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戦いと快楽

 

 短剣を鞘から抜き放つと刀身が日光を反射してキラリと煌めく。ゴブリンの持っていたこの短剣は業物とはいえない程度の安価なものだというのは素人目でも分かった。だが、それでも何も持っていない時と比べれば安心感が段違いに感じる。それは藤宮が巨体ゴブリンに一撃を加えたことで、こんなものでも攻撃が通るのだと証明出来たのが大きいのだろう。


「ハァァァァ!!」


 藤宮が吼えた。細身の体が軽やかに舞い、ゴブリンを翻弄する。ゴブリンは視線を右往左往させ、彼女の動きを捉えられていない。がむしゃらに棍棒を振るうが藤宮はヒラヒラと余裕を持って躱していく。全くもって俺の入れる隙が見当たらない。


 藤宮はあの巨体を相手に一歩も引いていないどころか、圧倒している。


 ステータスを平均的に上げた俺ではあの動きはできないというのは直感でわかった。つまり彼女のステータスは他を犠牲にして敏捷値を高めているのだろう。それは時に大きな利点となるが、また大きな弱点ともなり得る。


 藤宮は絶え間なく動き続け、少しずつ、少しずつ攻撃を加えていく。が、時間の経過とともに動きが鈍くなり始めた。体力の限界が近づいてきたのか。


 巨体ゴブリンはその瞬間を見逃すまいと棍棒片手に肉迫する。


「――あぶなっ!」


 俺は思わず声を上げた。それに気づいた藤宮は咄嗟に体を地面に転がして緊急回避。振り下ろされた棍棒は鈍い音を立てて地面にめり込んだ。


「ハァハァ……ダメ、私じゃ筋力が足りない。どうしても決めきれない……」


 肩で息をしながら苦虫を噛み潰したように顔を歪め、俺の顔を凝視し始めた。


「ねぇ佐伯、少しの間、時間稼いでくれない?」


 目線はゴブリンに戻して、口を開く。恐らく、いや、間違いなく俺の力だけであれを倒すのは無理。不可能。でも、時間稼ぎくらいならできないことはない……かもしれない。


「分かった。でも、そんな長くは持たないからな」


 短剣を強く握る。バットよりも幾らか安心感はないものの、これが自分を守る唯一の武器だ。


「いくぞ!」


 地面を蹴り、駆ける。体が風と同化するような錯覚に陥り、スピードは最高潮に。苛立たしげに顔をしかめるゴブリンに接敵する。


「死ねっ!」


 狙いは脚。動きを阻害する為に脚を狙って攻撃するのはよくあること。俺もそのセオリーに従って勢いそのままに短剣を振る。


 ゴブリンも応戦するように棍棒を振りかぶるが、遅い。左の腱に小さな切傷をつけ、素早く距離を取る。ヒットアンドアウェイの戦法だ。俺が身を引いた時、棍棒が地面を抉り、逆にゴブリンの手にダメージがはいる。


「アホが、勝手に自爆してろ」


 口端が無意識のうちに釣り上がる。久しぶりの闘争に生物としての本能を刺激されたのか、体が火で焼かれるような熱を帯びる。

 ……楽しい。身を焦がすほどの快感が唐突に、悪寒となって俺を襲う。


 ――興奮、している?


 喧嘩はもうしないって、戦うのは、争うのはもう散々だって、もう終わりにしようって、決めたんじゃなかったのか? こんな戦いに身を投じているのも、生きる為に仕方なく。そう、仕方なくのはずだったのに。


 ――俺は、戦いを楽しんでいるのか?


 体が震える。これは、怯えからじゃあない。恐怖からじゃない。武者震いだ。強敵と戦うとき、不意に陥る現象。心から楽しんでいる時にだけ俺の体を震わせる。


 ――ああもう、どうでもいいか。


 戦いがダメ? 争いがダメ? そんなもの、知ったもんか。俺は、俺がやりたいようにやる。どうせ、戦わなくちゃ、勝たなくちゃ殺されるんだ。それなら、楽しんでやるよ。


 昔の感覚が蘇る。封印していた記憶が、血と暴力で彩られた灰色の記憶が、今、解き放たれる。


「ガァァァァァ!!」


 ゴブリンの力強い咆哮が空間を振動させ、丸太を思わせる棍棒が振り下ろされる。巨岩であろうとも粉砕してしまうだろう威力を持つその攻撃はしかし、標的に当たることなく空を切った。

 何が起こった? とゴブリンは首を捻る。そして、己の体に違和感を覚える。腹に残る異物感と熱。空いている左手で腹をさする。


 ベチャッ。水気のある音が耳を刺激し、手の濡れた感覚が不快感を湧き立たせる。

 その手を視認すると、そこには紅色に染まった掌。


 ゴブリンは漸く理解した。自分は斬られたのだと。その瞬間、さっきまでは大して感じていなかったはずの強烈な痛みが彼を襲った。


「ギャァァァァ!?」


 叫び。けれどこれは威嚇のための咆哮ではない。痛みによる絶叫だ。


 ハッ、いい気味だ。

 俺は再度接近し、短剣を振るう。今度は背後から、無防備な背中を一閃。血が噴水の如く迸り、俺の体を赤く濡らす。


「きたねぇな……」


 ビチャビチャに濡れたことに愚痴を漏らす。

 このゴブリンはもう俺の敵じゃない。


 そんなことを考えていたからだろう俺は油断していた。してしまった。まともに攻撃が入ったことに喜び、心に隙ができていた。そこに付け込まれ、怒りに狂ったゴブリンの棍棒による一撃に対処しきれなかった。


「がぁっ――カハッ!」


 突然の衝撃により、体は五、六メートルの距離を吹き飛ばされ、凄まじい勢いで地面に衝突。咄嗟に頭を庇ったのは我ながらファインプレーではあるが、多分肋骨が何本かと左腕が骨折している。


 これじゃあ、もう戦うのは難しい。


「ゴフッ――最後の最後でバカなことしちまった……」


 血反吐を吐き、ゴブリンが腹の傷を抑えながら近く。けれど、俺にはそれをどうにかする体力も気力もない。もしあそこで油断なんてしていなかったら。そんな後悔が押し寄せる。


 けれど――


「もう遅い、か」


 今更後悔してもしょうがない。


「でも、もう少し、もう少しだけでも、生きていたかったなぁ」


 瞳に涙が溜まり、ホロリと一つの雫が静かに落ちる。ピチャン。地面に落ちた一滴の涙が水音を響かせる。


 そしてゴブリンは棍棒を握り――


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