逃亡
「ふっざけんな!!」
教室を出て十数分。俺たちはゴブリンの群れに襲われていた。それも数体なんてもんじゃない。恐らく二十か三十か、もしかしたらそれ以上。いくらなんでもその数を四人で倒すのは不可能であり、現在絶賛逃走中なわけだ。
「おい、この学校の廊下ってこんな広くなかっただろ!?」
「どうなってるんだ! 」とバスケ部が叫ぶ。
たしかにおかしい。さっきから延々と廊下を走っているのに終わりがない。まるで校内が作り変えられたかのようで気味が悪い。
「このままじゃキリがないぞ!」
またもや、バスケ部が叫ぶ。彼の言うことは最もだが、戦っても勝てない。逃げようにも撒きれない。
「じゃあどうするんだ!!」
俺も苛立ちをぶつけるように叫ぶ。具体案がなければどうしようもない。走りっぱなしで体力も減り、脚にも僅かな違和感を感じ始めてストレスが溜まってきている。
「二手に分かれよう!」
今度は柔道部が荒く息を吐きながら叫ぶ。額に浮かぶ汗を走りながら拭い、背後を振り返る。ゴブリンの群勢は足を止めることなくどこまでもついてくる。顔面は狂気で歪み、ギラギラとした目が獲物を狙うハンターのよう。
――覚悟を決めるか……
「……分かった、その案で行こう! 藤宮、付いて来い!!」
廊下の分かれ道が現れたのを確認して即座に判断する。藤宮を名指ししたのはちょうど隣にいたというのと、名前を知っている奴の方が都合がいいという理由からだ。まあ、それ以外にもあの二人よりも単純に戦闘面で優秀だろうという考えもあるが。
噂では色々と聞くが、今のところ藤宮がそこまで問題児だとは思えない。まあ、今は、だが。
「わ、分かった。けど、どうするつもり!? 二手に分かたからってどうにかなる問題じゃないぞ!!」
声自体は可愛らしい少女のものであるが男勝りな口調。だがしかし、それに違和感は感じない。
「ああ、だから……こうするんだよ!!」
俺は廊下に置かれた棚を一つ、足の動きを止めて進路を塞ぐようにはり倒す。
「これで通行止め、にはできないだろうが動きを鈍らせるくらいは出来るだろ!」
俺たちを追ってきた十数匹のゴブリンは横転した棚に道を阻まれて足を止める。
「よし、逃げるぞ!」
「あ、ああ!」
◆
「はぁはぁ、はぁ……逃げ、きったか?」
「た、多分……」
荒く肩で息をする。激しく空気を吸っては吐いて息を整える。
「もう、追ってこない、よね」
息も絶え絶えに背後を気にする藤宮。吹き出る汗でシャツが肌にピタリと張り付き、なんとも言えない色気を醸し出している。不覚にも、少しの間俺は彼女に目を奪われた。
吊り橋効果というやつか、昨日まではなんとも思っていなかったはずなのになぜか無性に意識してしまう。
とはいえ、いつまでもジロジロ見ていては不審に思われてしまう。それに、ゴブリンたちを一旦は撒ききったとはいえ、いつまた遭遇するかも分からない。次に襲われた時の対策も何か考えなければ。
「そういえば、さ。学校の外にはアイツらみたいなのはいないのかな?」
「さぁ、どうだろうな。まあでも、仮にそうだったとしてもいずれかはここを出なきゃいえないわけだしな」
地面に腰を下ろして答える。
「それに――」
俺はブレザーのポケットからグミを取りだして一つだけ頬張る。
「グミのストックが底を尽きそうだ」
ハァ、とため息を漏らし、残り少なくなったグミの袋を見つめる。
「グ、グミ……」
藤宮はどこか物欲しそうな顔で俺の手元にあるグミに視線を集める。グゥゥと彼女の腹から盛大に虫の音が聞こえ、なんだか居た堪れない気持ちになる。
「こ、これは……お、お昼まだ食べてなかったから! しょうがないだろ!?」
お腹に手を当てて顔を真っ赤に染め、目が少しばかり潤んでいる。相当恥ずかしかったのだろう大声で早口に捲したてる。
「……これ、食うか?」
俺は残り少ないグミを差し出す。もう数個しかないとはいえ何も食わないよりかはマシだろう。
「え、いや、いいの?」
「腹減って戦えなくなったんじゃ困るからな」
「あ、ありがと」
遠慮がちにグミを受け取り、パクリと口に含むと今まで見たことのないような幸せそうな表情を見せた。
「おいしぃ」
盛大に頬を緩ませ、グミを食する彼女からはどうにも不良というイメージが湧かない。というか、普通に可愛いんだよな、こいつ。今まで人気がなかったのが不思議なくらいには。
「それ食べたら、行くぞ。学校で夜を過ごすのなんてゴメンだからな」
「ん、分かった」
だがしかし、残念ながら女を口説くテクなんてものを俺が持っているはずもなく、彼女が俺に惚れることは無いだろう。悲しきかな。
俺は満面の笑みで口の中でグミを転がす藤宮を尻目に肩を下ろすのだった。