最悪の遭遇
「さ、流石は真田先輩ですっ!」
すごい、強い、カッコいい、と五人の男女は赤髪の男を持て囃す。また、男も満更ではない表情でニヤニヤとその顔に喜色を浮かばせる。
「あいつは……」
物陰に隠れて様子を見ていた俺たちは真田と呼ばれていた男に既視感を覚えた。目を凝らし、特徴的な赤髪を見て思い出した。あの時、Dランクのデパートダンジョンに入っていった男だ。
名前は真田幸仁。【鑑定】を用いてステータスを覗き見るとレベルは二つ上昇していて18。スキルも一つ増えていた。名称は【強化】。その効果はシンプルで、文字通り身体能力――筋力、敏捷、耐久を強化する、というものだ。
厄介な奴に厄介なスキルが加わった。俺はこのスキルを目にして最初にそう感じた。
チッ、と苛立たしげに小さく舌打ちし、藤宮に目配せをする。
「早くここから離れよう」
声を最小限にして伝える。藤宮の首肯による承諾の後、踵を返す俺たちだったが、これが最悪の事態を招いた。
パキリ。何かを踏む音が室内に響き渡り、まさかのアクシデントに冷や汗が溢れ出す。
――ヤバイ。
そう思い、顔を真田と呼ばれていた男の方へ戻すとその瞬間、視線が交差した。
真田は二チャリとした嫌らしい笑みをその顔面に貼り付けて一歩、また一歩と足を進める。
逃げたい。今すぐにでもここから走って逃げ去りたい。でも、出来ない。そんなことをすれば、今すぐにでも殺される。そんなのは愚策だ。許容できない。でも、本能が、死を強く想起させる。
「オイオイ、誰だよテメェら。誰の許可とって入って来とんじゃコラ!」
真田の取り巻きの一人。一昔前の不良のようにワックスで固めたリーゼント頭が特徴的な男が小汚い口調で突っかかってきた。
【鑑定】でステータスを見るも、こいつは……というより、取り巻きのほとんどはレベルも低くてスキルもない。俺たちと比べたとしても低すぎるほどに低いステータスだった。
真田とかいうやつと一緒にダンジョンに潜っているというのに、この差は一体何なのか……
疑問符を頭に浮かべるが、そんな疑問を吹き飛ばすようにリーゼント頭の男は俺たちとの距離を詰めてメンチを切る。この男に睨まれたところで大して怖くはないが、戸惑う。
男に近寄られても嬉しくも何ともないだけど。そう言いかけて、口をつぐむ。無駄に煽って争いの種を蒔くこともないだろう。
さて、どう言いくるめようかと思考を巡らせている時、にやけ顔の真田が口を開いた。
「まあいいじゃないか、ここは僕らのものってわけでもないんだしさぁ。それに、君たちもこのダンジョンを解放しにきたんだろう? だったら助け合いは大切だよねぇ」
ニヤニヤ顔はそのままに真田は言葉を続ける。
「良かったらさ、一緒に行動しないかな? そっちの方が楽だと思うんだよねぇ」
「どうかな」と尋ねる彼に、俺たちの心中は一致していた。イヤだっ! と。だが、迂闊な真似は出来ない、と丁寧な対応を心がけるあまり、流れで今日だけ一緒のパーティとしてダンジョンを攻略する羽目になった。最悪だ。
「ねぇねぇ、藤宮ちゃん。下の名前はなんて言うの?」
真田たちと同行し始めて十分ほどが経った頃。真田は藤宮の隣を陣取ってしつこい程に質問を重ね始めた。それはもう、横から見ているだけの俺からしてもウザったいほど執拗に。
よく見れば藤宮の眉間にはシワが寄っている。相当イラついているな、これは。
そんでもって、他のメンバーはというとリーゼントの男を除く他四人はどこかホッとしたような安堵の表情を浮かべていることに気がついた。
これがどうしても気になった俺は一つ、動いてみることにした。
真田が藤宮に夢中になっている間に気配を消してその場から離れ、一塊になって歩く四人に近づいた。
「なあ、あんたら」
俺が声をかけると四人は一斉に肩を震わせた。彼らの瞳には怯えと困惑、そしてわずかな希望の色があった。
「な、なんでしょうか……?」
男一人、女三人の状況だからだろうか、唯一の男が口を開いた。見た目はザ・真面目といった容貌で体格から見ても戦いに向いているとは到底思えない見た目をしている。特徴といえばメガネくらいのもの。そんな男に俺は手始めに一つだけ、疑問を投げつける。
「なんか、俺たちに隠してること……あるだろ」
俺の質問に、四人の間にあった空気が凍りつくのを感じた。
真田先輩の口説きテク、流石っす! ワイにも教えてクレメンスっ!
なお、藤宮には真田の口説きは効かない模様。哀れナリ。




