオレと同じように誰かに想われて誰かに愛されて誰かを愛して想って…


それをオレが壊そうとしているのかもしれないってのに…




────グオ…フィ…オオオオオオ…ナ…




「グレイシャー…ッ…グレイシャー!」


「──フィー行くなッ!お前はゴウの傍に居ろッ!」



だが、そんな事言ってられないんだろ?


剛…お前はあくまでもオレのケツを叩いて前だけを向けと煽るんだな?


オレが間違ってても、例えこんなオレに愛想が尽きて他のヤツらが居なくなってもお前だけはオレのそばに居てくれるんだよな?


…なら頑張れるじゃねぇか。



「でも今…アタシの名前──」


「──行くなと言ってるッ!オレは…お前らの誰1人として…他のヤツらにくれてやるつもりはねぇんだよ...ッ!」



誰かを救う痛みなら…誰かを救う為の犠牲なら…悪人でも罪人でもなってやらァ。



「コイツがどこぞのクソ野郎だか知らねぇが、フィオナ・モリスはオレの仲間だ」



“全員まとめてオレのモンなんだよ”



取られてたまるか。

ここが弱肉強食の世界ならルールに則って真正面から貰っていくまでだ。



ぶっ殺す!





「ぶっ殺してやるよッ!」


──ゥォァアアァァアアッ!





──聞こえる。


血が煮えくり返るようにドクドクと脈打つ音。剛の叫び声。グレイシャーの咆哮。


全てがスローモーションに見える。


怒りが自分の頂点を超えた。



「うああああああああああああああッ神崎流ッ…鬼百合ィィィィイイイイイッ!」


────ギャアアアアアアアアアアアッ!



走り込んだ勢いで切り上げた刀を振り下ろすとバツンとした感覚がしっかりと手応えとして感じた。



「お前がいつからバケモノになったとかッ」


────ズバンッ!!



「なんでそんな薄汚ぇバケモノにならなきゃならねぇとかッ」


────ザシュッ!!



「誰にこんな事させられてるのかとかッ」


────ヒュンッ!!



「心行くまで話を聞いてやりたいとこだけどよッ!!」


────ウアアアアアアアアアアアアッ!!



「オレのダチ公がシケたツラしてお前を見上げてんのがッ」



そうだ...。

オレのかけがえのない仲間の泣きそうなツラ見てるとよ...。


なんつーか...


なんっつーか...心臓の周りがよ...


ほんっと...どうしようもねぇくらい



「ッ、...胸糞が悪いんだよオオオオオオッ!」


────グギャアアアアアアアアアアッ!!



“フェニックスイリュージョン”、いつの間にか唱えることが出来るようになった火炎属性最強の奥義魔法。


その名の通り不死鳥と呼ばれる(オオトリ)の形をした恐ろしいまでに巨大な炎が、想像どおりにグレイシャーの足元を掬って上空へ押し出すように飛んで行く。



────ドカアアアアアアアアアアンッ!!



「…ッ」



充分に打ち上がった炎は空中で爆発を起こすと、次は地面に叩きつけるような爆風を起こしてグレイシャーを地上に戻そうと降り掛かる。



「グレイシャアアアアアアアアアアッ!!」


「ゴウッ!フィーを押さえておけッ!」



今にも飛びつきそうな声が後ろから聞こえてすぐに剛に伝えた。せっかく固まった決意がこんな所で揺らいだら堪んねぇからな。


竜巻を起こす風雷属性魔法“エアドライブ”を唱えながら思った。



────ギャアアアアアアアアアア!!



苦しそうにもがくグレイシャーは竜巻に巻き込まれて宙を宛もなく飛び回り風が止んだところで下に落ちる体制に入った。


まだ、オレの唱えた魔法の効果は続いてる。


このまま叩き落としてもいいが、ヤツに攻撃する力がないのなら少しくらい話を聞いてやってもいい。



────ドオオオオオオオオオオンッ!



「グレイシャー!」


「オレが話すから近づくんじゃねぇ!!」



「…ッ」



すぐさま駆けつけようするフェリスに来るなと止める。


つか、剛押さえとけって言っただろ。

なにしょうがねぇみたいな顔してんだよ。

…怪我させたらオレよりも先にキレるくせに。



「…おい、オレの言葉が通じるか」


「…ぅ…ぁ…」



「反応出来るということはこっちの言いたい事が伝わると思っていいのか?」



お前はバケモノか。人間か。

心の奥底が知りたい。



「──ソウ!コイツが弱っているうちに畳み掛けるぞ!」


「ちょ、おい──!!」



「この野郎!テメェがバケモノだろうがそうじゃなかろうが関係ねぇんだよッ!ただ、自分を抑えられなくなっちゃダメだろうが!」



────アアアアアアアアアアアアア!!



剛の容赦ない切込みがグレイシャーの腹部に入り、痛そうにもがく。


あれだけ気合入れても、苦しそうに唸られると気持ちが負けそうになる。


…剛が居てくれて本当に良かったと思わざるを得ないな──







「い、イヤアアアアアアアアアアアアッ!」






「──ッ!?」



段落をつけ改めて武器を構えた瞬間聞こえてきた悲鳴。



「ソウ…すまない…気を緩めた…」



ルシファーの甲高い悲鳴が辺りに響いて振り返ると、そこには両腕にルシファーとシリウスを抱えた見たことのない男がヘラヘラと嗤いながら立っていた。



「てめぇ…なんのつもりだ」



オレから目を離すことなくニヤニヤとにやけるソイツは、指先で何かを合図する。



「ゴウ!フィーを頼む!」



そしてオレは心の中で全属性で唯一の瞬間移動魔法である闇属性魔法“スティングシェイド”を唱えた。



────シュンッ!!



「この野郎ッ!こそこそしてんじゃねぇよ!」


────ビュンッ!!



「──!?貴方は…もしかして噂の…?」



オレの瞬間移動が読まれた上に避けられた。



「なんだテメェ...タダモンじゃねぇな…」


「ソウ…やめてくれ…コイツは本気で相手にしてはいけない…」



シリウスの声に力が入っていない。

逆の手にがっしりと捕まっているルシファーも気持ちぐったりとして見える。


コイツ…

魔力を吸い取ってるんじゃないだろうな…。



「…よし、わかった。一旦お前に手を出すのをやめる。…その代わりお前が何者なのか名乗ってくれないか?」



挑発はオレの身に危険が及ぶ前にシリウスとルシファーに被害がいく。


不本意だが、ここは大人しくするしかないな…。


オレは構えた刀を収めてから両掌を男に見せて言った。



「おや…?私のことをご存知無いのですか?」


「…悪いな…どこかのお偉いさんだったなら改めるが…」



背後で暴れ続けるグレイシャーに気を配りつつも、意識は完全にコイツだ。


深々とかぶった真っ白なローブのような服のフードから見えるのはゆるく歪んだ口元のみ。


正直コイツに危険を感じないなら“私のことをご存知ないのですか?”の時点で本気でツッコミを入れたかった。



“お前のどこを見て知った顔か確認すればいいのか”──と。



「まあ…存じ上げて無いのあれば名乗るまでですね。私の名は、“ゲルド・フォンマイヤー”。1度くらいは聞いたことがあるかもしれませんが」


「あー…ハハ…」



半分ドヤ顔で自分の名を名乗ったゲルドだったが、ふんぞり返りながら言い放った名前に聞き覚えもないどころか、ピンとこなすぎて若干焦ったオレ。


きっと今、頭の上“?”が綺麗に前習えしてると思う。



「聞いたこともないんですか?」


「…悪いな…」



「…それは心外ですね…」


「だが、今名乗ってくれたおかげでもう覚えた。…次はオレの番か?」



ここまで言ってこの世界に来て何度か経験した自分の存在についての悩み。いずれバレるにしたって人を選ばなければ面倒事になり兼ねない。


それに…コイツはおそらくオレ達の敵だ。



「そうですね…私の知っている情報に間違いがないか確認したいので名乗る前に言わせてもらえますか?」


「…」



いちいち段階を踏まなきゃ会話ができないタイプなのか。



「そうですね…貴方の名前は、ソウ・イングラム。歳は18歳で性格はムッツリとツンデレってとこですかね」


「…」



…聞きたくなかった!!

ムッツリとツンデレとか男であるまじき属性じゃねぇかよ!



…ん?ちょっと待て。

ムッツリとツンデレって…この世界に通用しなかったよな?



「ッ、おま──」

「──まだですよ?ここからです。

ソウ・イングラムという名はこの世界で適当に見繕った名前。貴方の本当の名は“カンザキ ハジメ”少し前まで地球(アスラ)という星で生きていた普通の学生でしたね」



「…な、にを…」



さっきまでの余裕は完全に消え去った。

次こそ本気で笑えない。


何だコイツ…何者だ?



「貴方のご両親は片やこの世を創り上げた神創神“ヴェルトリオン・グリンシア”、片や上天界の女神“エレノア・グリンシア”…違いますか?」


「…ッ」



片腕に捕らわれているシリウスが、信じられないものを見てしまったかのように目を白黒させながらあんぐりと口を開けている。


そうだよな。

オレの素性は複雑すぎて言う事すら面倒だと、シリウスにすら後回しにしていた。


自分で言うより信憑性があるか?

オレが、“実はオレって神様の子供なんだよね…”なんて言ってお前は信じてくれたのか。


言ったら距離を置かないか?

知らなくてもいいことだと思ったからオレは黙ってたんだが。



「は…なんだよ。そこまでわかってんなら話は早いな。次はオレのターンでいいか?」


「ほう…?なんでしょう」



「オレがどこぞの誰だか知った上でこうしてアンタが接触してきたという事は、オレ達の目的というものもわかってると思って話をするが、単刀直入に聞く。…お前はオレ達の敵か?」



後ろで、繰り広げられてるフェリスと剛の攻防。


グレイシャーの踏み鳴らす地鳴り。

アイツらの実力を考えると、あのバケモノを仕留めることにこんなに時間が掛かるとは思っていない。


剛はきっと本気でグレイシャーを倒しに掛かってるのはわかるが、傍に居るフェリスがこっそりと回復魔法を掛けている事には気づかないだろう。


特に魔力の乏しい剛なら尚更。


早めに何とかしないとフェリスの魔力も底を尽き、剛も疲労が溜まる一方だ。コイツが敵だと言った瞬間全てを終わらせなければならない。


オレは腰に掛かった刀に手を添えて構えの体制に入った。



────パチンッ!!


「!?」



─────ギャアアアアアアアアアアアア!



「グレイシャアアアアアアアアアッ!」


「フィーッ!」



バンと何かが爆発した音に続いてフェリスの叫び声があたりに響いて意識がそっちに向く。



「キャアアアアアアアアアアアアッ!」



一瞬目を離した隙に、上空へ飛び上がったゲルドは、両腕に抱えた二人の首を締める力を入れて嬉しそうに舌舐りをした。



「──ッ!クソッ!ルー!…テメェェェエエエッ!」



シリウスの言う通りこのゲルドという男は一筋縄では行かないと思う。


だが、だからと言って俺の仲間が2人も奪われてニコニコ笑ってられる訳がないだろう。



“スケルトン”



────シュンッ…


「───なッ!?」



「い、いやああああああああああああッ!」


「クソッ!ルー!」



どこからか聞こえてきた無属性魔法の呪文“スケルトン”。


魔力が放たれた音が聞こえた瞬間に、わかりやすく動揺を見せたゲルドの腕からルシファーとシリウスがすり抜けた。


オレの身体が人より優れていてよかった。

──魔法がなくともこうして瞬発力で補うことが出来る。



「シリウス!次はないぞ!ルーを頼む!」


「あ、ああ!」



すり抜けた瞬間に引き寄せたルシファーをシリウスに押し出して、オレは一瞬にしてゲルドへと距離をつめた。



「時間が無いから簡潔に答えろ。お前の目的はなんだ」


「…この世の滅亡ですかね」



「ならばさっきの答えはお前はオレの敵という事で間違いないんだな?」


「さあ…それはどうですかね。こんな醜い世界なんてないものとしてしまえば、貴方の目的と私の目的は一致すると思うのですが」



────ウオオオオオオオオオオオッ!



「フィイイイイイイイイイイイイイッ!」


「フェリスッ!!」



ここまで何もかもバレてる相手と戦うなんてな。


出来るなら誰からも謎を思わせたまま全てを終わらせて、静かに暮らしたかったのだが、こう言うイレギュラーなヤツがいるのなら、オレがどんなに黙ってても、もはや無駄だということがわかった。


ああもう!めんどくせぇ!



「剛!!お前はそっちを死ぬ気で対応しろ!オレは…」



このクソ野郎を──





“──テメェの相手は俺だ”




記憶に新しい認識の出来ない声がした。



「…あ、貴方は…闇帝シャウラ…──ッ」



オレがゲルドに振り返った時には、さっきまでの状況とは全く変わっていた。


…アイツ、ギルドの側で昼寝していた…シャウラ。



────ヒュンッ


「クッ…また私の邪魔をするつもりですか?私がそう何回も黙ってやられるとでも…?」



────ガチンッ!!



「ガキが必死になってこの世を何とかしようとしてるってのに...後は死ぬことしか残されてねぇ老耄の俺達が邪魔をするなんて野暮な真似はよしてくれや」


「クッ...そ、そうやって、次の世代に期待するクセなんとかなりませんかッ!?」



────キンッ!!



「ハッ...いいじゃねぇか。今回のヤツらは今までクソガキよりダントツにデキがいいんだ」



カチカチと手に取った剣をぶつけ合わせながら訳のわからない話を上空で繰り広げるシャウラとゲルド。


大将とクリスの反応からしてシャウラというヤツはシリウスに深く関係していると思っていたが…ゲルドもか?


いい加減オレの中で関係性がめちゃくちゃになって何が敵なのか、何と戦ってるのかまるでわからなくなりそうだ。



「よお小僧、また会ったな。俺は一応こう見えてレアな存在だからそう何度も会っちゃダメなんだけどよ、コイツが悪さしてるから止めに来てやったぜ?

俺はコイツを連れて帰るから、お前達はそのバケモノ(グレイシア)がこれ以上暴走する前に倒した方がいいと思うんだが」


「ち、ちょっと待て!もう聞きたいこと色々ありすぎて何から聞いていいのかわからない!...コイツがコイグジスタンスの王で間違いないのか?」



上空で浮遊したままの、今にも瞬間移動して消えてしまいそうなシャウラに叫ぶと、さっきまで逆の立場だった情けない姿になった捕らわれのゲルドを摘み上げて無理やり答えさせた。



「んぁ?それはこのクソッタレに聞け───ほら答えろテメェ」


「…いッ…ええ、そうですね。コイグジスタンスのグレイシャー王でした」



「そうか…それはお前がやったのか?」


「ええ、この国を自分のモノにするというグレイシャーが、最強の力が欲しいと私に泣きついて来たので、魔物になることを提案したら受け入れまして」



「じゃあ、コイツはお前が居なくてもこの国を奪うつもりだったんだな?」


「…何が言いたいんですか?」



オレが人間を殺す理由だ。

魔物になったという事は、少なからず別の魔物が関与しているという事はすぐにわかった。


だがこの突然変異がヤツにとって本望なのか。

…幼馴染であるフェリスの故郷を本気で奪いたかったのか。


殺してから後悔なんてしたくない。



「ヤツが、心まで魔物になってしまったのか知りたかっただけだ」



…これで心置き無く殺せる。



「兄ちゃん。あんまゴチャゴチャ考えてる余裕はなさそうだぜ?」



シャウラに言われてグレイシャーを羽交い締めして両手がふさがったシャウラの顎が指す方向には、いつの間にか巨大化したグレイシャーが剛に襲いかかるところ。



「剛!!」


「一気に2つをどうにかするなんてできねぇんだから、一旦コイツは俺に託せ。ちゃんと殺さねぇでとっといてやるからさ」



「あ、アンタは一体なんなんだよ!」


「なぁに、そこら辺の野郎と一緒だ」






“テメェのガキ(シリウス)が気になってしょうがない…しがない父親…ってとこさ”






念話が聞こえて言い返した時にはもう遅かった。



「おい───ッ、クソ!」


────シュンッ




──やっぱりか、あの野郎。

こんなとこでオレにしか聞こえないようにする徹底ぶりまで見せやがって。



「後味の悪いことすんじゃねぇよ...」



そんなにシリウスに知られたくないのなら絡んでこなきゃよかった話だろうが。



────グルァアアアアアアッ!



いや…今はそれどころじゃない。


やることが多すぎてオレだけ違う世界に居るみたいな錯覚が起きかけてるが、目の前にちゃんと仲間が居る。


これをしっかりと片付けて改めて全てを話し合う必要がありそうだ。


これから先、遠からずいずれ相手にしなきゃいけないゲルド・フォンマイヤーという新しい脅威を前に、オレ達はもっとお互いを知るべきだと強く思った。



「──シリウス、状況は?」


「ああ…見ての通りだ」



戦いながら少しずつ離れていく剛を始めとしたフェリスとグレイシャー。


戦えなさそうなルシファーを思うと都合がいい。



「オレに聞きたいことが山のようにある事はわかってる。だが今はそれどころじゃないという事くらいわかるよな?」


「ああ、わかる…一つだけ確認したい」



「すぐに終わるなら聞いてやる」



剛達の攻防に意識を向けながらシリウスに問いかけると、横で息を吸いこんだ音が聞こえて一瞬の吃りを見せた。



「この期に及んで何度もしつこい事を思うが…俺はソウ達の仲間でいいんだよな?」



何を言うかと思えばコイツ…メンタル弱すぎだろ。


仲間だと思えないヤツに自分の仲間を託すのかよ。しかも一回気を抜いてゲルドに捕まった相手にだぞ。



「愚問だな。オレの傍に居る間は仲間だと思え。いちいち確認するのもめんどくせぇよ」


「離れたら仲間じゃないのか」



「…まあ、オレは我ながら狡い性格だと自負してるからな。1度手に入れたモノは手放したくない性分なんでね」



遠回しに“ギルドマスターなんて辞めちまえ”と、言ってるんだが…お前にその度胸があるかだ。


確かに魔力検定を受けた理由は不順極まりないモノだったが、ギルドマスターに選ばれてから今まで任務を怠るこなくこなして来たのは紛れもなくシリウスの意思だろ?


イヤイヤながらにそれでも、いち、フレイミスの“五帝”の一員として頑張ってきたのは嘘じゃないはずだ。


それを壊せと簡単に壊してしまえと言うオレを、お前こそ信用していいのかよ。



「ゴウ!」


「ハッ...そ、ソウ!」



「悪い、立て込んでた!」


「おうよ、コイツなかなか弱ってくれないからそろそろ疲れてきてたとこに更にデカくなりやがってよ!」



“なんなんだコイツ”と睨みあげて吐き捨てる剛を横目にフェリスに目を向けると、グレイシャーの血か自分の血かわからない血しぶきを顔から拭いながら気まずそうに顔を逸らした。


やっぱりコイツが回復してたか。

剛の馬鹿力を前にこんなに手古摺るはずがねぇと思ってたとこだ。


…言うつもりはないがきっと気付いてないのは剛だけだぞ。


そこまでして守りたいか。


お前の何がそうさせるんだ。

...コイツの何がお前を縛ってるんだ。


オレ達じゃお前を助けてあげられないのか。


コイツは端からお前の故郷を奪おうと企んでだヤツなんだぞ。


…それを知ったところで、お前のその意地は気を休めてくれるのか。



「フェリス!お前は一旦引け」


「な、イヤよ!!コイツはアタシが殺すのよ!」



嘘をつくな。

…嘘をつくんじゃねぇよ。


お前はこの状況でも尚、オレ達の意志とは裏腹にグレイシャーがなんとか助かる方法を考えてるだろ。


頼むよフェリス、お前の大事な知り合いをこの手で葬り去ろうってんだ、生半可な覚悟じゃ出来ねぇのわかるだろ?


邪魔をするな。



「…そうか、わかった。…フェリス。悪く思うなよ」


「な──」



「ジッパー」


「ンンッ!?──ンンンンッ!」



地球にいた頃のオレなら人にどう思われようと気になることも無かった。


でも何故だろうな…この世界に来てまだ1週間そこそこ、ホント文字通り生まれ変わったかのように人間らしく感情に左右されてる気がする。


イライラしたりムカムカしたり、そんなのは日常茶飯事だったが、それ以上に目立つのは寂しいという感情や恋しいという感情だ。


独りぼっちで居た時間が長かったからだろうか。一度傍にいてくれたヤツらを手放す事が考えられない。嫌われて離れてしまったらどうしようとかな。


グレイシャーを殺してしまえば誰よりも悲しむのはフェリスだ。


オレを恨むだろう。

…だが、そうでもしないとこのバケモノの本当の威力がまだ隠されていてそれこそシャウラの言うように今の状況よりも悪化してしまえば…何もかも終わる気がするのはオレだけか。



「ソウ!お前フェリスに何したッ!」


「…コイツは魔法を使いすぎてる。魔力がなくなれば瀕死だ。オレがこの魔法を解けばコイツはまた魔法を使う…どうする?」



人を想って自ら悪者になるのは悪い気はしない。


ただそれは一時の感情だ。本当に嫌われたら今まで仲良く会話出来ていたのも永遠に出来なくなるかもしれない。


剛。

オレはどうすればいいんだ?



「…そのままでいい。フィー、息は出来るか?」


「グルルルルルルルル…ッ!」



威嚇するように唸るフェリスに心が怯みそうになる。殺す気で睨みつけるその目に何もかも投げ出したくなる。


…自分を取るか、この世界の平和を取るか。


なんつー天秤に掛けられてんだオレ。

つい最近まで普通の高校生だったヤツの悩むことじゃねぇよ。



「…悪く思うな。創はお前を思ってこうしたんだ。文句なら後でみっちり聞いてやるから戦えるならそれで戦ってくれ」



剛は心を鬼にしてフェリスに言っただろうな。



「グルルルル…」



「ソウ、行くぞ」


「あ、ああ…」



コイツが魔法に疎くて本当に良かったと思える。変に知識がついていれば魔力がない時の対処法なんていくらでもあるからな。


例えば、ルシファーが大量に持つ魔力カード。


アイツが買ってきたのは数ある魔力カードの中でも1番性能のいい全回復の出来る物だ。


魔力を使うことに慣れてしまえば疲労が魔力と通じていることに気気付いて剛でも“カードを使え”と騒ぐはずだが、それも今のところ...ない。


1番怖いのは、光属性の“シャイニング”と“マジックデバインド”の同時発動に気づくことだ。


特定の相手を混乱させ、その間に魔力を吸収する魔法に、自分の魔力を特定の相手に分け与えることが出来る魔法が合わされば、ほぼ永久的に魔力を作り出すことが出来る。


フェリスの属性が水氷と土地属性でよかった。


確かに光属性も少しはかじってるみたいだが、それもちょっとした回復程度の技量みたいで、オレやルシファーが使えるような補助魔法は使えないみたいだから今こうして体力的に限界来ている事もよくわかる。



「お前が本気で殺したい相手なのはよくわかる。でも、へとへとになってたら勝てる相手も勝てなくなるだろう?」



剛にはバレないようにしないとな。

自分がフェリスの敵討ちだと息巻いて必死に攻撃を続けていた横で、その救いたい相手が自分の標的の回復に勤しんでいただなんて知ったら。


普通の人間ですらイラつくと思うのに、剛相手にそんな…ね。


ある意味フェリスに感心する。

まあ、言うても上天界からの付き合いでまだ知り合って日が浅いから完璧に剛を把握してないとしても、ここに来てから何度かコイツが暴走しかけてるのを見てるのにこの行動だもんな。


怖いもの知らずというか…コイツにバレて怒った時に誰が苦労して止めるのかよく考えて欲しかったわ。


…無理だと思うけどな。



「…俺も作戦に入れてくれ」


「──あ?」



不意に後ろから問いかけられるソコに振り返ると、キリッと腹を括ったような顔で立つシリウス。


コイツにもコイツなりに何かしらの覚悟があったんだろう。さっきまでの不安が折り混ざったような表情とは打って変わってそれらしい顔つきに安心した。


そうだ。

お前からしたらオレは神の子かもしれないけどな、オレから言わせればお前は謎多き闇帝シャウラの息子なんだからな。


びっくり仰天はお互い様だろうが。

要はそれを自覚しているかしていないかの違いだろ。


オレだって初めて自分の父親がこの世を創り上げた神だと知った時は驚き通り越して一瞬“無”の世界にワープしたんだぞ。


変人の親を持つ可哀想な息子同士仲良くしたいんだよ。



「とにかくあのバケモノを斬った感触を知りたい。さっきまではまだ人間味があったというか、斬ったら斬っただけの出ごたえがあったんだが、突然変異したからな」


「あー…斬ったことないからわかんねぇけど、イメージ的にすっげぇ分厚いゴムを斬ってるみたいな感じって言えばいいのか?」



オレが剛に聞くとわりとわかりやすい例えで答えてくれた。


…分厚いゴムね…。

なるほど。


やる気が削がれていくような硬いものを相手にするより何倍もマシか。攻撃が効いているのか効いていないのかわからないモノを相手にするほど心が折れそうになるものはないと思うしな。


ここは魔法で攻めるよりも刀で攻撃した方がマシなのかもしれない。


とにかく何度も言ったが、まずはアイツをどうにかする事からだ。先に進むにしてもこれらのことを話すにしても今目の前にある脅威をどうにかしなければ進もうにも進めない。


それに、フェリスの今後も変わってくるかもしれねぇしな。仲間をとってアイツの思うように回復して殺さずにどうにか出来るならオレだってそうしたいが叶わぬ事だ。



「フェリス。戦える力が残っているならこのままオレたちに加勢して欲しいんだが、長らく相手にしてるからお前の体力に限界が来ている事は言わなくてもわかってる。

無理強いはするつもりないから入ってこれるなら手を貸してくれ。無理そうならルシファーと離れて待ってろ」



オレの言葉は、直訳すると邪魔をするなら入ってくるな。…という意味だったのだがわかってくれるのだろうか。


都合よく咆哮をあげるだけで何もしてこないグレイシャーだが、こうも長々と作戦会議を許してくれる気の長い魔物だとも思えないしな。


…第一、アイツ少しずつ大きくなってる時点で、倒すのに苦労するのはオレ達の方だ。

グレイシャーが大人しく待っててくれるのは、自分の身体が大きくなっていく事への余裕からくるものなのか。


とにかくこれ以上このまま放ってはおけない。



「よし、オレが先頭切ってアイツにダメージを食らわすから、シリウスは魔力に余裕があるなら火炎属性で出来るだけ状態異常になる効果のものを唱え続けてくれ」


「わかった」



「剛!お前はオレのサポートだ。ひとつひとつの力はお前の方が強いだろ?細かい傷を与えるのはオレに任せてくれていいから、お前はオレがヤツを切り上げたら地面に叩きつける事だけに集中しろ。それ以外はフェリスとルシファーを守れ。…わかったな…?」


「おうよ!」



うにうにと人間とはかけ離れた触手のような足を生やしてオレ達とは真逆の方向に進んでいくグレイシャーに向かって走るオレ達。


オレに気の迷いがあるのかすらも自分でわからないところまで来た。


行きあたりばったりはやめようと思って色々考えたが、オレには作戦というモノは向いていないのかもしれないな。


つまらない自分の感情を優先して、目の前の戦いから目を背けることばかり考えてた。


もしかしたら、オレがはっきりしないからフェリスの覚悟が鈍ったのかもしれない。オレがもたもたしてるから剛の士気が下がったのかもしれない。


いや、オレのせいだ。

わかってる。…そのくらいわかってるんだよ。





「うらああああああああああああッ!」


─────ザシュッ!!




クソ野郎。


お前がフェリスを裏切るから。




「このクソ野郎ッ!!」


─────ヒュンッ!!



人間の姿で話をしていたお前はちゃんとグレイシャーだったじゃねぇか。



「お前が…ッ…お前がアイツを裏切らなければなァッ!フェリスがあんなに悲しそうな顔をする事はなかったんだよォォォオオッ!」


────バツンッ!



────ウオアアアアアアアアアアア!!



騙しやがって。

フェリスを傷つけやがって…。



「殺してやるッ!!」



遠巻きから走り込んだ助走を利用して大きく振りかざした刀を下ろす瞬間───



『ソウ!やめて!!』


「クッ…」



──フェリスからの念話で身体が動かなくなった。



「ソウ!どうした!?」


「おい!創!何があった!?」



せっかくの覚悟が台無しだ。

怒りに任せないと、勢いに任せないと無理だと自分を必死に奮い立たせたのになんなんだお前は。



『ソウ…ごめん。グレイシャーに回復魔法を使ってた事は謝る。きっとみんなの事は騙せてもソウだけは騙せると思ってなかった。でも、まだアイツが人間であるのならもう一度だけ話がしたくて…痛い目見れば少しはわかってくれる気がして』



『お前の気持ちを蔑ろにしてる訳じゃない。ただこのままだと手に負えなくなると思ったから迅速な対応を──』


『──わかってる!…もう魔法は唱えない。約束する。やっぱりアイツはアタシの手で殺したい。…その前にもう一度…もう一度でいいから話をさせて欲しいのよ』



想いの強い念話だからかフェリスの言葉が雑音ひとつなく鮮明に頭の中に響く。


そんなことをさせてコイツは後悔しないのか。


一生背負う心の傷になるかもしれないのにそのきっかけをオレが与えるというのか。



『ソウ…グレイシャーは、他の人間と違ってアタシと共に戦ってくれた唯一の友達だったの。…今はソウもゴウも居て、シリウスも仲間になって、人間が嫌いっていう事が嘘のようにみんなと仲良くしてる』



“自分の過去を清算したいの…今のアタシがアタシでいられるのは少なからずアイツのおかげでもあるんだから”



こんな時に強くお前の仲間はオレ達がいるからアイツは過去の存在だ!忘れろ!…って言えたらいいのにオレにはできねぇ。


フェリスの言う事を鵜呑みにできない自分と、そうしてやりたい自分が腹の中で葛藤して息苦しい。



…決めろ。


決めるんだ。



強く…フェリスの安心する言葉…。

ひとつでいい。


…なにか気が効くことを…。



「「ソォォォオオオッ!」」



クソッ!



『お前にこれ以上傷ひとつでもつけやがったら、問答無用で殺すからな』



ああ…オレは



──馬鹿だ。



「…ソウありがとうッ!」



何も出来ないオレは黙ってアイツに掛けた魔法を解除し、傷つける方を選んだ。



────ギャアアアアアアアアッ!



「グレイシャー!話を聞きなさい!アンタは人間でしょ!?馬鹿みたいに叫んでないで言いたいことがあるなら言葉で伝えなさいよ!」


「フィー!それ以上近づくなッ!」



──うあ…うおおおお…


「何!?今なんて!?もっとはっきりよ!」



──う…あ…


「グレイシャー!アンタは人間よ!アタシの大嫌いな人間!ただでさえ嫌いなのにこれ以上嫌われたいの!?…全て終わらせてそれぞれの故郷が元に戻ったら…何もかも元に戻ったら…アンタはアタシを──」



『お嫁に…するって…言ったじゃない…』



────グ…グ…グアアアアアアアアッ!



「フェリス!」


「──クソッ!」



何故今の言葉がオレの頭に入ってきたのかはわからない。


念話でもない、なんだ今のは。



「うああああああああ!グレイシャアアアアアアアアア!!」



やっぱりな。こうなってしまうんだ。

必死に探したグレイシャーの心はもうとうにこのバケモノに食われてるんだとよフェリス。



満足かよ。

こんな終わりでお前は満足かよ。



「オレは…真っ平御免なんだよォォオオッ!」


────ドオオオオオオオオオンッ!



────ギャアアアアアアアアアアッ!



「まだよ!まだ話は終わってない!!」



まだ言うか。

お前は今掴まれて殺されそうになったんだぞ。


オレが近くにいなければ、あの忌々しい口の中に放り込まれて噛み潰されていたかもしれないんだぞ。



「オレは言ったハズだ!お前に傷一つでもつけたら──」


「アタシはまだ傷つけられてない!離して!ソウ!グレイシャーが!!」



ああ、もう限界だ。


不安そうに見ているルシファーの目も、シリウスのグレイシャーを睨む顔も、怒りでどうにかなりそうな剛の横顔も、離してくれと泣きそうな目でオレを睨むフェリスも…



…限界だ。



「ダメだ!アイツはもう諦めろ!いつまでも現実逃避してんじゃねぇ!いいか?アイツは過去だ。今のお前にはオレ達がいる。お前にとってどんなにヘタレで役に立たないオレでもな、もうお前の仲間なんだよ!諦めろフェリス!!」



クソ…悔しくて情けなくて涙が溢れてくらァ。

大声出しとかねぇと感情が抑えられねぇ。



「ソウ…」


「お前に嫌われようがオレはお前を閉じ込めてでも守るからな。オレの大事なモンを失う訳にはいかねェエエんだよォォオッ!」



クソ。


ああもう…ホントにクソ。



「なあ…フェリス…。

オレの親友の傍から離れるんじゃねぇよ。あそこで心配してるお前の親友も捨てるつもりか?新しい仲間にオレ達の付き合いをこれからみっちり叩き込んでやれよ。オレの傍から離れようとするんじゃねぇ…」



バカ野郎。

オレの心が脆いのわかっててこの仕打ちか。

ふざけんなよフェリス。ひとりでも欠けたらオレ達じゃねぇって言っただろうが。


オレをいじめてそんなに楽しいか。



「ヒック…う…うぅ…グスッ…」


「...お前はもうそこに居ろ」



叫ぶ気にもなれない。

…フェリスの想いが詰まった涙を見たら何も言いたくなくなった。



────キンッ…



「…は、じめ…?」

「ソウ…なにするんだ?」



…クソ野郎が。

どうやってもフェリスは傷つくんじゃねえか。


この際誰が傷つけたのとか最早どうでもいい。

問題は自分の幼馴染を泣かせたテメェも、大層大事に扱うフリして連れ歩く分際で、こんな形でしか物事を収められねぇオレも大概クソ野郎って事だ。


なんて…それだけわかってりゃ上等か。



「おい創!近寄るなら刀を抜け!素手で勝てるわけねぇ!」


「弱ってるとしても相手は魔物だ!」



...うるせぇよ。


テメェらにオレの気持ちがわかるかよ。

それでも、大事なモンから大事なモンを奪うオレの気持ちがわかるかよ。



「クッ!!」


────ドス…



────ギュアアアアアア!


────ドオオオオオオオオンッ!!



「うあ…ッ」



痛てぇ…なクソ。


オレのパンチへのお返しがこんな威力かよ。

お前にとってデコピン1発にもならねぇのに酷い仕打ちだな。


何メートル飛ばす気だ。



「はじめッ!刀を抜け!」


「…なあ…テメェ、フェリスの婿になる予定だったんだろ?…それでお前はこんな醜い化け物に成り下がって一体何をしてるんだ?」



オレとお(グレイシャー)のサシの話だ。

…オレの大事な...心ッ底大事な仲間を裏切って傷つけたお前の今の気持ちはどうなんだ。


端から裏切るつもりで、フェリスを騙したのか。それとも口に出した時にはしっかり本気だったのか。



────ドス…

「なあ…どうなんだよ──」



────ウイアアアアアアアアッ!!


────バアアアアアアアアアンッ!!



「グァッ………ッてぇ…」



「ソウさんッ!!」

「ソウ!やめて!ソウが死んじゃう!!」



なぁ…。

言ってくれなきゃわかんねぇよ。


オレは拳で会話するヤンキーみてぇな高等技術なんか持ち合わせてねぇっての。



「お前を殺す前に聞かせてくれてもいいだろう?お前の大好きなフェリスはオレにちゃんと教えてくれたぞ。──“そんなお前でも大事”だって」



────ドス…




自分もフェリスが大事だと言ってみろ。


お前がそうほざいてくれさえすれば心置き無く殺してやれる。お前もオレが憎いだろう?もう二度と顔を合わせなくて済むようになるんだぜ?



「言ってみろよ…」


────グ…アアアアアアアアアア…



オレを極限まで怒らせてみろ。



そう言おうと息を吸い込んだ瞬間───



「──シリウス!援護頼む!」


「了解した」



オレの身体が宙に浮いて視界いっぱいに剛の背中が見えた。


...担がれたのか?...オレ。



「──ッ…剛、離せ。オレはアイツと話をしてるんだ」



邪魔すんじゃねぇよ。


このクソったれに次生まれてきた時も忘れてないよう...オレという人間を叩き込まなきゃ気が済まねぇんだよ。



「おい創…お前オレを怒らせてんのか?」



「は?…オレはただ──」

「──テメェが傷だらけになってオレがニコニコ笑ってると思ったのかッ!?」



「つ、よ…」


「あーあ。ホント…お前もフィーもムカつくんですけど。柄にもなく妬いてるわ。グレイシャーグレイシャーってよ...マジでしつけぇんだよテメェら」


「──ってぇ…テメェ…」



─────ジャキ…



「ゴ…」



背中から勢いよく落とされたオレはすぐに立ち上がろうと踏ん張ったが、



「おーっと動くなよ?創。コイツはオレが倒す。ちょいとコイツに言いてぇことが出来たんだ」



すぐさま腰から抜かれた刀がオレの喉元を突いて阻止された。



『悪いな…オレ、結構ヤキモチ妬きかもしれねぇわ。フィーが絆されてそれだけでも気が狂いそうだってのにその上お前まで狂わされちゃ適わねぇよ。

お前が何をゴニョゴニョとアイツと話してのかわかんねぇけど、オレ抜きでそういう事されんのもムカつくんだわ。…よく覚えておけ』



オレの首元から刀を逸らした剛は、背中を向けてグレイシャーの元へと歩み寄っていく。



「ソウ!!大丈夫!?」

「ソウさん!ああッ…今回復しますから!」



「…あ、ああ…」



雪の上に尻餅をついたまま唖然としてるオレの元に駆け寄ってきたフェリスとルシファーが、すぐに回復の手順を取る。



オレはそんな事には目もくれず剛がこれから何をするのか凝視することしか出来ない。



「…」



悶々とグレイシャーの傍に近づいていく剛の周りを取り囲む空気がピリピリとその場を凍らせるように冷たい。


これは、元々寒い地域のせいだとしても孤独の中にひとりぼっちじゃないというのに誰一人としてアイツを止めようとしない事が更にこの場を凍りつかせるかのようにしんみりとしている。


剛のヤツ…本気でキレやがったな。


クソ野郎。テメェはこの世界に来てからお説教ばっかりじゃねぇか。お前だけ成長してるってのかよ。



「よお…グレイシャーさん。オレの大事な相棒をよくも狂わせてくれたなァ…?」


─────ウ…ァァアアア…



「おうおう、気前のいい返事だなこの野郎。

アンタが王様なのか人間なのか元人間なのか知らねぇけど、ハッキリ言ってここまで大事にされた腹いせに今にも切り刻んでオオカミ達の餌にしてやりたいのを耐えてんだわ。...けど、その前に言いたいことがあってよォ──」



─────グオアアアアアアアアッ!!



“聞いてくれるか?”

剛が優しく問いかけた瞬間、ヤツはまるで拒絶するかのように大きく吠えた。



「剛イイッ!!」

「「ゴウ!!」」

「ゴウさん!!」



「まだ人が話してんだろうがアアアッ!!」


────ブンッ!!



────ギャアアアアアッ!!



視界一面が一瞬にして吹き荒らされて、少し顔を逸らしただけで目の前が雪の竜巻で埋め尽くされてた。


頼りになるのは聴覚だけ。

聞こえてくるのは苦しそうにもがく叫びをあげるグレイシャーの咆哮。



「…んなに…そんなにフィーが好きならなァ…

バケモンなんかに成り下がってんじゃねぇぞコラァァァァァァァァッ!!」


──ブォンッ…ザシュッ…


────グァアァアァアァアイイイアッ!



真っ白の中、何も見えない景色の中から聞こえてきたのは剛のそんな言葉。



早くしろ。



早く晴れろ。



この冷気が落ち着けば見える。



そして───



「…ッ…つよ、し…」



全てを言い切った剛が丁度グレイシャーに飛び掛って刀を振り上げてるところで視界がハッキリと晴れた。



─────グ…グォ…



「この...クッソ野郎がアアアアアアアアッ!」



─────ビュン…ドォォォオオオオンッ!!



最後に見たグレイシャーの人間からバケモノに成り下がった姿。


勢いよく振り下ろされた剛の刀が台形のような形になってしまったグレイシャーの脳天から足元を切り裂いて真ん中からふたつに割れた。



「…テメェは…ッ、テメェは本当にクソ野郎だ...ッ!…男ならな…ホレた相手なら例え嫌われてでも守らなきゃなんねぇ…だろ?」



雪で白く埋めつくされている地面に赤黒い血のような液体が広がっていく。



「ああああ…グレ、…シア…」



フェリスの精神状態もそろそろ限界だろう。



「お前がどんな理由でこんな事になったか今更気にもなんねぇ。でも、お前が少なからずフィーに心配かけまいとしたその心構えだけは認めてやるよ。お前の反応を見て今日この場でこんな事になるだなんてお前でもわからなかったハズだと思えるからな」



刀を握った剛の腕がぶらりと垂れて俯きながら辛うじてここまで聞こえる力のない声がボソボソと響く。



そして剛は、“けどよ...”と続けて小さく息を吸った。



「黙ってたら無かったことになるとでも…思ったんならそれはお前がどうしようもねぇくらい馬鹿だからだ。例えそれが…どんなに相手を思った行動だとしても…最後の最後で大事なヤツ泣かせたらよォ…意味なんて無くなっちまうんだよ…ッ」



剛の項垂れた腕に力が入ったのがわかった。



『──ルシファー今すぐフェリス連れて何処かへ飛べ!』


『は、はいッ!』



こんな瞬間はフェリスに見せたくない。

嘗ての馴染みが今の自分の仲間に殺される所なんて普通の女なら見なくてもいい瞬間だ。


フェリスに後でどのくらい怒られるかわからない。…下手すりゃ一生恨まれるだろう。



──それでもだ。



こんな心が荒むようなものを目の当たりにさせたくないオレのワガママを今は通させてもらおう。


…これから先こんな事が何度も何度も待ち受けていても、家族を失った辛さを背負って生きてきたコイツの大事なモンをこれ以上目の前で失わせてたまるか。



『ボシーヘイデットで待ってます』


『ああ、向こうに着いたらフェリスが戻ってこないようにジッパーを掛けとけ』



オレの目をしっかりと見つめたルシファーに確実に目を合わせて頷くと同じように頷いて、



「ボシーヘイデット」



…発動した。



「──ルーッ!?」


────シュンッ…



悪いな、フェリス。

お前の思うようにはさせてやれないわ。



「…剛。アイツら二人ともボシー・ヘイデットに向かわせたから気が済むまでやれ」



自分の言ってることが如何に最低なことなのかくらい自分が1番わかってる。


ここに居る全員が不本意の戦いをしてるって思ってるハズだ。



「…ソウ…お前は大丈夫か」


「あ?ああ…シリウスか。...オレは平気だ。…その悪かったな。こんな胸糞の悪い事に巻き込んで」



「…いや。ソウ達が行く場所に俺も居たいだけだ。仲間だと言ってくれるなら俺はどんな場所だろうがついて行く」


「…お前が素直な男で救われる」



真っ二つになったもはや虫の息のグレイシャーを前に、息巻いて様々な感情を抱えて肩で息をす剛を挟むように両脇に立つオレとシリウス。


コイツはオレが何も言わなくても何かを感じ取ってグレイシャーの心の内を読み取った。


例えそれがグレイシャーの本心じゃなくても、今の剛がフェリスに寄せる想いと、フェリスを嫁にすると言ったその時のグレイシャーの想いがリンクしたんだと思いたい。



「ゴウ…トドメが刺せないなら俺がやってやる」



最後の力を振り絞って諦め悪く蠢くグレイシャーを見下ろしながら固まる剛に声を掛けたのはシリウス。


…コイツは、オレ達の為にどこまでやれるのだろうか。


信じて、信じて、信頼しきって、オレにとって当たり前の存在になってから居なくなるようなことだけはされたくない。


シリウスにとってギルドマスターとその請負人との関係の方が楽ならこの線を越える必要はない。



「シリウス…お前がそんな事をしたらオレ達と同じ穴のムジナになるんだぞ。…もう後戻りは出来ねぇ」



こんな時にも例外なくヘタれる自分を讃えたくなるわ。



「…いや。コイツはオレがトドメを刺すんだ。お前はまだオレ達を何も知らねぇ。これを片付けてボシー・ヘイデットに戻ってイチから仲間になることをやり直すんだ。…オレ達の全てを話してそれでもついてきてくれるのか」


「ゴウ…」

「…」



そこまでして自分の手でなんとかしたいのか。それは、フェリスの悔しさを背負い込むという意味でいいんだよな。


…オレの親友はなんとも男らしい野郎だわ。



ホント…ムカつくくらい。



────ジャキッ…


「手ェ...出すんじゃねぇぞ」



「「…ッ、ああ…」」



そうか。

オレ達には拒否権無いってか。



グレイシャーを見据える剛の真っ直ぐな目を見て、コイツの本気がオレの想像を超えたことを知った。


…剛の本気がオレの本気を軽く越していく。同時になんとも言えない虚無感がオレに降り掛かった。


…情けないというのはこんな気持ちなのか。

ここに来て何度も思ったが、序の口だったんだな。



「グレイシャー、お前にひとついい事おしえてやるよ。…テメェでカマしたハッタリに意地通せねぇんだったらなァ…」



重心を低く保った剛は小さく呟きながら刀を構える。



────あ…ぁぁ…………ふぃ、お…



「最初から…ッ、強がってんじゃねェエエェェエエ工ァァア!」


────バツンッ!!



渾身の一撃を放った剛の大声が壮大な森に虚しく響く。



────ぅああ...ふぃ...お、な...



剥き出しになったグレイシャーの内蔵を切れ味抜群に切り裂きながら最後に引っかかった心臓部分を通った時に清々しいまでに破裂するような断裂音がその後に響いた。



「ハァッ…ハァッ…ッ…くそったれ…が…ッ!」



コイツが言った言葉の意味はわからない。

最後に何か感じ取ってのその言葉だったのか。




ただ、足元から上空に向かって振り切った剛の刀から…




そこから垂れる血を見つめた剛の目から零れた一筋の涙がオレにとってこれから一緒に背負っていく大きな大きな覚悟になるのだと思い知らされた。



「つ、よし...ッ、」



…ごめんな、剛。


オレもっと強くなるから。

こんなに苦しいのは今回限りだ。


もう二度とそんな辛い思いさせない努力するから。







━━━━━━━━━━━━━━━

オオカミの森

━━━━━━━━━━━━━━━

~その後~






「──っし。…こんなもんでどうよ」


「ああ…いいんじゃないのか」



「まあアイツ、フィーの幼なじみだって言ってたから、この森にも馴染みあるだろ」


「…そうだな」



「オレも鬼じゃねぇって事だ!ハハハッ!」



気が滅入りすぎて何も言えないオレの代わりにマシンガンのように喋りまくる剛に永遠と返事をするシリウス。


あれから明らかな空元気を剛に見せつけられながら、オレ達3人はバラバラになったグレイシャーの身体を掻き集めてフェリスの故郷である狼の里から少し離れた山の奥にあったほとりに埋めた。


雪が溶けて太陽が当たるようになればきっと綺麗な花が咲き乱れ、あたり一面緑で溢れるのだろうが、生憎ここは雪国だからそんなもんは見せてやれない。


...が、

せめてフェリスの顔に免じて(ユカリ)のある場所に埋めてやろうという剛の粋な計らいだ。


剛らしい言葉だなと聞いてすぐに思った。



「創!!いつまでヘコんでんだ。そんなにオレにいいとこ持ってかれた事が気に入らないのかよ」


「…つよ…」



里にあったスコップで深くまで彫り込んだ穴を元に戻すように固く埋め終わると、いの一番に口を開くのはやっぱり剛だ。


何か話してないと押しつぶされそうになるというのはわかるが、いい加減お前の泣きそうな震えた声を聞いてるのにオレの精神が削がれていくんだが。



おちゃらけてんじゃんねぇよ。

お前が無理してることくらいわかってんだよ。



「おいおいおいおい!変な気遣ってるならやめろよ?別にオレはなんともねぇし、むしろグレイシャーより死体みたいな顔色してるお前に心配なんかされたくねぇからな?」


「…ッ」



…やめろ。



「つか、お前いい加減寒いだろ?創は寒いの昔から苦手だもんな」


「…剛」



「なんだよ暖めて欲しいのか?…ん、ほら来いよ!今ならサービスで熱いハグしてやるぜ?」



剛、やめてくれ。



「…ったく、だだコネてんじゃねぇよ。お前はわがまま彼女か?」



「平気なフリしてんじゃねぇ──」


「──それはお前だ創!お前が泣きそうな顔してるからだろうが!」



「…ッ」



…オレかよ。


オレがお前より泣きそうな顔してんのかよ。



「おい。お前達が薄気味悪い程にお互いを想い合ってるのはよくわかるが、今は喧嘩をしないでくれ。見てるこっちがどうにかなりそうだ。ソウもゴウも辛いなら辛いと言えばいいだろ。泣きたいなら我慢しないで一緒に泣けばいいだろ」



“バカじゃないのか”



シリウスの最後の一言が胸に刺さった。



「そうだ…。お前は...バカ…だ」



このクソバカ野郎、聞いてるかテメェ。

お前が無理して平気なフリするからだ。



「お前が素直に泣かないからこんな事になるんだ!」


「は?!創が辛そうにしてんのにオレがしっかりしなくてどうすんだよ!」



「お前はいつもそうじゃねぇか!オレを最優先して我慢ばっかりしやがって!」


「あたりめぇだろうが!オレがどんだけ創が大事かわかってんだろうが!今更くだらねぇ気ィ遣ってんじゃねぇぞ!」



ああもう、クソ。


こんなんじゃなかったはずなのに。

お前を慰めてやりたかったのに。


これじゃまるでオレが可哀想なヤツじゃねぇかよ。



「…もういい。お前ら二人とも落ち着いて話ができないなら静かにしてろ」



“こんな時に無理して何かを言おうとすればロクなことにならない”



確かに。

言いたいことが溢れ返って思い通りに話が出来ない。



「…フェリス達のところに戻るか」


「…そうだな」



だからと言って謝ることもしたくないのは幼馴染相手に意地を張るからか。


まあ、なんにせよ今のオレ達の精神状態じゃまともに会話できそうにないし、先に向かわせたルシファーたちの様子も気になる。







「──あ、あの…」






「…ん?」



グレイシャーの眠る穴を見つめてるとシリウスでも剛でもない嗄れた声が聞こえた。



「あの…私達の里を守ってくれてありがとうございます」


「アンタは…」



オオカミの里の長だと言われていたガルムと呼ばれていた獣人の年寄り。


コイツらに害がないようにフェリスがこの里を離れさせたハズなんだが…なんでこんなところに居るんだ?



「…あ…フィオナお姉ちゃんには、言わないで欲しいのですが…」


「アンタ達が居たことか?」



「ええ。獣人の者だけでなく、オオカミにも遠くに行かせずに傍で待機させてました」


ガルムがそう言うと不定期に聳え立つ木々の後ろからぞろぞろと顔を出したオオカミと獣人。


ざっと数えて狼が10頭、獣人が子供を合わせて20人程だった。


こんな数…しかも大人しく出来そうにない子供まで居るのによくも気配を悟らせずに潜んでたな。


…さすが、動物の血が通っているだけあるというか。



「…正直私達は貴方を信じていませんでした。フィオナお姉ちゃんの仲間だと言われても人間を簡単に信じていいのかと…」


「それは当たり前の事だ。人間不信は承知の上でここに来てる。オレ達はそんな事気にしない」



「…いえ…私達が謝れずにいられないだけなんです。バケモノになってしまったとしても元は元は人間だという事実を知っていながらグレイシャーを倒すことにどれだけの覚悟が必要だったことでしょう」



オオカミの里を守る為だけに戦った訳じゃない。…とは言えなかった。オレも剛も半分以上…いや、むしろ全面的に私情だけで動いた。


あの時にオオカミの里を一瞬でも考えたかと聞かれたら何も言えなくて黙る自信がある。



「ソウ…さんと言いましたか…?

私達は、フィオナお姉ちゃんのやることに口を挟むつもりはありません。…ただ、いつも笑ってて欲しいだけです」


「…んあ?それなら大丈夫だぜ?なんたってオレが居るからな!」



ブハハッ!と高笑いするのは剛。

笑わせて楽しませるのはお前の仕事かもしれないが、その倍怒らせてるのもお前なんだと気づいているのだろうか。



「…え…と、貴方がゴウさんですよね?」


「あ?そうだぜ?アイツから何か聞いたのか?」



自分がそうだと認めた瞬間、周りにの獣人たちが驚いたように顔を見合わせてニッコリと笑った。



「…な、…んだよ…」


「いえいえ。フィオナお姉ちゃんの口からゴウさんの話がよく出てきたものですから…」



「…ッ、へ、へぇ…どうせオレの悪口だろ?」



“別にどうでもいいし”…てお前な…。

そんな気になってますみたいな言い方されてもガルム困ってんだろ。



「“失いたくない人が出来た”と言ってましたから。きっとそれは貴方の事だと思います」


「…バッ、かじゃねぇの!嬉しくねぇよ!」



「ねえねえお兄ちゃん!フィオナお姉ちゃんの事守ってあげてね?」


「お姉ちゃんは女の子なんだからお兄ちゃんが守らなきゃ!でしょ?」



ガルムの袖を掴みながら後ろで顔を出していた出していた小さい獣人の男と女の子供が不意に剛に抱きついた。


得体のしれない人間相手に終始怯えてる様子だったが、ガルムの話を聞いていくらか安心したんだろう。


剛はケモ耳の生えてない獣人だと思って接してくれて構わないぞと教えてあげた方がいいのか。


…この様子じゃ別に教えるまでもないが。



「…見事に絡まれまくりやがって。似合ってんじゃねぇかアイツ」


「ああ、全くだ。早くフィオナ・モリスとゴウがくっついて、2人でこの里に顔出せる時が来ればいいんだが」



全くオレもそう思うよ。



「まあ、アイツらは勘違いが拗れて取り返しのつかない事になってるからな」


「勘違い?」



「ああ、説明するのもめんどくせぇんだが、簡単に言えばゴウはフィーの好意がオレに向いていると完全思い込んで、一方のフィーはゴウがオレ以外に興味ないと思ってる」


「ハッ...なんだ、本当に面倒な話だな」



「全くだ。おかげで疎まれてしょうがねぇよ。なんかオレを毛嫌いしてるというか」


「いや、でもそれはルノ・アンジュも同じじゃないか?」



「ルシファーが?」


「ああ、ゴウの方がお前をよく知ってるからヤキモチ妬いてるように見えるぞ」



そうか…?

元々馬が合わないだけだと思うが…。



「──ソウさん。お騒がせして申し訳ありません。あの子達、ゴウさんに懐いてしまったみたいで…」


「ああ、扱き下ろしてくれて構わない」



もみくちゃにかき回される剛の横を素通りしたガルムがオレ達の方に歩きながら謝ってきた事で話は自然に逸れて行った。


アイツも将来フェリスといい感じになったらこうしてうるせぇガキに囲まれてヘラヘラする時が来るかもしれないしな。


オレとシリウスはそんな将来を思い浮かべてこっそりと笑った。




「フィオナお姉ちゃんをよろしくお願いします。私達が偉そうに言えた義理じゃないんですが、それでもフィオナお姉ちゃんはこの国の神です。私達の宝物なんです」


「わかってる。アイツには大天使ルシファーという心強い親友がいて、神創神の息子のオレが居て、フレイミス最強の火炎使いが居て、人間界の怪物がついてるんだ。これ以上に心強い事はないだろ?」



「…ッ」

「は…ッ」



改めて自分の口から言うとやっぱり照れくさいな。直接本人が名乗るとコイツらも改めて驚いた顔するし。


シリウスは驚きと照れが混じったような顔をしてるな。オレ達に仲間だと言わせた自分を誇りに思えよ。


お前はそれだけ凄いヤツなんだぞ。



「…フォッフォッ...そうですね。にわかに信じ難い事実ですが先ほどの戦いを思い出すと納得できます。フィオナお姉ちゃんが信頼するのも頷ける」


「だろ?だから何も心配するな。

…今はなかなかここに顔を出せるような状況じゃないからアンタ達に寂しい思いをさせるかもしれないが、全てが片付けば必ず顔を出させる」



アンタ達は、オレ達の心配じゃなくそれまで生きてられるように自分の心配をしてくれ。

フェリスが胸張ってこの里に帰ってきた時に暖かく出迎えてやれるように。


アイツの生まれ育ったこの里を守っててくれ。



「なら、私達はフィオナお姉ちゃんが顔を出すまで元気に生きてなきゃいけないです」


「そういうことだ。…頼むぞ爺さん。体壊すなよ?」



「いやはや、それは責任重大だ」



この場にフェリスも居てほしいと不覚にも思ってしまったが、ボシー・ヘイデットに行かせたのはオレだ。


勿体無いことをしたと本気で思うが、この爺さんも、向こうで子供達を暖かい目で見守ってる婆さんもきっと長生きしてくれる。


約束してくれたんだ。


だからオレはこんなとこでしんみりとしてる暇はない。とっととやるべき事終わらせて、こいつらにフェリスを会わせてやる任務が出来たのだから。



「ハァッ…やべ…ガキ疲れるわ…」


「おー。そろそろアイツらのとこに戻ろうと思ってたとこだ。もう遊んで貰わなくていいのか?」



「…ッ、ば、かじゃねぇの…オレが遊んでやったんだ…ッ」



へとへとになった剛が息も絶え絶えにふらふらになりながらオレ達の元へと避難してきた。



「ゴウ…お前、随分といい男になったな。小規模な台風でも頭上に上陸したのか?後頭部が被災地になってるぞ」


「っせぇよシリウス…お前もあのガキ相手にすればわかる…」



「いや、俺はガキは苦手なんだ」


「…ッ」



膝に手をつけながら肩で息をする剛を見て、密かにオレの子供嫌いが悪化した。


コイツがへとへとなんてそうないことなのにガキ2人ほんの30分相手しただけでこんなボロボロになるんだろ?


下手すりゃそこらの魔物より厄介じゃねぇか。


…一生かけてガキは要らねぇ。



「あの、これ。フィオナお姉ちゃんの好きな干し肉です。渡してもらえますか?」


「ああ、喜ぶだろうな。今居ないから代わりに礼を言うよ、ありがとな」



「ソウさんも、シリウスさんも、ゴウさんも自分の故郷だと思ってまだ来てくださいね」


「ああ、必ずまた来る」



フェリスが仲間想いであれだけ心が強くいれる理由がよくわかった。


しばらくの間この里から離れていたとしても、アイツはこの里で惜しみなく愛情を注がれて幸せに生きたから仲間からの意思を背負って逞しく生きているんだ。


見習わなければ。

こんなふうに誰からも好かれるなんてそう簡単に出来ることじゃねぇ。


大将といい、フェリスといい、オレの仲間はオレを成長させてくれるヤツらばっかりで本当恐れ入るよ。



「テレポート」

────パァァァァ…



「じゃあなガルム。ガキ達もあまり大人を困らせるなよ?」


「はい、ゴウさん。ありがとうございます」



「「バイバーイお兄ちゃん!」」



白銀の世界…コイグジスタンス。

フェリスの生まれ育った国。


まだまだ知らない事が多いフェリスにほんの少し近づけた気がして、ガルム達に会う前の重い気持ちがスッキリと晴れた気がした。


早くアイツらのところに戻ろう。



「お前らいいか?」


「ああ」

「おうよ」



「──ボシー・ヘイデット!」


────シュンッ



ガルム。必ずまた会おう。








━━━━━━━━━━━━━━━

ボシーヘイデット・ホテル

━━━━━━━━━━━━━━━





────シュンッ…



「あ…ソウさん、おかえりなさ──えッ…?」



「フィー...」


「ちょ、っと...え?!...ゴウ?」



「…悪ぃ…ッ…!...すげーゴメン!オレさ、アイツにトドメ刺そうと思ったんだけどよォ…に、逃げられちまった...ッ!」


「えッ…ちょ、…ゴウ…泣いてるの?」



転移が終わってたまたま着いたのはルシファー達が居る部屋。


一番最初に視界に入ったのは、丸まって座るフェリスの背中を心配そうにさするルシファーだった。



「たッ…多分遠くに逃げたから回復でもすんじゃねぇか?だからよォ…。つ、次アイツをどっかで偶然見かけたらオレの分もブッ飛ばしてくれよ…な…?」



…コイツ…あくまでもフェリスに夢を見させるつもりで大嘘ついたのか。


都合よく部屋に直接来れて一息つこうとした瞬間これだもんな。…バカ野郎め。


あんだけ強がってオレの前じゃ素直に泣けなかったクセにこんな時になって泣くんじゃねぇよ。…我慢する相手が違うだろうが。



…それに、やっぱりツラかったんじゃねぇか。



着地早々フェリスを抱き寄せた剛に言いたかった。



「グスッ…ん、ありがと。…みんなありがとう。情に流されてたからアタシじゃどうしようもなかった。…ホントに助かった。…シリウスもキツい事ばかり言って…ゴメンね」


「…いいんだ。俺もお前達の仲間だろ?俺はソウのやり方に従っただけだ。礼ならお前の為に腹を括ったソウとゴウに言え」



「…ふふ…ホント生意気ね…やっぱりアンタ好きになれそうにないけど…仲間よ」



フェリスは目から零れる涙を拭いながらソッと笑うと、抱き締めたまま動けない剛を剥がしながら見つめた。



「…ゴウ…?」


「…っせぇ…泣いてねぇよ…ッ!これは汗だ!」



「ふふ。ゴウ…来てくれてありがとう。

何回も何回もゴウに来て欲しいって思っては迷惑かけたくなくて言えなかった。…でもゴウは来てくれた。アタシの為にッ…こんなアタシの為に戦ってくれた…」


「グスッ…んなもん…ったりめぇじゃねぇかよッ…仲間だろうが…」



しんみりとイイ雰囲気を作り始めたそこの2人に言いたい。



ちょっと待てと。



いやいや、オレを忘れちゃ居ませんかね。

オレ、ここに居るんスけど。



…普通に居るんスけど。



「ちょ──」

「──おい、今は出しゃばるな」


「…ッ」



口を開くタイミングですかさずシリウスに黙らせられるオレ。


なんだよそれ。

オレも結構自分の胸の内と葛藤したんだぞ。

シリウスだってそれなりに覚悟しただろ?

なんでアイツだけがヒーロー的な感じになっちゃってんの?



『ソウさん。今はほっといてあげましょう。…フェリス達いい感じなんですから』


『ルー』



お前までかよ。

絶対おかしいって、確かにトドメ刺したのアイツかもしれないけどオレだっていろいろへタレながらも頑張ったんだってば。



「…クソ」



…まあ、でも…そうだな。

これで変な勘違いも多少は収まるだろうし。


ふてくされるオレを宥めた2人の言葉を飲み込んでここは剛に免じて黙っててやることにする。


…但し、次はお前だけラブフラグなんてメシ激マズな事はないと思えよ剛。正直羨ましくてしょうがねぇんだからなクソ野郎。



「…ガキみたいに僻むな。ソウも俺と熱いハグするか?」


「っせぇよ」



横で茶化すシリウスに軽い八つ当たりをして、それからオレは…いや、オレ達は暫くの間フェリスと剛が生み出す生ぬるい空気をヤツらが飽きるまで吸わされるのであった。







コイグジスタンス編(終)


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