既視感
「――疾っ!」
風になる。そんな表現がふさわしいとも言える高速移動で藤宮はコボルトとの距離を一気に詰める。
鋭い勢いと体重の乗った強烈なククリナイフによる一撃が頭頂部に炸裂、脳天を割った。
血が噴水のように噴き出るが即座に後退して血飛沫を避けると次の標的を捕捉し、首を刎ねる。
繰り返し、流れ作業と化した首狩りを行う彼女に俺は若干頬を引きつらせながらも手に持った片手剣を閃かせる。
コボルトたちも残りあと数匹、というところまで殲滅し、余裕が出来始めてきた時のことだ。俺はスゥッと勢いよく息を吸う一匹のコボルトを視界の端で捉えていた。
――きたか。
【招集の遠吠え】、その予備動作。分かったからには易々と使わせてやるわけにはいかない。
とはいえ、ここからではどんなに早く走っても俺が攻撃するよりも遠吠えする方が早い。
「だったら……」
魔法背嚢から手早く拳大の石を取り出し、振りかぶる。
距離は目測で十メートルあるかないかといったところ。当たるかどうかは半々。願いと力をその手に込めて――投擲する。
速さはそこそこ、120キロ程度で高校野球でなら打ちごろの球だろう。だが、素人が投げる分には結構いい出来だとも思っている。
流石にこれ以上の球速でコントールを定めることや変化球みたいな洒落たこともできないけれど、レベルアップによって強化された身体能力を持ってすればこのくらいは軽くこなせた。
投擲された石は鳩尾辺りに直撃して、突然の衝撃にコボルトは苦悶の声を上げる。それによって【招集の遠吠え】は強制的にキャンセル。
咳き込むコボルトは誰の目から見ても隙だらけ。俺は一度床に置いていた片手剣を拾い上げるとそのまま疾駆する。
「ハァァァ!!」
気迫のこもった雄叫を上げながら単身突撃する。コボルトも俺という存在には当然気づいてはいるだろう。だが、気づいていても対処できるかどうかは別の話。
コボルトは鳩尾を左手で抑えながら苦々しい顔で俺を睨みつける。彼の手には俺と同様に片手剣が握られているが、隙だらけだ。
疾走する勢いのまま刃をはしらせる。俺の気迫に押されたのか、コボルトは小さく一歩後ずさり、それに合わせて振るわれた俺の一閃は欠けらの容赦もなく無慈悲に素っ首を切り落とした。
ずるりと頭部が地面に斬り落とされると盛大なまでの血雨が降り注ぎ、地を濡らす。
刀身にベッタリと付着した血糊を払い、辺りを見渡すとコボルトの群れは既に壊滅状態。
死体は黒い靄となって消え失せ、残ったのは大量の血だまりと幾つかの小さな石のみ。
「そっちも終わった?」
ククリを鞘に納めながら藤宮が平坦な声で尋ねた。
「おう」
俺も戦闘時の高揚感はとうに消え去り、そこら辺に転がっている片手剣を予備分として回収すると素っ気なく言葉を返す。
ポケットから開封済みのグミを取り出して休息がてら口に含む。絶妙な甘みに舌鼓を打っていると横から伸びた手が俺からグミを奪い去った。
抗議の声を上げようとするも、藤宮の声がそれを遮る。
「これ美味しい……」
ホゥッと感嘆の息を漏らし、そう呟く彼女を見れば訴える声も自然と出なくなる。
まあいいか、と割り切って新しく別のグミを開封する。
数分の間を休憩に使って体の疲労を癒すとようやっと動き出す。
「よし……そろそろ行こうか」
「わかった」
俺の声に賛同して、藤宮は残りのグミを一気に口に詰め込む。個人的には勿体ないと思う食べ方だが、物の食べ方なんて人それぞれだろうと指摘はしない。俺は残りのグミをポケットに入れて片手剣を引き抜く。
現在地は出入り口からすぐのところで、距離的には大して進んではいない。店内に置かれた案内を見る限りではもう少し進んだところに広い空間が見られる。おそらくだが、そこにもコボルトたちの群れができているはず。
次に警戒すべきはそこだろう。
全身の神経を張り詰めて俺と藤宮は互いに得物を手にとり、足を進める。日用品のコーナーを抜けると家庭用品が立ち並び、家具や家電なんかも陳列していた。
通路が比較的狭く作られていたこの道には数体のコボルトが徘徊している程度であった為、サーチアンドデストロイで発見次第即殺害をモットーに進んでいく。
そしてもうすぐで家庭用品のコーナーから広い空間に抜ける、といったところまで進んだところで、どこかで聞いたような騒ぎ声が俺たちの耳に届いた。




